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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第2章 <5幕>
56/81

 ――今回の騒動を起こした子供たちの保護者です。

 

 サリファが両手を挙げて、降参したところ、兵士たちは唖然としながらも、荒っぽく、サリファを縄で縛り、城に連行した。

 その言葉を信じたのは、余所者ということが彼らの知識の中にあったからだろう。

 しかし、兵士たちがサリファと州公レガントの関係を知っているはずもない。

 最初は、リッカ城の牢に繋がられることも覚悟していたのだが、首尾よく城の前でユクスが待ち構えていたので、それは回避されたようだった。

 ぴったりと、ユクスがサリファに付き従い、城の中を歩く。


(……彼なりに、困ってはいるのでしょうね?)


 先日の命の恩人が、今度は罪人となって、戻ってきたのだ。

 ユクスなりに、何を問い質せば良いのか混乱しているようだった。

 しかし、拳を硬く握りしめ、目配せで、従者を遠ざけたユクスは、堰を切ったかのように、言葉を吐きだした。


「一体、これはどういうことだ。サリファ? なぜ、こんなことを……。南州の人間なんかを呼び込んでいるって聞くし、怪しい真似をしすぎると、お前を処断することになるぞ」

「怖いことを言いますね……」

「お前は、本気で死にたいのか?」


 ユクスなりに、精一杯、声を押し殺し、恫喝しているつもりなのだろう。

 しかし、人が好い。

 彼のまっすぐ見据える瞳が揺らいでいるのは、その気がないという意志表示だ。

 ユクスは、サリファを好いてもいないが、殺す気もないようだった。

 ……シズクのことを案じている。

 おそらく、彼はシエットたちのことなど、すべてを知っていた上で、しばらく待てと言っているのだ。

 彼は父を廃する勇気はないが、いずれ領主になった時に、すべてを変える気構えはあるらしい。


「赤い光草を、私に渡したのは貴方の父上ですよ」

「どういう意味だ?」

「ミリア様のお体の具合は、いかがですか?」

「……はっ?」


 ユクスは、拍子抜けしたように、後ろに傾いだ。


「一応、私の患者さんですからね。気になっているのです」


 にっこりと微笑むと、ユクスは毒気を抜かれたのか、導かれるようにして、口を開いた。


「ミリアは、お前の薬で少し良くはなったが、その日によって、寝込むこともある。今日はあまり良くないみたいだ」

「……やはり、あの時の回復は一時的なものだったようですね。……体質だけのことではないようです」

「はっ? おいっ! それは、一体どういうことだ!?」


 さすがに、妹のこととなると、黙っていられなかったのか、ユクスはサリファの胸倉を掴み、揺さぶった。――が。


「……ユクス。何をしている?」


 長い廊下の突き当たりから、数人の従者を引き連れて登場したのは、レガントだった。

 つい最近会ったばかりなのに、また少し痩せたような気がする。

 しかし、やはり、眼光は鋭く、動きも俊敏だった。


「そこの……サリファと話がある。お前は席を外せ」

「しかし……。父上」

「私の仕事を出来る範囲で手伝えと言っているのだ。分からんのか?」

「…………うっ」


 ユクスは顔を真っ赤にして、泣きそうな目を、レガントに向けてから、諦めたように、溜息を漏らした。


「…………大丈夫ですよ」


 心配はいらないと、小声で呟いてみせたら、逆に睨まれてしまった。

 うぬぼれるな……と目が言っている。

 ユクスは無言でサリファの横を通過すると、従者と合流し、肩を落としながら、廊下を歩き始めた。

 ぼんやりと、ユクスの背中を見守っていれば、目前まで歩み寄っていたレガントが、サリファを手前の部屋に手招いている。


「罪人殿は、こちらに……」


 罪人とあえて言ってみせるところに、レガントの人間性を感じた。


(変わった男だ……)


 サリファに、そんなことを思われたくもないだろうが……。

 うながされるまま、廊下の突き当りの部屋に入室してみると、先日、招かれた応接間とは違い、狭く、質素な造りとなっていた。

 きっと、レガントはこちらの部屋が好みなのだろう。

 従者を下がらせたレガントは、手前の椅子にゆったりと座り、予め準備しておいたらしい、水差しからカップに水を注ぎ、飲み干した。寛いでいる様子だ。

 今日のレガントは、白地に金色の刺繍が施された派手な装いをしていたが、だらりと長い衣装はサリファのものと良く似ている。

 けれど、一方のサリファの黒装束は雪に少し濡れてしまっていて、どうしようもない有様となっていた。


(よくこんな小汚い男を、お気に入りの部屋に通したものだな……)


