苺タルト
きっかけを掴めて要領を得たのか、真結の魔法の腕はめきめきと上達していった。書物からも知識を取り入れようと書庫の本も意欲的に借りて読み耽っている。特に異世界についての文献はないかと探しているが、多大なる蔵書量を誇っている書庫から見つけ出すのは至難の業で、まだ関連するような本にはお目にかかっていない。
だがある日、真結はそれとは別に気にかかる一文を見つけた。
曰く、『アンフィビーとは母親の胎内で双子の一方が相手を吸収してしまったため両性となった個体のことであり、魔力も強いとされる。その外見は一様に中性的で魅惑的とされ、特徴的なのは類い希なる白髪赤眼である』
その外見的特徴は、先日街で出会ったラビの事が思い出される。
彼女、と言って良いのだろうか? ラビは人目を気にするようにフードを深くかぶっていたが、やはり外見を気にしていたのだろう。
真結の世界にはアルビノと呼ばれる先天的にメラニンが欠乏する遺伝疾患で色素の薄い人々もいる。彼らはその個性によって奇異の目で見られ、国の文化や独特な信仰心によって神聖化されたり忌避されたりすることもあるようで、真結はニュースで、未だに彼らの身体の一部をお守りの材料として高値で売買する殺人事件が後を耐えないと聞いた事があった。
アンフィビーと呼ばれる彼らも、似たような目に合っているのだろうかと考えると、自然と眉間に皺が寄る。
「ねぇ、サラ。アンフィビーって呼ばれている人たちのことを知ってる?」
サロンのソファで本を読んでいたのだが、真結は視線を上げると側に控えてくれている少女に聞いた。サラは戸惑いの色を浮かべたが、すぐにそれは紛れる。
「ええ、神秘的な方達でございますね。私はお目にかかったことはございませんが、神官や魔術師にそのような方がいらっしゃるそうですよ」
だがそれは表に出てこれた幸運な人たちであって、大抵その稀少性から裏の奴隷商に攫われ商品として扱われたり、虐げられたりしているのが実情だという。
どこの国も世界も、似たような闇を抱えているのだなと真結は嘆息した。
お昼過ぎには調理場へ行き、苺タルトを作らせてもらう事にした。
料理長がケーキを焼いた時にその切れ端をとっておいてもらったので、それを使うのが隠し技だ。
「こんな物を何に使うんですかい?」
薄いスポンジを丸く切り抜く真結に、料理長は手を揉みながら落ち着き無く見守る。
「このままお皿に盛るわけじゃないから安心して。これはね、土台にするのよ」
真結はタルトより半分ほど小さな円に切り抜いたスポンジに、乾燥しないようにたっぷりとシロップを刷毛で塗って染み込ませた。そしてあらかじめ作っておいたタルトの中央にのせる。
「マーユ様、生クリームはこれくらいで宜しいですか?」
もともと器用なサラは、彼女一人で何か作ろうとしない限り特に大きな失敗は無いようで、最近では生クリームの泡だて加減も抜群に上手である。混ぜすぎるとぼそぼそで固くなるが、緩すぎると形をキープできずに溶けてしまうのだ。「角が立つ程度に泡立てる」とはいっても、どれくらいの角の立ち方なのかはお菓子の種類によって微妙に違う。
「ええ、完璧だわ」
ショートケーキなどスポンジの周りの見える部分にクリームを塗る際は、少し硬すぎるとヘラで平らにならしても空気の穴の跡が線になって残ってしまうが、今回はタルトの中の土台ともなるので心持ち固めだ。
真結はサラにその生クリームをタルトの上に落としてもらい、緩やかな山のように中央が高くなるように細長いヘラでクリームを伸ばしていく。左手はタルトの乗った回転台を回しながら、右手はヘラ端を使ってクリームの形を作る。中央にスポンジがあるおかげで綺麗な円錐となり、この上にフルーツをのせても形が崩れないのだ。
「作りやすさと見栄えの良さは、これがあるのと無いのとでは結構違うのよ」
立体的でより美味しそうに見える。
「まさかこんな有効活用ができるなんて、たいしたものだねぇ」
料理長の感慨深そうな声に真結も覚えがあり、共感して頷く。実はこれ、お店で働いていた時に先輩パティシエから教わったのだ。
「次はカスタードクリームね」
タルトの端から中央に向かってくるくると円を描くように袋から絞り出す。見えない部分なので特に金口の指定はないが、真結はつるんとしたクリームの表面よりもギザギザしているほうが上からフルーツを盛り付けやすいので、そちらを使っている。
