⑥
採掘場は、城の裏側の崖の下にあった。
ぱっくりと地底に向かって口を開けた幅広の洞窟に、粗末な服を着た沢山の人たちがツルハシや、使いにくそうな木の棒を持って、粛々と向かって行く。
険しい岩場は、突風のせいか雪がまばらだ。
海がもたらす高波を防いでくれるのと同時に、この辺りを航行している船から姿を消してくれるのに役立ちそうではあった。
(本当は、ここに来る予定はなかったが……)
サリファは、冷めた目でその光景を眺めていた。
集落といっても、昼間はほとんど出払って採掘をしているのだ。自然、サリファたちは採掘場に足を運ぶしかなかった。
希少な宝石を産出している採掘場には、重い鎧を身に着けた兵士たちが威嚇するべく鞭を振って立っていた。
「危ないから来るなって、ロークさんから言われているのに……」
泣き言を漏らすシズクの頭を、ナナンが無理やり引っ込ませた。
「あんまり身を乗り出していると、見つかっちゃうわよ」
高台の窪みになっているところに隠れて、うつ伏せになって覗きこむようにして、彼らを見ている。
狭いところに四人で腹這いになっているのだ。
水分を含む場所にそんな姿勢でいるので、服がびしょ濡れだ。
(私の一張羅なんですけどね………)
サリファは、そんなに大柄でもないが、昨夜に引き続き、こんな無防備な体勢でいることに緊張していた。
「それにしても、酷いな……」
ライが眉間にしわを寄せ、直視できないとばかりに、サリファに視線を向けてきた。
大体、こんなことが行われているだろうと予想していたサリファは、感情が揺らがない自分を恥じた。
「……確かに、人を人とは思っていない仕打ちですね」
「無理に働かせて、中毒になったら捨てるようにして……。この人達、元をたどれば貴族なんでしょう。こんな扱い酷いわ」
「以前はここまで、酷くなかったって聞きました。レイリアの採掘量が減ってきて、領主は苛々しているようです。どうも……近いうち採れなくなるらしいんですよね。でも、そしたら、みんな……どうなるのかな?」
「…………なるほど……採れなくなる……ですか」
サリファは交差した腕の上に顔を押し付けて、思案した。
採掘を続けている者達の顔色の悪さ。
中毒症状が出るのは時間の問題だろう。
彼らの、特徴的な頬が削られたかのような極端な痩せ方を、サリファはどこかで見たような気がしていた。
(レガントは、もしかしたら……?)
――と、その時だった。
「動けないだと!?」
「申し訳ありません! 体調が悪くて……」
若い女性が膝をついて兵士に詫びていた。
「ふざけるな! 領主様はお急きなのだ! ちょっと体調が悪いくらいで、何をさぼろうとしている?」
兵士は容赦なく鞭を振るう。
最初は脅しで、地面に叩きつけていたが、女性が蹲ったまま反応がないので、腹を立てたのだろう。女性の背中に鞭を振り下ろした。
「ううっ」
女性が悲鳴をあげることも出来ず、くぐもった声を漏らしている様に、ライが迷いなく立ち上がる。
「…………後は任せたぞ。サリファ」
ああ……。
やっぱりか……。
これも想定内だったために、サリファは、ライが腰の短剣を抜くのを溜息混じりに見送った。
「無茶だけはしないで下さい」
「……そのくらいの分別はある」
「ちょっと何を……!?」
ライはナナンの大きな帽子を、ひょいと取って自分が被った。
「これ、借りるよ」
「はあっ!?」
「何考えているんですか、駄目ですよ!」
「あれを助けないなんて、駄目だろう?」
「君が行ったところで、どうにも」
「大丈夫よ、私も行くから!」
「はあっ!?」
とっとと背中を向けて、崖を身軽に下りて行くライに、ナナンが続く。
「サリファさん、どうするですか?」
「どうしようもありませんよ……。まったく」
「だって二人共、女の子だし、僕はそんなつもりで、連れてきたわけじゃ……」
「こんなのを見てしまったら、カナ……はともかく、ナナンが行くのは当然でしょう?」
「はあっ!?」
ライは後先を考えたら行かなかったかもしれないが、サリファがすべて心得ていることを承知して、表舞台に出て行った。
慌てふためく、シズクにサリファは立ち上がると、黒服についた土と砂を払った。
「そういうことで、シズク君、これ以上君を巻き込むのも申し訳ないので、すぐさま避難してください」
「避難もなにも、巻き込まれまくってるじゃないですか。冗談じゃない。僕だけ逃げることなんて出来ませんよ」
「すべて、領主にバレますよ……」
「それは、困りますけど……」
言っているうちに、あっという間にライは兵士のもとに急行してしまったらしい。
「誰だ、お前は!?」
誰何する兵士に、返事代わりと言わんばかりに、ライは鞭の革紐の部分を切り払った。
唖然としているのは、兵士だけではなかった。
