実在するファンタジー的なあれこれ
お気に入り登録をして下さった皆様、有難うございます。
そして評価して頂いた方々も、本当に有難うございます。
こうして皆様からの反応があるととても嬉しく、頑張って続きを書こうという気になれます。
ぜひともお礼を述べたかったので、こちらに書かせて頂きました。
応援有難うございます。
身体から指先へと何かぞわぞわしたものが走り抜けたかと思えば、一瞬にして姿を変えた目の前のランプであったものに真結まゆは目が釘付けとなる。
オレンジと黄色の混ざった火がゆらゆらと揺れ、熱気が真結の前髪をふわりと靡かせた。
料亭の軒先の篝火のようなそれは机上に出したままにしていた地図を飲み込みそれを黒い墨へとかえると、小さく散らして空中へとひらひら舞わせる。
その一つに、まだ火の粉を纏わせたままのものがあった。
ひらり、ひらりと炎に煽られ、くるり、くるりと翻りながらカーテンの裾へと落ちていく。
鼻に届く焦げた臭い。
目の前で舞う明るい炎。
真結は息を飲み込むと脳裏にフラッシュバックされた光景に頭を抱える。
「い、や。……だめ、だめ待って! 待ってお母さんっ!!」
建物全体を覆う炎と煙の中に姿を消した母。
その後姿に手を伸ばす。
あの時、一緒にショッピングを楽しんでいた日は、真結も母と共に炎の中にいた。
でも、一緒に逃げ出したはずだった。
正義感の強い彼女が、逃げ遅れた子どもの為その炎の中へと戻るまで。
周りはどこへ逃げたらよいのかも分からないほど燃えていた。
爆風でショーウィンドウのガラスは砕け散り、倒れた棚から落ちた雑貨や陳列されていた服に火が燃え移っていた。
母と色々探して見つけた薄い桜色の可愛いワンピース。似合うからと母も喜んで買ってもらうはずだったそれはあっというまに火の粉に取り込まれところどころ黒く姿を変え床へと落ちていく。
逃げ惑う人々。飛び交う悲鳴。力強い母の手に引かれてなんとか走り出すも、辺りはそんな人々を逃がすまいとするかのような炎に取り囲まれていた。
そう、ちょうどこんなふうに。
ランプが置かれていた机の上だけでなく、火の粉が飛び移ったカーテンも音を立てて燃え始め、いつの間に飛び火したのか壁もベッドも扉も全てが煌々と明るく炎に照らされ燃え上がっている。
「マーユ、どうした!? 何があった?」
扉がドンドンと手荒に叩かれる。
ガチャガチャと鍵のかかった扉を開けようとするのが聞こえ、真結は霞がかった頭で不思議に思った。
扉にだって炎が移っているのに、ノブなんて触ったら火傷しちゃうじゃない。
「いかがなさいました? マーユ様に何か!?」
「ルーチェ、君も感じたか!? あの魔力の揺れは……っ!」
慌てた声に続いて大きく張られた声も聞こえる。
ばんと大きな音がすると、わずかに強張った声が部屋の中へと響いた。
「マユ!? 大丈夫かい!?」
炎の中に現れた栗色の髪の長身の男性。
あぁ、良かった。彼はここに居る。
母は亡くなってしまったが、自分は一人じゃない。
その姿に、部屋の中に呆然と立ち尽くしていた真結は飛びつくように駆け寄る。
『コウ兄! お母さんがっ!!』
わけが分からない。いったい何が起こっているのだろう。
混乱しているはずなのに、真結は高揚するようなうねりと熱く身体を走る力を感じていた。
もっと、もっと。
あの時命を飲み込んだ炎は、もっと激しく、踊るように燃え盛っていた。
「幻視か!?」
「きゃあ! いったい何があったんですの!?」
