②
声はなくとも、レガントが驚いている気配は伝わってくる。
確かに、レガントは頑健そうだった。一挙一投足、声の張り、立居振る舞いに不調な点は感じられない。
最初はサリファも気づかなかった。
ユクスと似ていないと思った程度だった。
確信を得たのは、先程、採掘場で、中毒症状を起こしそうなシエットの者を目撃したからだ。
「かつて、レイリアは薬として使われることがありました。特に……アルガス、イエドの大陸の薬師たちは、王侯貴族向けに、希少なレイリアを砕いて頭痛薬などに用いていた。そのうち、強い副作用と、中毒性があることが認められて、今は使用する薬師はいませんが、いまだに大陸の方では、禁断症状に悩む貴族たちもいると耳にしております」
「……それで?」
「貴方様は、それを服用していた頃がある。しかし、その時は副作用を伴わなかった。最近になって、体の異変に気づいている。そうじゃありませんか?」
「まったく、いちいち、うるさい奴だな。単刀直入に言ったら、どうだ?」
「では、そうしましょう。至急、ミリア様を、この城から遠ざけた方が宜しいかと思います」
「ミリアを? どうして?」
急に出てきた娘の名に、レガントは拍子抜けしたように、サリファを振り返った。
レガントとは逆に、サリファはレガントが今まで眺めていた外に注目する。
今日は、快晴だ。
冬の日差しに雪の白が眩く乱反射している。
――雪は太陽によって溶かされるだろう。
そして……。
「……水ですよ。レイリアは、水に溶けだす習性があるようです。だから、光草は赤くなった。急にそういった症状のシエットが現れたのは、採掘によって井戸に流れる地下水に何らかの変化が起こったせいでしょう。雪解け水と関係があるのかもしれません。この城の地下水も汚染されつつあるようです。健康なユクス様は気づいていないでしょうが、それは確かなことです」
「…………井戸水……か」
納得したらしいレガントは腕組みをして、宙を仰いだ。
「私はシエルという赤い花を、ミリア様に毎日送り届けておりました。あの花の茎には、弱い毒性がありますが、レイリアの毒性を中和する作用があります」
「お前はわが娘で、毒の実験をしていたというわけか?」
「人聞きが悪い。確証を得たかっただけです。毒とはいえ、そんなに強いものではないので」
「しかし、毒は毒だろうに……」
――と言ってから、レガントは溜息を吐いた。
呆れていたようだったが、怒っているわけではなさそうだ。
(おかしな男だな……)
この男が並みの親であれば、ここでサリファは処刑されているはずだ。
しかし、レガントは普通ではない。
サリファはそれに賭けていた。
案の定、レガントは感情を殺した平淡な声で問いかけてきた。
「…………そこまでしていて、ミリアが体調を崩してしまった要因は何だ?」
「残念なことに、花の一輪では、中和できないくらい、毒性が強くなっているようですね。あの時は、毒と風邪が重なって、ミリア様の症状は風邪薬が効かないほど悪化したのです。念のため、ミリア様から、シエルを遠ざけ、活けていた水を回収して、調べてみましたが、予想通りでした。一時的に回復したように見えたのは、ただ風邪が治っただけだったのことです」
「………今更、それを言うとはな。ディアン=サリファ」
「仕方のないことです。あの時の私は、何も知らないふりをしておりました。いきなり、そんなことを言いだしたら、州公様は、私を疑ったでしょうし、私の方もレイリアだと確信するまで、時間が必要だったのです」
――嘘だ。
サリファは北州に来る前から、イレリアの採掘がおこなわれていることを知っていた。
誰にも言わなかったのは、個人的な理由に過ぎない。
――それに……。
シエルの花のことも、大嘘だ。
確かに、シエルには毒を中和する作用がある。……が、あの日、ミリアの寝室にあった花は、シエルではない。
――赤い別の花だ。
サリファは、レガントに直接会うきっかけを探していた。この男がサリファに、興味を持つように、ミリアには、中毒症状が重くなってもらう必要があったのだ。
その足掛かりに、ミリアを利用したに過ぎない。
卑劣で冷酷で残忍な手口だ。
それでも、サリファは唯一の真実のように、神妙に言葉を繰り出すしかなかった。
レガントに見抜かれないように、巧妙に芝居を続けるのが、サリファの戦いのやり方なのだから……。
「先達て、貴方様は私に、私の知識は薬学だけのものか……と、尋ねました。薬を調合できるだけの知識ではなく、解毒剤を作る知識はないのか……。そういう意味だったのではありませんか?」
「……解毒剤をお前が作れるとでも?」
「残念ながら、発症してしまった中毒を完璧に解毒することは無理でしょう。しかし、シエルの花を使って、多少なりとも症状を和らげる薬を作ることは可能かもしれません。何にしても、時間がありません。至急作りたいので、どうか、資料集めのため、城の図書室などを使わせて頂く許可を頂きたいのですが?」
「やけに親切ではないか?」
「……そうでしょうか?」
「確証がないからと、人命を軽視し、黙っていたお前が、イレリアの中毒症状だと分かった途端、急げと言う。不思議な話だと思うが……?」
「毒が強まっていると知れば、無視はできませんよ。それに、ノエルが春まで待ってくれないかもしれませんからね……」
口元に笑みを乗せて、間髪入れずに答えると、レガントも口の端を歪めた。
ノエルのことを承知している。
だから、この男なりに考えて、イレリアの採掘を急がせている。たとえ、イレリアが枯れ果ててしまったとしても……。
「まあ、お前がこの城に居ついてくれるのなら、監視もできて、一石二鳥だが……。しかし」
よろよろ立ち上がったレガントは、サリファに近づき、わざと視線を合わせてきた。
血走った眼は、やはり何処かアルガス国王を彷彿とさせる。
(のまれてたまるか……)
感情の動きはいらない。余計な隙を作ってつけ込まれたくない。
内心の動揺を見せずに、首を傾げたサリファに、レガントは重々しく口を開いた。
「……ディアン=サリファ。お前の目的は、一体何だ?」
「えっ?」
「私に肩入れしたところで、お前の得にはならないだろう……。そこが、何より怪しい」
(……だろうな)
レガントは当然のことを指摘している。
だが、その当たり前の疑問の答えを、サリファは考えていなかった。
――しかし。
「…………復讐です」
サリファの口は、無意識のうちに動いていた。
「私はアルガス王に、死んでもらいたいのです」
それは、本当のことだった。
何も考えずに、飛び出してきた感情的な言葉。
ほとんどの嘘の中に紛れ込んだ……ディアン=サリファ唯一の本音であった。




