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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第2章 <2幕>
40/81

  ――そうして、サリファは北州クリアラにいる。


 ライの指摘通り、真冬の一番寒い時期に、国内で一、二を争う極寒の地に住み着き、更に、彼女を襲った犯人と仮定されている人物と差向いで座っていた。

 北州公レガント。

 南に旅に出た際、悪評しか聞かなかった人物だ。

 元々、生きている環境の違う南と北は仲が悪いらしいらしいが、北州、特にクリアラは今回、国主となったライを侮る行動を多々犯している。

 雪が解けたら、クリアラの東に接しているノエムが侵攻する算段をしているらしい。

 それは南方での噂に留まらず、ライ自身の口からサリファも聞いていた。

 今のところ、ライはノエムの領主に専制攻撃の許可を出していないようだが、ノエムを止めることは出来ないようだ。

 大義名分は、今のところノエムにある。

 クリアラ制圧は、ライの為と言われてしまえば、まったくその通りなのだ。


(……でも、まあ、しかし)


 その辺りの事情は追々重要になって来るだろうが、今はどうでもいい。

 問題なのは、サリファ自身の行動であった。


(……さっきは本当に危なかった)


 いちいち反応が面白くて、つい子供たちに身分制度のことを問い質してしまった。

 たまに自分で計算外のことをしてしまうから、困ってしまう。


(なんとなく、シズク君が自ら白状してくれそうな気がしたんですど……)


  うかつだった。

  立場的に、彼らが答えられるはずもないことは、サリファにだって分かっていたはずだ。

  ユクスとシズクに警戒されて、州公との会見自体がなくなるかと思ったものの、予定通りサリファはユクス立会いのもと、レガントに会うことに成功していた。シズクは呼ばれていないので、州公には会えないと逃げて行ってしまったが……。


(……しかし、これはこれで、怪しすぎるな)


 不自然極まりなかった。

 サリファは、城に呼び出されたばかりでなかった。

  現在、火の灯った大きな暖炉を横に、応接間の長椅子に座らされて、向かい側に州公がいるという、恐れ多い状況となっている。

  通常、下々の者と顔を合わせるだけなら、謁見の間で衆人環視のもと、サリファを跪かせて一言礼を言うだけで、用が足りるはずなのだ。

  それが今、同じ目線で州公が座っている。

  たかが平民が会うだけなのに、破格の待遇ではないか……。

 レガント側から思いの他、早く声がかかった時点で、嫌な予感はしていたが、これは確信を持った方が良さそうだった。


「……よく来てくれた」


 思ってもいない社交辞令を重々しく切りだされた時点で、サリファの抱えていた疑念は確信に変わっていた。

 更にレガントは姿勢正しく、背筋をぴんと伸ばしている。これはもはや、客人に対する態度ではないか?

 この手の対応は、異母兄とのつきあいで慣れていた。


(厄介事を持ちこまれるか、殺されるか?)


 骸骨に軽く肉をつけただけのような男、北州公レガントは、口元は笑っていたが、目に表情はなかった。

 白髪頭なだけの特徴で存在が消え失せたような男と、健康的で血色の良い青少年であるユクスが親子である共通点は、一瞬では分からなかったものの、何度か顔を見比べるうちに、琥珀色の瞳だけは似ていると思えた。

  しかし、男の目は充血していて、唯一見つけた類似点も、最初から親子として見なければ、分からなかったかもしれない。


(……この男、大丈夫なのだろうか?)


 レガントは体調不良で、本当にルティカに来ることが出来ないのではないか……。

 一瞬、安堵してしまいたくなったサリファだったが、意外なほど快活な声音に、現実に連れ戻された。


「たしか、お前はディアン=サリファという名だったな」


 ――……とっても、元気そうだ。


「姓名で呼ばれるのは、久々ですね。北州公さま」

「娘を助けてくれたようだな。礼を言う」

「とんでもない。私は何もしていません。あの時、私が行かなくとも、公女様の体調はいずれ回復されていたことでしょう」

「……だろうな。そのことは、今回貴殿を呼んだ口実に過ぎない」

「……はあ」


 しらばっくれてみると、鼻で嗤われた。


(やはり、狸だったか……)