その場にいたシエットも含めた全員が、ライの登場に目を丸くしている。
「か弱い女相手に、大の男が鞭なんて格好悪いじゃないか」
ライはぶかぶかの帽子を押さえながら、飄々と言ってのけると、集まってきた他の兵士の鞭の革紐を手当たり次第切っていった。
「な、何をするっ!?」
兵士達は鞭を捨てると、殺気立って大剣を抜き放った。
やはり場数が違う。ライは冷静そのものだった。
「鞭で叩かれるのは、とても痛いんだ。若い女性に跡が残ったら、大変じゃないか?」
「…………嘘でしょう」
ライは、経験者だったらしい。
初耳だった。
顔面蒼白となったサリファに、シズクは違った意味で声をかけてきた。
「あんなこと言っちゃって! サリファさん……。どうしよう?」
「あ、いえ、それは……大丈夫ですけど」
――危なかった。
もし、シズクが声を掛けてくれなかったら、サリファは延々と彼女に鞭を振った相手……おそらくデニズに対して、拷問方法を練り直していたことだろう。
「いや、絶対、大丈夫じゃないですよ。このままじゃ……」
「ああ、シズク君、私はその点は心配していません。あの程度の兵士では、彼女たちの腕には敵いませんよ」
サリファは、ライの腕も知っているし、アンソカ族の脅威の能力も熟知している。
ナナンの登場は、思った以上に早かった。
兵士たちが、ライ目がけて振り下ろす直前で、ナナンがそれを短剣で受け止め、力技で兵士の剣を弾き飛ばした。
「丁度良かったわ。暴れたかったのよ。……私」
本音の呟きだろうが、とても十四歳の少女の言動とは思えない。
それは武術においても、言えていた。
ナナンは、次々と自分の身長より遥かに高い男たちを短剣一本で圧倒していく。
兵士たちは、ナナンには敵わないと早々に見切りをつけたのだろう。
見物に回っていたライの方に殺到した。
……が、ライはナナンとは違った意味で手強かった。
彼らが向ける刃の数々を、風のようにすり抜けて行く。
動きが速くて、誰も追いつけやしない。
「カナ、あんた、やるじゃない?」
「先輩ほどじゃないよ」
そうして、何だか、謎の連帯感が生まれてしまっているらしい。
普通、この手のことは男同士に多いのではないのか……。
「お、お前たちは一体……!?」
兵士たちも、緊急事態と認めたのだろう。
一斉に、城に向かって走り始めた。
「……小娘二人に、みっともない!」
華奢な体を後ろにそらせて、ナナンがふんと鼻を鳴らす。
(……まあ、止めたところで仕方ない)
サリファは、ぼうっと、小娘二人に背中を向けて逃げ去って行く兵士の滑稽な姿を眺めていた。
「意外に早い展開でしたね」
「でも……サリファさん、確かに……凄いです……けど。こんなことをしてしまったら、みんなかえって危険になるんじゃないですか?」
何が起こったのかさっぱり理解していない、シエットの面々を見渡してから、シズクはその場に両膝をついた。
「ええ。ますます、立場が悪くなるでしょうね」
「…………そんな。勘弁してください。僕は……」
絶望感に苛まれているあどけない少年の横顔に、いくばくかの罪悪感を抱きながら、サリファは吹っ切るようにして、目をつむった。
(さて……。急きょ、改めた脚本でどこまでいけるのか…………)
「別に、君の責任ではないのですから、気になさらずに、私たちのせいにすればいいじゃないですか」
「貴方たちを案内したのは、僕ですよ?」
「そうですね。私やナナンに脅されたと、みんなに言って、ひとまず、君は崖下で彼女たちと合流しといて下さいよ」
「へっ?」
「一旦ここでお別れです」
静かに言葉を落とすと、サリファは崖とは反対方向に歩いて行った。
遠くで響いている蹄の音は、城に報告に行こうとしている兵士が馬を使っている証だろう。
サリファは、その方向にすたすたと歩きだしている。
(憂鬱だな……)
重い外套が更に重く感じられて、振り返ったら、シズクががっしりと掴んでいた。
「何やっているんですか! そっちに兵士が行ったんですよ。 貴方はどこに行くつもりなんですか!?」
「決まってるでしょう。城です」
「…………嘘でしょう?」
「シズク君。兵士たちは、どうして彼女たちがここに来ることが出来たのか……手引きした人間を探すでしょう。彼女たちと接点があるのは、君と私しかいません。早晩、城に連行されますよ。逃げる暇なんて、あるはずもない」
「サリファさん?」
「だったら、先手を打って、取引をしてきます。こういうのは、私得意なんで、すぐに戻ります。だから、それまで彼女たちを頼みます」
「えっ、ちょっと……」
シズクがよろよろと手を伸ばす。
頼むと言ったのは、彼の能力を頼りにしたことではない。ただ彼女たちの暴走を止めてくれたらいいと思っただけだ。
レガントと直談判することより、ライやナナンの破天荒な行動の方が気がかりだったのだ。