動揺する声が聞こえたが、真結は胸の中で荒ぶり高まる感情が何か分からず、とにかく激情に任せて目の前の彼にしがみついた。
「大丈夫だから、マユ。落ち着いて」
優しい声が降ってくる。
宥めるように頭にのせられた手の温もりを感じて真結は激しく高鳴っていた鼓動が少し緩やかになるのを感じたが、彼がふわっと片腕を上げたのと同時に身体に少しの抵抗感と消失感のようなものが走り、思わず身を硬くしてそれに抵抗した。
その途端、部屋を彩っていた炎が高く揺れる。
「マユ」
いつもは穏やかな声が、厳しい響きをもって諌めてくる。
見上げれば薄茶の、ヘーゼルの瞳が困ったように見下ろしている。
そんなふうに見られればいつだって罪悪感のほうが勝つ。
いつも迷惑をかけているんじゃないかと、負担になっているんじゃないかと不安で、決して彼を困らせたいわけじゃない。
目を伏して口を引き結べば、ふと鼻腔をくすぐった甘い花とすっきりとしたハーブを合わせたような香りに、目の前の人物が、自分が思い込んでいた人とは違うことに気づかされる。
そう、彼はコウ兄じゃない。コーディアスだ。
「大丈夫だよ、マユ。何も怖いことなんて無い。安心して」
耳に心地よい声でゆっくりと言い聞かせる彼は、母を亡くして以来たった一つの支えだった人ではない。
でも耳に響く声は優しくて、触れた温もりからはこちらを心配していることが伝わってきて、真結は素直に身体の力を抜いた。
――大丈夫。真結のことは、俺が守るから――
頭の中で、声が蘇った。
ううん、私は一人でも大丈夫。
今度は私がコウ兄を守れるくらい強くなろうって決めたんだから。
自分に言い聞かせて、大きく息を吸い、ゆっくりと吐きだす。
暖かな手はそれを促すように優しく背中を撫でてくれる。
「そう、いい子だ。ゆっくり深呼吸をして……そう、いいね。だいぶ落ち着いたかい?」
いつものように甘い穏やかな笑みを浮かべたコーディアスと目が合い、真結はこくりと頷いた。
部屋の中に視線を走らせれば、先ほどまで赤々と部屋全体が明るく炎に飲み込まれていたのが今では所々に小さな明かりが灯っている程度で、炎の勢いと一緒に感じていた本流のような気配も無い。
「じゃあ、火を消すよ? いいね?」
諭すように言うコーディアスに、どうしてそんなことを自分に確認するんだろうと真結は疑問に思いながらも、また、こくりと頷いて肯定する。
ふわっと彼の片手が部屋全体をめぐるように、指揮者の腕の流れのように曲線を描く。
真結はまた胸に小さな抵抗感を感じたが、今度は反発しないようにそれを受け止めるよう目を閉じた。
染み入るように消えていったそれを感じて目を開くと、月明かりにぼんやりと人影が浮かび、机上のガラスの割れたランプが勢いよく燃え上がって周囲を照らしているだけで、辺りはひっそりと静まり返っていた。部屋全体は燃え上がった形跡はなく、黒墨となったのは散らばった地図の残骸のみだ。
「まったく、大きな火をつけたものだな」
癖一つない長い髪をさらりと揺らしながらルーチェはランプの赤い石に触れ、消灯と呟やく。だが壊れてしまったのかそれは反応せず、ランプにしては些か勢いの過ぎる火は消えない。
サラが気遣うように近寄ってきてふわりとガウンを着せてくれた。
「コーディ、頼む」
「あぁ、やはり無理だったかい?」
ルーチェに呼ばれたコーディアスはどういう意味が有るのか、掲げた右手をくるっと回して掌を握り締めた。部屋が、暗闇に戻る。だがすぐにぼぅっと灯った黄色い温かみのある光にわずかに照らされた。
何の明かりかしら?