 レガントは尋問するように、遠回りに告げた。


「そうだな。貴殿はよく知っているであろう? 現在の国主……前国王の娘と称する御方が、アルガスと籠城戦を繰り広げたことは……」

「ええ」


  この期に及んで、何も知らないとはサリファも言えなかった。


「アルガスも隣国と小競り合いをしているので、ティファレトに時間をかけられなかったのでしょう。あっさりその方を国主と認めると、自国に帰って行ったみたいですね」

「アルガスが本気を出していなかったことは、遠く離れたこの土地でも聞き及んではいるが、その籠城戦……意外なことに、ティファレトの方が勝っていたらしいな。だからこそ、アルガスも早々に幕引きをはからざるを得なかったとか……」

「……さあ、それはどうでしょうね。その辺りのことは、アルガス国王にしか分からないことだと思います」

「フフッ、謙遜するな。ディアン=サリファ。その時籠城戦の指揮をしていたのは、アルガス人だと聞いた。…………貴殿のことだろう?」

「…………私が指揮……ですか」


(これは誉められているのか、馬鹿にされているのか……) 


 ユクスが何とも言えない表情で、サリファを見ていた。


(……困ったな)


  残念なことに、サリファは「指揮官」なんて大層なものではなかった。

  自分が逃げやすいように、人を配置して、彼らを駒として動かしていたに過ぎない。

  本当はあの時、逃げるつもりでいたのだ。


  彼女(ライ)を連れて、はるか遠くに……。


  ――それが出来なかったから、今、こんなことになっている。 

 更に、当初の方針を変えざるを得ない状況になってしまっているのだ。

 サリファは、観念して腹を括ることにした。

 知られてしまっているのなら、隠しても意味がないのだ。


「州公様、私は……やむを得ない状況で指示を出す側になっただけですよ。現在の女王に頭を使えと、剣で脅されましてね。私は前国王のユージス殿下の時も、その妃の命令でアルガス相手に籠城戦を仕掛けたことがあるのです。それを女王陛下はご存知だったらしく、私は命を取られまいと仕方なく……」

「仕方なく?」


 レガントが眉を顰め、傍らのユクスが益々大きく目を見開いた。

 サリファは、怪しまれない程度に微笑した。


「そういうことです。もしも、その時に国王が私の実力を買って取り立ててくれていれば、私は一人で北州になどいませんよ。要するに、用が済んで追放されたのです。女王陛下はアルガス人の私を王宮に飼っておくつもりなど最初からなかったのですよ。……この国は近いうちにアルガスと決別しようとしています」

「なるほど」


 レガントは興味深そうに顎を撫でていた。


「我が国はイエドと交流がある。イエドは現在アルガス領ではあるが……」

「私はほとぼりの冷めた頃に、イエドを経由して故郷に帰ろうと思ったのですよ。あの籠城戦で、アルガス国王にも目をつけられてしまったので、一足飛びに帰ることが出来なくなってしまいました。とりあえず一冬はここで過ごそうと思ったわけです」

「ティファレトにも、アルガスにも、今、お前の居場所はないというわけか?」

「……ええ、まあそういうことですね」

「お前は、薬学を駆使して娘の病を治したのだったな?」

「今は薬師の真似事をしております」

「それも、お前を呼んだ理由の一つなのだ。……ユクス」


 レガントは隣に座っているユクスに目配せすると、いつもと違い、存在そのものを消していたユクスはすくっと立ち上がり、一旦部屋から出て行った。

 護衛に頼まず、息子に頼んだこととは何なのか?

