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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第2章 <1幕>
38/81

 的確且つ迅速なサリファの対処で、ミリアの病は回復した。

 しかし、ユクスも、イズクも、なんか解せない。

 釈然としなかった。


「……ったく、医師ではダメだったから、アイツを呼んだんだけどな……」

「風邪っていうのもね」


 サリファはミリアの額に手を当て、脈を取り、瞳孔を見て、すぐに風邪だと診断を下した。

 その後、持参した薬をユクスに託し、部屋の換気を徹底するように言い渡して、ものの数分で診察は終了してしまった。


 ――あっけないほどだった。

 すぐに治ったのだから、良かったと言えばその通りなのだが……。

 こうも簡単に治ってしまうと、また複雑な気持ちになってしまうのも事実だった。

 特にユクスは、部外者を城の中に招き入れたことに、州公である父からこっぴどく叱られたらしい。

 妹の命が懸かっているからこそ、ユクスはあのような強引な行動に出たのだ。


「僕のことも通しちゃったから、州公の怒りも倍増だっただろうね。ユクス様は大変だったでしょ?」


 雪道をのそのそと歩く大柄のユクスを、小さいシズクは心配になって仰ぎ見た。

 ユクスはシズクより三歳年上の十七歳だ。

 小さい頃から一緒にいたので、会話している分には別段何も感じないが、こうして並んで歩いていると三年の差を重く感じる。

 いや、年数だけではない。

 次代の州公である彼が背負っている重圧は、シズクには到底分からないものだ。

 シズクも見たこともない大人びた表情で、ユクスは視線を落とす。


「……まあな。でも、父上が怒るのは、別に俺とかミリアのことを心配しているわけではないからな」

「でも……」


 ユクスの消え入れそうな小さな声に、シズクは慌てて慰めの言葉を重ねた。


「で、でもさ! 州公はサリファに感謝して城に呼べって言ったんでしょ? 一応は感謝しているってことじゃないのかな?」

「…………分からない」


 ユクスは栗色の髪を凍えた風に乗せて、逡巡をにじませる足取りでサリファの住む小屋に向かっている。

 これから、州公に言われた通りサリファを招く手筈になっているのだろう。

 ユクスの信頼している護衛が数人、会話が聞こえるか聞こえないかの絶妙な距離感でついて来ている。


「父上はああいう御方だからな。何を考えているのか分からない。お前のことだって……」


 もっと色々と掘り下げて言いたいところを、ユクスは堪えているらしい。


「もしかして、シエットとは付き合うなって言われた。……それとも」

「ばかっ!」


 あからさまに動揺したユクスがシズクの口を押さえた。

 従者にも聞かれたくなかったのだろう。冷たい手袋の感触が顔面に痛い。


「あのな、シエットじゃないだろう。お前は……」

「でも、ちょっとはシエットの血も入ってると思うんだけどな?」


 恥ずべきことではないと、生前父に言われたことがある。

 ……けれど、この地で生きる限り、恥ずべきことなのだと、シズクは痛感せざるを得なかった。

 そして、その身分制こそが部外者の知りえない、北州の暗部の一端だということも分かってはいる。


(……まあ、僕に限っては身分制以前の問題になりそうだけど……)


 出自を呪ったことはあったが、どうにもならないことだ。

 誰も知らない所に行きたいと切望したところで、何処に行ったら良いのかも分かりやしないのだから……。


「………………で?」

「へっ?」


 ユクスと同時にシズクは目を凝らした。

 二人の真横、完全に間合いに入り込んだ至近距離に


「それで、シエットって、何なんです?」


 気配なく、サリファが立っていた。


「うわわっ!?」

「なっ、なっ、何でお前がここにいるんだ! サリファ」

「私は意外に活動的なんですよ。この季節、雪山でしか採れないものもあるんです」

「……しかしだな」


 驚くだけのシズクと違い、腰の剣に手を掛けているユクスは、さすがだった。

 もっとも、大剣は雪に濡らさない為、分厚い布で覆っていので抜刀することも出来ないだろうが……。


「ユ、ユクス様っ!!」


 ユクスの従者が血相を変えて、叫びながらこちらにやって来た。

 サリファは、急に危機感を覚えたのか、ゆっくりと両手を挙げた。その弾みで彼の懐から、雪の中にパタパタと山草が落ちていく。


(一体、何処であんな青い草を採ってくるんだろう?)