中央はほんの少し、ソフトクリームのように二巻き適度重ねて高さを出しておくのもポイントだ。
「苺はどんなふうに切りましょうか?」
「まずヘタを切り落として、半分にしてもらえる? あ! でも、大きさも見てほしいの」
バスケットいっぱいにサラが持ってきた瑞々しい苺をボウルに移し替えて洗っていた料理長に尋ねられ、真結はその苺たちを覗き込む。
大きい物を端っこに、それより小さいものを中側に使うとバランスよく綺麗に盛れるので、出来れば苺の大きさは選抜したい。
「そんなところにまで拘るんですねぇ」
一番小さく先が尖がった苺を半分に切り、それを三つ先端が重なるように少し立てて中央に乗せる。それを取り巻くように内から二段目の列を半分に切った苺を寝かせて重ねていき、三列目、四列目と外側へ繰り返し、一番端は大きくて先が丸めの苺をカットしたものをはみ出さないように重ねていく。そして最後に、苺の重ねた向きに合わせて全体を上から軽く掌で押さえて整える。
これでほぼ完成だ。
「後は飾りつけね」
「なぱーじゅ、とやらの準備はできておりますよ」
料理長にゼラチンの代わりになりそうな物を教えてもらい、それを柔らかく水で溶かして苺ジャムを少し加えて色づけしてもらっていたので、それを受け取る。べリーナパージュの代用品だ。レモンを絞って香り付けし、ハケで苺の上に丁寧に塗っていく。苺と苺の間に下のカスタードクリームの黄色がのぞいていたら、そこもナパージュで覆って全体的につやつや輝かせる。
粉糖をタルトの端側に、なるべく内側が薄くなるようなグラデーションで粉雪のように散らし、緑で引き締めるようにセルフィーユを粉糖の上から均等に並べる。
「うん、なかなか良い出来だわ。美味しそう!」
仕上がりに満足して真結はふぅと心地よい息をついた。
「いつも思いますが、食べ物というよりも飾って眺めていたいような品ですねぇ。わたしゃ、お嬢様のお菓子作りを拝見させて頂いてからというもの、料理に対する価値観が変わってきましたよ」
「本当に、まるで宝石のようにきらきらと輝いて、乙女心をくすぐりますわ」
「しかも頬が落ちそうなくらい美味しいっていうんだから、目も口も心も至福ですよ」
料理長とサラの賞賛に真結は頬が緩む。こうして自分が作ったもので喜んでもらえると嬉しくなり、また相手が喜んでもらえるような物を作りたいなぁと心が弾む。
午後のお茶の時間にはもう遅いので、苺タルトは晩餐のデザートとして供されることになった。
カットされたピースよりも丸いホールのままのタルトの方が見目が豪華で可愛らしい。そこのところを考慮してくれたのか、デザートはまずはそのままの形で足のついた高皿で恭しく運ばれてきた。そして紅茶がそれぞれに行き渡った頃に目の前でナイフを入れられ取り分けられる。
「今夜はマユの作ったデザートだね」
コーディアスは見ただけで分かったようで、真結に「楽しみだな、とっても美味しそうだ」と微笑んでくれた。実に美味しそうに口に運んでくれるさまは見ていて嬉しく満ち足りた気持ちにさせてくれる。こういう所が好きだと感想を言ってくれることも嬉しい。彼のために次は何を作ろうかと、好みを探りながら次にお菓子を作るのが楽しくなる。
ルーチェは賛辞を贈ってくれた事など一度もないが、常と変わらず大して表情も変えずに残さず平らげる。そしてもうひと切れおかわりした。どうやら大変気に入ってもらえたようだ。
「美味しい?」
その様子に真結は少し身を乗り出して尋ねた。たまには答えに期待したい。
だがルーチェはちらっと真結も見やっただけで視線はすぐに手元のタルトへと戻される。
「悪くはない」
そうか、美味しいのね。
真結は肯定的に受け止めた。彼のこんな態度には慣れてきたので、自分に良いように解釈するようにしている。
「相変わらず素直じゃないね、君は」
紅茶を口に含みながら、コーディアスがふふっと目を細めた。そんなに歳も離れていないだろうに、からかいつつも慈愛に満ちたその眼差しは、包み込むように大らかだ。真結はそんなコーディアスの雰囲気が好きで、目が合うと一緒に微笑みを交わしあった。
幸せとは、こんな些細や日常のひとコマを指すのだなと思えるような、温かな気持ちだ。
そんな二人を見てルーチェはむっと口を引き結んでいたが、今の真結の目にはそんな彼も可愛く写る。きっと甘いものを食べて心に余裕があるからだろうと、真結は、そう思っている。
美味しいお菓子には、人を寛大にする力があるものね。