 しかし、レガントは、このような局面にあっても、機嫌が良いようだ。

 笑声をにじませながら、小声で語りかけてきた。


「派手にやってくれたようだな。ディアン=サリファ」


 予想通り、安閑とした殺気を持たない反応だった。


「そのことについては、申し訳ありません。私の監督が至らなかったせいです」

「どうせ、お前がやらせたのだろう?」

「……まさか」

「今回の件以外にも、陰でこそこそこと、やましいことをしているのではないか?」

「何を仰っていらっしゃるのやら……。私がやましいことをしていたら、貴方様には、すぐに分かってしまうでしょう?」

「お前のところに、南州の……アンソカ族が出入りしているとか?」

「ええ」


 サリファは、予想していたとおりの回答をそらんじた。


「ですが、一人は今朝発ちました。貴方様もご存知なのでは?」

「…………」

「警戒して、遠巻きに私のことを監視されていたようですが、雪で声が拾えないから、私を監視している方も難儀したことでしょうね」


 良いのか、悪いのか……サリファは監視されていることには、慣れている。

 長い幽閉生活を送っていたサリファは、どこでどんなふうに、自分が監視されているか、察する力が身に着いてしまっているのだ。

 幸い、見た目は少女のライと、十四歳のナナンは監視対象を除外されたようだが、当然、フィーガにも追手はついただろう。

 しかし、彼の後を追うことは絶対にできない。

 フィーガは、サリファ以上に、周囲の気配に敏感だ。

 追手をまくことなど、朝飯前だ。


 レガントは眉根を寄せた。


 …………やはり、追跡は失敗したのだ。


「州公様……。私は、いずれアルガスに戻る予定でいます。ここにいれば、自給自足で生活することはできますが、いかんせん、路銀がたまりません。ああやって、アンソカ族を雇って近隣の領地に薬を売りさばいてもらっているのですよ」

「ここだけで商いをせずに、近隣の領地でだと?」

「先日は、クリアラの港町で薬を販売しましたけど、近隣にも売り裁いておりますよ。常連の人もいるので、そこそこ収入になるのです」

「…………なるほど」


 絶対に、納得していない様子だったが、レガントはそれ以上、深追いはしてこなかった。

 サリファの反応を待っている。

 受けて立つと待たれているのなら、こちらから仕掛けるしかないと、サリファはわざとらしく、淡々と告げた。


「私はただ、この国をふらふら流れている異国の人間に過ぎませんが、貴方様のお立場については、いささか……理解できるような気がしております」

「…………ふん、回りくどい男だな。いい加減座ったら、どうだ?」

「結構です」


 この濡れた衣装で、貴賓室の椅子に座った日には、大変なことになってしまうだろう。

 気を散らしたくもない。


「私なりに、貴方様のお立場について考えてみました。貴方様がいざという時に備えて、採掘を急がせているのは、為政者の責務からでしょう。自分を逆らった者を厳しく管理するのも致し方ないことです」

「つまり……三十年以上前のシエットたちの叛乱。そのことを、お前は言っているのか?」


 サリファは何も答えずに、少しだけ口角を上げた。その仕草で、レガントはすべてを察したらしい。

 こちらから目を逸らし、窓の外に顔ごと向けた。


「お前の言う通り、あの叛乱までは、シエットとの仲は悪くなかった。レイリアの分配も上手くいっていたはずだしな。だが、シエットというのは厄介なもので、貴族の出のせいか気位の高い人間が多かった。それこそ、どさくさにと紛れ、北州を手に入れようという輩もいた」

「仕方なかった……と思いますけど?」

「命乞いのつもりか?」

「いいえ。本音です。私が貴方と同様の立場にいたら、同じことをしたと思います。あいにく、隣国ノエルとは犬猿の国。奸計を弄された日には、とんでもないことになる。……もっとも、正感溢れる者であれば、州公様に、そのような大義があったとしても、昨今のシエットに対する振る舞いは、不当なものだと声を大にして言うでしょうけどね。……しかし」


 サリファは、自嘲気味に微笑んだ。


「あいにく、私は感情が欠如しているようでしてね。そんなことはどうでもいいと思ってしまうのです」

「どうでもいい……だと? 採掘に携わっている者達にに同情しているのではないのか?」

「同情していたのなら、もっと早く手を打っていましたよ。少なくとも、今日のような衝動的な行動の始末で、のこのこ城に参上はしません」


 サリファは一歩だけレガントに近づいた。

 レガントは老いているとはいえ、侮れない。手順を間違ったら、おしまいだ。


「…………貴方様が赤い光草を私に託した理由を考えていました。赤い光草の赤はレイリアの赤を吸収したもの……。貴方はそれをご存知たったはずです。最初は、レイリアの採掘場を私に探せと命じているのかと思いましたが、違ったのですね?」

「意味などない……かもしれないぞ」

「まさか……。何の意味もなく、レイリア関係のものを私に渡すとは思えません。最初、貴様方にお会いした時から、気になっていました。その痩せ方が……」

「つまり?」

「…………貴方もレイリアの中毒患者なのですね」

「……………………」


 きっぱり断言すると、レガントは大きく息を飲み、黙りこんだ。

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