 呆れた目でサリファを見遣れば、彼は困惑しきった面持ちで、ユクスに目を向けていた。

 サリファの背後には、山道を踏み分けてきた足跡が残っている。

 ここで、ユクスとシズクを待ち構えていた訳ではないことは明白だった。


「ああ、この男がサリファだから大丈夫だ。趣味の山草採りで山の中を徘徊していたんだろう。お前たちは少し下がっててくれ」


 従者が納得いかない表情のまま、すごすごと後ずさったのを確認したと同時に、サリファはいつものへらへらした笑顔を向けた。


「公子様は、命令も鮮やかですね」

「それは皮肉か?」

「まさか、皮肉だったら、もっと分かりにくく言いますよ。そもそも、後でって言ったのに、全然事情も話してくれずに、数日間も私を放置するとは、約束破りもいいところな感じがしますよねえ……」

「仕方ないだろう! 俺だって忙しいんだから……」

「おや? 今までは、フラっと私のところにやって来て、花の催促はするわ、感想の一言もなしに茶を啜って行くわ……結構まったりしていたような気がしますけど? なんかこの偉そうな態度、タダ者じゃないなとは思っていたんですけどね。まさかの公子さまだったとは……」

「それこそ、お前、皮肉じゃないのか?」

「こんなに分かりやすい皮肉は、ありませんね」

「……まったく、何だろうね」


 シズクは苦笑を浮かべながら、呟いた。

 そもそも、分かりにくい皮肉は、皮肉と言えるのだろうか?

 徹底的に突っ込みたい衝動を堪えて、話題を変えるほうに努めた。


「あのさ、ユクス様から聞いたんだけど、州公様がサリファさんに礼を言いたいんだって。サリファさん、凄いじゃない」

「……………………嘘でしょう?」

「本当だ」


 苦々しい口ぶりでユクスが言う。

 サリファは一層顔をしかめた。


「私は別に、礼を言われるようなことはしていないはずですよ。私がしたことと言えば、熱さましの薬を出しただけにすぎません。あとは子供でも知っている換気を推奨しただけなんですから……。別に私がしゃしゃり出なくっても、数日経てば治っていたかもしれませんし」

「絶対、サリファさん、僕たちの話を最初から聞いてたよね?」


 しっかり盗み聞きしていたようだ。

 ユクスとシズクの会話を聞いていたからこそ、拗ねている部分もあるのだろう。

 なぜ、手練れの従者が彼の存在に気づかなかったのかが分からない。

 ユクスは一度唇を噛みしめてから、口を開いた。


「妹を助けてもらったことには感謝をしている。父上も命の恩人に無礼は働かないだろう。俺が立ち会うので、一度会ってみてもらえないか?」


 落としてしまった山草を雪の中から拾い上げたサリファは、不敵に笑った。


「いいですよ」


 その回答はまるで上から目線だったが、そう言えば、ユクスとサリファはいつもこんな感じだった。


(人のこと偉そうって言うけど、サリファさんも意味なく偉そうだよね……)


 仲が良いのか悪いのかさっぱり分からない。

 要するに、ユクスは直情型の性格で、対するサリファは大人げないのだ。


「ただし、ユクス君。一つだけ私の質問に答えてもらってもいいですか?」

「何が言いたいんだ?」


 おもいっきり歪められた顔は、君呼ばわりされたことへの反発ではないようだった。

 ユクスはサリファの能力を買いながらも、信じきってはいない。

 ユクスの質問を無視したサリファは、いきなり本題に入っていた。


「シエットと言うのは、この地方の身分制度のことですか?」

「…………それは?」

「本当に、会話を全部聞いてたんだね……」 


 そのことだけなら、シズクもさほど驚愕しなかった。話を聞いていれば何となく察しもつくだろう。

 しかし、次のサリファの言葉はユクスにもシズクにとっても強烈だった。


「ここの身分制度は、大きく分けて三つですよね。エング、ヒューリー、シエット。エングとヒューリーは、自ら私に名乗らないものの、村で普通に暮らしていますよね。……でも、シエットは表に出て来ない」

「……サリファ、お前?」


 ユクスが呆然とサリファを仰ぐ。

 シズクは新鮮な気持ちで、彼の次の台詞を待っていた。


「さて、イズク君。彼らは、一体何処にいるんでしょう……ね?」


 思っていた以上だった。

 サリファは植物だけではない。この土地のすべてを知ろうとしているのかもしれない。


 ――シズクは、そんなふうに直感してしまった。

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