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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第1章 <6幕>
29/81


…………まったく、馬鹿げている。


 エレントルーデは、天蓋を離れて一人、森の中にいた。

ティファレトの丸い月は、心なしか少し赤く見える。まるで血の色のようだった。


 戦いの合図はどちらだったか?

――早朝。

どちらからと言うのではなく、小競り合いから戦闘になってしまった。

 陽が落ちてからも、土の下から謎の植物が襲ってくるという謎の攻撃もされて、兵士達は疲労困憊だ。

神の祟りだという噂も流れ初めていた。

ティファレトの神が次代の国王ライに力を貸しているのだと……。


 ……何をやっているんだろう?


 やる気もないのに、人殺しの指示をしなきゃならないなんて、理不尽すぎるではないか。


「嫌になるなあ……」


 面倒なことばかりが発生して、手が空く時間といったら深夜しかない。

 こんなに寝不足でいたら、良い仕事なんて出来るはずないのだから、絶対に手を抜いてやろう……。


 固く心に誓った時、背後に気配を感じた。

 ふわっと甘い香りが鼻腔を刺激する。

 レイラの香りだ。

 誰に分からずともエレントルーデには、彼女の香りが分かるのだ。


「どう。そちらは?」


 エレントルーデの微笑をいつものごとく無視をして、レイラは忙しなく告げた。


「はい。外側から、城内を観察していますが、瞬く間に兵が統制されています。昨日まではやる気があるのかと問わんばかりの素人臭さがありましたが、今日は凄みがありました」

「そうだね。主に兄上の兵が前線に送られ酷い目に遭ってるよ。さっきの得体の知れない植物攻撃と、弓兵の絶妙な二重攻撃には痺れたね。……鍋の中で炒め物されている感じ?」

「……殿下」


 レイラが下劣だと、咳払いする。


(だって、戦争なんてそういう酷いもんじゃないか。仕方ないだろう?)


 しかし、反駁しても意味がないので、エレントルーデは話題を変えた。


「兵の配備は完璧に感じるよ。各々得意分野、身長、体格まで細かく配慮して配置されているね。あの潔癖なまでの徹底ぶりと言ったら、サリファの得意分野だよ。たった一日で組織を乗っ取ったのは、カテナ様の影響が濃いかな。さすがにサリファが息子とは、バレてないだろうけど、あの人がサリファにとって、大切な存在だったってことは、知れたのかもね。お涙頂戴で反乱勢力にも受け入れられやすい」

「サリファ様は、カテナ様を死に追いやったのは殿下だとお思いなのでしょうか?」

「僕というより父上だと思ってるんじゃないかな? でも、頭ではカテナ様はもういないし、こんなことする理由はないと分かっているはずだ。日頃、戦争なんて非生産的だって言ってる男だよ。その男が、また十五年前と同じことをしているんだから。日頃、理詰めで常識を説く男ほど、キレると恐いというか、暴走すると歯止めがきかないというか……」

「殿下。私達はそんなふうに安閑と構えて宜しいのでしょうか。脅威はないのですか?」

「別に。僕はどうでもいいしね。そもそも父上のせいだよ。いきなりやって来て、訳の分からないことをするから、こんなことになっちゃったんだ」


 エレントルーデはひとしきり喋った後で、切り株に腰を下ろした。レイラが心配そうに眉を寄せているのが月光ではっきりと見える。


「誤魔化さないでください。誰のせいとかではなく、今後のことを聞いているのですよ」

「心配はいらない」


 冷たい風に、両腕を摩りながら胡坐をかくと更に寒さが広がった。

 エレントルーデの衣装は城に置いて来てしまったので、今まさに替えの服がない。

 至急用意させた薄手の上着は、肌寒かった。

 温めてくれとレイラに頼めば簡単に殺されそうだし、軍服と甲冑は持参していたが、できることなら身につけたくなかった。

 とても自分にあの格好が似合うとは思えない。


「…………多分、相手は最初からアルガス相手に、勝つつもりなんてないんだ。それを承知でサリファだって請け負っているんだろうし。僕らもそのつもりで付き合えば良いんだよ。徹底抗戦だなんて主張しているのは、父上だけだ。でも父上も心根では、それが分かっている」

「分かっていて、どうして?」

「聞きたい?」

「ここまで一方的に話しておいて、その質問はないですよね?」


 エレントルーデは周囲を見渡した。

 子飼いの隠密と、レイラにも分からないのなら、周りに人はいないはずだが、何しろ、十中八九、カテナの居所を知ってて、三年も知らないふりを続けた狸オヤジだ。

 何処に目があるか分からない。


「父上はカテナ様との関係を公にされなかった。サリファも自分の子と認知しなかった。そして、余所の国に追いやった。これはどうしてなのか……。僕はずっと考えてた」

「それは、正后様と背後のフラー国が……」

「そう。確かに僕の母の影響力はあっただろうね。でも本当にそれだけかな?」


 エレントルーデは腕を組んで、今までの出来事を咀嚼するように語った。


「こうは考えられないかな。父上はむしろ、余計な争いにカテナ様やサリファを巻き込みたくなかったんだ。時が来たら、然るべき立場で自分の妃と王子して彼女とサリファを迎えるつもりだった」

