①
――それは、さながら炎の波のようだった。
普段、目に留めることもない、ただの雑草が月の光に反応して、ふわりふわりと踊っていた。
燃え広がることはない。
情熱を秘めて、淡い紅色に光り続けている。
『光草』とはよく言ったものだ。
幻想的で、煌びやかな夜に、若き日のレガントは現実の禍々しさを一時忘れて、呆然と見惚れていた。
「綺麗だな……」
我知らず、声に出ていた。
すると、傍らの銀髪の女性は、くすくすと笑った。
「……あれは、血の色よ」
皮肉めいた一言。
それは、密かにレガントを……代々の州公を責めているようにも聞こえた。
その人は、楽を奏でるようにして、赤い草を操った。
神か、魔物か……。
いや、彼女こそ、月の女神イーリアだろう。
クリアラの民には敢えて教育されていないが、レガントはこの国の神話を学んでいる。
女神のように美しく、嫋やかで、儚げで繊細な女性だった。
子供の頃から、ずっと彼女に憧れていた。
身分が釣り合わないことは、重々承知していたが、それでも会いに行くことはやめなかった。
――いずれ、自分は北州の領主になる。
逃げることのできない、その日までは……。
でも、自分が州公になったら、父の悪政も終わらせることができるかもしれない。
レガントが権力を持つことで、救える人も出てくることだろう。
まずは、今のおかしな身分制度を見直そう。
時間はかかるかもしれないが、大勢の弱者が、陽の下を堂々と歩くことが出来る。
(私が道を正せば、彼女はきっと喜んでくれるだろう……)
――そうだ。
たとえ、彼女と結ばれることはなかったとしても……。
自分に向けられるその温かな笑み一つで、一生、やっていけるような気がしていたのだ。