 気にはなるが、レガントは間を置かず、世間話をするかのように、サリファに話しかけてきた。

 この流れ的に、すぐに殺されるということはないようだ。……そう信じたい。


「国王陛下は若い娘だと、耳にしているが、お前はどのように見た?」

「……仰るまんまだと思いますが。ご自分の目で確かめられたら、如何ですか?」

「隣のノエムが手を出してきそうで、私はここを動けないのだよ」


(……よく言うな)


 これこそが「皮肉」という代物だろう。

 ユクスはこれほど面倒そうな男の血を引きながら、嘘が苦手な好青年のようだ。

 なんだか可哀想になってくる。

 同じことを、ノエムの領主も口にしているらしいが、彼は頼んでもないのにライのもとにしょっちゅうやって来る暇人だという話だ。


「堅固な城ですね。ここは、リッカ城……という名前だと聞きました」

「巷では、氷の城と呼ばれているそうだがな」


 無表情のまま、レガントが答えた。


「なぜ、こんな不便な山奥の山頂に州公様の居城があるのでしょうね?」


 クリアラの立地的に、港の近くに城があった方が便利なはずなのだ。

 イエドに、港から攻められる危険性もなきにしもあらずだが、結局のところ、この城の背後も海なのである。ここを訪れる前に、サリファも地図で確認をしていたが、港が開けるほど、広い浜辺はないようだが、それでも州公の拠点としては、弱点ばかりの場所であることは分かった。


「何が言いたい?」


 血走った目を向けられて、サリファは目を瞬かせた。

 この手の顔には慣れているが、命懸けで自分の憶測を話すほど、考えなしでもない。


(私も大概だな……)


 思ったことをつい口にしてしまうのは、自分に流れる醜悪な血筋のせいだろうか……。

 他人事のように、殺気が去るのを待っていると、ユクスが部屋に戻ってきたところで、レガントも我に返ってくれた。


「貴殿は見た目と違って、挑発的な男のようだな。ここに一冬いたいのなら、大人しくしていることだ」

「……もちろん、肝に銘じます」


 一冬は置いてもらえるらしい。

 監視のつもりかもしれないが……。


(まあ、いいか……)


 意外に緊張していたことを知ったのは、酷く喉が渇いたことに気づいたからだ。

 最初に出された茶を眺めながら、毒ではなければ飲み干したい衝動に駆られていると、ユクスが慇懃にレガントに頭を下げた。


「……父上」

「ああ」


 親子とは思えない淡泊な応じ方で、レガントはユクスが持っていた細長い木箱を受け取った。

 蓋を開ける。

 ――と、箱の中には、真っ赤な草が茎ごと入っていた。


「これは……?」

「……光草」

「えっ?」


 サリファは、ここに至って初めて心の底から驚愕した。

 自分の命のやりとりをしていた時よりも、はるかに感情が揺らいだ。自分はやはり何処かおかしいのかもしれない。


「この草は満月の夜に、赤く光る草だ。都にある光草は、青白く光るらしいな……」

「…………ええ。はい、そうです。よく知っています」

「これを、お前にやろう」

「本当に、よろしいのですか?」

「ただの草だ。感謝されるほどのものでもない。だが、お前は野草を摘むのを好むおかしな趣味を持っているというでないか。今回の件の礼代わりにこれをやろう」

「なにより嬉しゅうございます。希少な品を、ありがとう……ございます」


 上の空で答えつつも、強欲に先を告げようとしたら、あっという間に見抜かれてしまった。


「ちなみに、今は何処にもないぞ。焼けてしまったからな……」

「では、この光草はどうしたのです?」

「城で育てようとしてみたのだがな。失敗してしまった。それが最後の一束だ」

「本当に、私が頂いてもよろしいのですか……?」

「くどい」


 言下に念押されて、サリファはレガントの手から木箱を受け取った。

 四方八方から、紅色の草を観察した。

 ――間違いない。光草だ。

 赤い光草。

 今まで、どの土地でも見たことのない新種だ。

 そもそも、普通の光草だってルティカ近郊にしか群生していないのだ。


(……どうして、ここに?)


 赤く発光する様を見てみたいが、これから庭に地植えして生き返ってくれるかが問題だった。

 この過酷な環境下に存在していたこと自体奇跡である。


「それで、お前の知識は、薬学だけのものなのか?」


 レガントがしゃがれた小声で問いかけてきた。


(…………引っかかったか)


 最初から、それが目的だったのだ。

 早すぎる展開かもしれないし、もしかしたら、罠かもしれない。

 しかし、願ってもいない展開だった。


 サリファは瞳を細め、口の端に狡猾な笑みを浮かべた。


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