「……殿下。それは?」

「ティファレト国王は体が弱く、仮面を被っているような不気味な男だ。そんな男にカテナ様が心を開くとは思わなかった。ティファレト国王は近いうちに死ぬのではないか? そう思ったんじゃないかな? そこで、ひとまず自分の養女としてカテナ様をティファレトに送ったんだ。預けたと言ってもいい。だけど、ここで誤算が生じた」

「カテナ様がティファレト国王に惹かれたということですか……?」

「何処からか、報告を受けたのかもしれない。ティファレトを占領することは近い未来の計画に入っていたかもしれないけど、あんなに急ぐ必要はなかった。父上は怒り狂ってティファレトを攻めたのさ。……しかし、その時、既にカテナ様はティファレト王と手を取り合って逃避行。母親を逃がすためにサリファが懸命に頑張っていたというわけだ」

「……そんなことが?」

「傷ついた父は妾を迎えた。カテナ様によく似た人だよ。性格はぜんぜん違うけどね。それで、僕らに弟が誕生してしまって、またしてもややこしくなったと……。僕は母上のことも、余り好きにはなれないけど、この件に関しては同情するよ」

「……何というか。あの国王がそんなこと。まったく想像がつきません」

「こんなふうに話すと、人間味溢れる悲惨な恋物語だよね。主人公があのオヤジじゃ同情すら出来ないけど」 


 エレントルーデは、薄笑いを浮かべながら言った。


「どうして、父上は自分の後継を名指ししないのかって不思議だったよ。息子はみんな三十も越えているんだ。兄上にはアルガスの正妃との間に娘もいる。王子だなんて名乗れる年齢じゃないだろう。僕達」

「まさか。国王は、サリファ様に王座を!?」

「しーっ」


 レイラが声を荒げたので、エレントルーデはその口を掌で覆った。もごもごしながら、レイラが頷いたので、そっと手を放してやる。


「そう、僕としては益々ややこしくなる前に手を打とうと思ったんだ。確かに、彼が国王なんて面倒なことを引き受けてくれたら、僕も意見を言いやすいし、意外にすべてが僕の望んでいたふうになるかもしれない。……けど、彼は駄目だろうな。それは、サリファ自身、とっくの昔に気が付いているはずだ」

「……陛下は、サリファ様のために地ならしを長い間していた……ということですか?」

「どうだろうね。でも、フラーが弱体化するのを待っていたような気もする。あの人に親としての情があるのか、それとも、彼の才覚を買っているのか、僕にも分からないけど」

「じゃあ、どうしてあんなひどい交渉をしようとしたのです。あんなことされたら、カテナ様だって怖くなりますよ。やはり陛下は最低だと思いますが。違いますか?」

「……ああ。そういえば、君には父上の交渉内容を話してたんだっけねえ」

「誤魔化さないでください。あれは脅しでしょう。カテナ様が可哀想です」


 そんなふうに、怒った顔が可愛いくて、ついエレントルーデは、彼女の頬に手を伸ばして、見事に、その手を払いのけられた。


「そうか。君は、カテナ様と境遇が似ているから、一層痛ましいんだろうね。その点は大丈夫。僕は父上のようなことはしないから」

「そんなことを、殿下に聞いていませんが?」 


 やっぱり、つれない。それでこそ、ある意味レイラなのだが……。


「僕もそう思ったよ。レイラ。だけどね。僕は父上でもカテナ様でも、サリファでもないんだ。部外者だからこそ憶測ができるんだよ。正直、人の気持ちほど難しいものはない。結局政治でも何でも動いているのは、感情を持った人間なんだ。大義名分なんてクソくらえってところさ」

「サリファ様もライ様も、どうなるのですか」

「サリファを助けるのは容易だけど、本人が助けられたくないだろうしね」

「じゃあ、ライ様は……?」 

「…………正直言って、難しいと思う」


 ライがティファレト王の娘という話で、人は集まっている。

 …………しかし、ライは王の娘ではないのだ。

 

 その点だけは、エレントルーデも確信を持って言える。

 よくよく考えてみれば、分かることだろう。


 大体、もしも本当の娘であったら、もっと早い段階でデニズが彼女を王位に就けようと暗躍したはずだ。

 エレントルーデの耳に入らないはずがない。


 デニズはライが偽者であるからこそ、利用しようとした。


 だからこそ、エレントルーデはサリファと引き合わせたのだ。

 娘でないにしても、ティファレト国王とカテナの関係者でなければ、そんな大それたことを騙れないと思ったからだ。

 しかし、サリファが覚えていないのなら、きっと、取るに足らない賊の娘だろうと切り捨てていた。


 ……でも。

 今回、植物を使った不思議な攻撃……、人間離れした妖術を仕掛けてきたのはライだ。


 エレントルーデが昔読みあさったティファレト神話の中でも、古代の王達は同様の力を発揮していた。


 あくまで突飛な憶測だが、彼女もまたカテナと同じサリファ特製の「毒」を飲んだのではないか。


 カテナの身近にいた人物であれば、その可能性は極めて高い。


 その副作用がおかしな方向に発揮されてしまったのなら?


 ………………きっと、サリファは傷つき、悩んだことだろう。


 エレントルーデは、ぶるっと身震いをした。

 それは肌寒いせいなのか、先行きの不安のせいなのか、分からなかった。


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