その根源を見れば、コーディアスの掌から浮くように、その丸い光は揺れていた。
こ、れは……
「魔力の暴走か?」
「その可能性もあったのに失念していたね。私たちもマユに魔法のことを言ってなかったから」
「そんなことまで忘れてるなんて普通思わないだろ。それにしても幻影まで……」
危険だなと小さく呟いたルーチェにコーディアスは呑気に微笑む。
「私が責任を持って制御の仕方も魔力についても教えるから問題ないさ」
「王宮魔術師のあなたが監督するならその点については間違いないだろう。だが、警戒することには変わりない。俺は騎士としての自分の仕事は徹底的にする」
「はいはい、どうかほどほどにお願いするよ」
ルーチェの腕を軽く叩きながら、コーディアスは肩をすくめた。
真結は聞きなれない単語に彼らの話に置いていかれるが、それでも分かることはあった。彼女にとっては非現実的なこと。それが、当たり前のように認識されている。
「じゃあ、そういうことだから。マユ、今まで私が君を保護していた立場は変わらないけど、ついでに師匠にもなったから宜しくね」
何の気負いもなくコーディアスに言われ、真結は確かめるように聞き返す。
「シショウ?」
「うん、そう。魔法を教える先生だね。魔法は分かるかな?」
真結はおそらく『魔法』なのだろうとあたりをつける。
「不思議な力?」
「不思議というか、青銀の月と自然界の力で構成されているんだけど……」
青銀の月。
もとの世界になかったその月は、もとの世界になかった力をもたらしているという事なのだろうか。
「まぁ詳しい話は今度することにして、さっきマユが行使した力や、こういうことだよ」
コーディアスは掌に浮いていた黄色く丸い光を両手で包み込み、指を徐々に開くようにして開けると、少しオレンジの混ざった光の花を出現させる。
手品ではなく、魔法。
ではあのランプは、魔道具だったのだろうか。
魔法。
コーディアスが、魔法使い?
で、私の師匠!?
つまり、これはどういうことでしょうか。
うっかり落ちた異世界では、魔法が使える不思議な世界でしたってことですね?
…………そんなの有りですか??
本当にこれは現実ですか!?
真結は何となく両目を擦って辺りをもう一度見渡すが、何も変わらない。
いつの間にかユアンまでもが駆けつけていたことに気づいたくらいだ。心配そうにこちらを見ている。
「マユの事はとくに表沙汰する気も無いけど、念のため私の遠縁の娘さんで魔力制御のために私に少しの間弟子入りしているってことにしよう。それで良いかい?」
否定の言葉なんて想像もしていないだろうコーディアスの笑みに問われ、真結は是非もなくただ呆然と頷く。それしか、選択肢はない。
魔法。……魔法か。
そんなもの無いなんて、自分で体感してみると否定する気にもなれない。
「光栄に思え。コーディが弟子をとるなんて滅多に無いことだ」
ルーチェに尊大に言われ、真結はその物言いに腹が立った。
だが一気に押し寄せてきた疲労感に身体が傾ぐ。側に居たコーディアスが支えてくれなければ、床に膝をついていただろう。
何かしら。ものすごく、眠たいわ。
「すみません。有難う、ございます」
「いや、気にしないで。きっと無茶な魔力の使い方をしたから身体に負担がかかったんだろう」
そういう物なのかしら?
コーディアスに促されベッドに腰掛けた真結は、今まででは使えるとは思ってもみなかった力について聞きたいことが山ほどあったが、瞼が重たく目を開けていられなくなる。
「マーユ様、今はもうお休みになられてはいかがですか?」
サラの遠慮がちな小さな囁きが、子守唄のように優しい。
「そうだね、ゆっくりお休み」
もう意識を保つのも大変になってきて、真結は返事もできずにベッドに身体を横たえると柔らかな寝具の心地よさに誘われてそのまま眠りについてしまった。
後から思い出すと、深夜に騒ぎを起こして皆を心配させてしまったのに、謝ることもお休みの挨拶もせずに眠ってしまって申し訳なくなった。