第1話 ラブレター
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これはある種のラブレターだ。
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「もう藤村でいいんじゃね」
突然名前を呼ばれ、私はぽかんとしてしまう。
完全に不意打ちだった。
クラス中の視線が私に集まり、ぎょっとする。
「な、なんで私?」
「ほら、お前の名前って、アリスって読めるだろ」
教壇に立つ瀬川が、普遍的事実を述べるような口ぶりで言った。
自然と、彼の背後の黒板に目が行く。
演目 不思議の国のアリス
確かに私の『有子』という名前は『アリス』と読むことができる。
でもそんなの役とはなんの関係もない。
こじつけもいいとこだ。
「藤村が主役がいいと思う人!」
私は言い返そうとしたけれど、瀬川に先を越されてしまった。
訓練された軍隊のような一体感で、クラスメイトのほとんどが手をあげる。
きっと自分以外なら誰でもいいのだろう。
「ち、ちょっと待って」
「はい、けってーい」
瀬川は聞く耳を持たず、黒板に『藤村有子』と私の名前を書いた。
癖の強い字なのが、なんだか馬鹿にされているみたいで余計に腹が立った。
追い込むように教室のあちこちで拍手が起こる。
「いいぞ!」「アリス!」なんて茶化す声も聞こえてくる。
「まあ、悪く思うな」
勝ち誇るような笑顔。
「一人はみんなのために、みんなは一人を犠牲にってよく言うだろ」
「いや、言わないから」
「でも実際、社会ってそういうものだろ。今のうちに慣れておいても損はない」
瀬川の言葉に、クラスメイトたちがなぜか盛り上がる。
どうしよう。
この雰囲気だと、無理に拒めば私が悪者になってしまう。
戸惑う私に手を差し伸べてくれたのは、クラス委員長の波戸だった。
「ちょっと強引すぎるんじゃないかな」
「多数決で決まったことだろ」
「なんで瀬川が多数決を採るんだよ」
波戸が苦笑する。
「そういうのは、委員長である俺の役目だろ」
「それはあれじゃん。えっと……」
続く反論が思いつかなかったようで、「確かに」と瀬川は頷いた。
変なところで素直だった。
どこか白けた空気が漂う。
その中心にいるのは間違いなく波戸だったけれど、彼は特に気にした様子もなく私に向き直った。
「それで、どうする?」
こちらの意志を尊重してくれた上で、改めてそう問われると、余計に断りづらかった。
なにより、もしここで断れば、彼がクラスの反感を買ってしまうことになる。
逡巡してから、私は観念して言った。
「いいよ、やる」
波戸は一つ頷いた。
「そっか、じゃあアリス役は藤村だね」
おおっ、と歓声が上がり、拍手が起こった。
さっきとは違い、冷やかすような響きは感じられない。
なんだか照れくさくて私は俯いた。
そして小さくため息を吐く。
半ば勢いで了承してしまったけれど、まあどうにかなるだろう。
頑なに断るほど嫌というわけでもないし。
それでもやはり倦怠感はあった。
軽率だったかな、と早くも後悔の念が湧いてくる。
もう一度、今度は少し大きめのため息を吐いた。
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