第13話 チャンバラ
「おーい、次は」
男子が声をかけてくる。
「次はまた、アリスとトランプ兵たちの戦闘。トランプ兵たちは衣装を変えて何度も登場するみたい」
「それもアドリブ?」
「うん」
「その後は?」
「できてるのはそこまでだよ」
男子たちが満足気に頷く。
トランプ兵役の一人である佐々木が近づいてきて「はい」と私に棒状の何かを差し出してきた。
反射的に受け取る。
それは丸められた新聞紙だった。
「何これ?」
「聖剣(仮)」
なんとも頼りない聖剣だ。
トランプ兵役の男子たちの手にも同じく丸められた新聞紙が握られていた。
待っている間に量産していたようだ。
彼らのそれはメイス(仮)なのだろう。
「よっしゃ、勝負勝負!」
中谷がメイス(仮)を振り回しながら、はしゃいだ声を出す。
本当はもう何回か台詞を確認したかったんだけど、男子たちはすでにやる気になっていて、それを言い出せなかった。
(なんで男子って、こういうのが好きなのだろ……)
私は嘆息し、仕方なく彼らと向き合った。
「じゃあ、アリスとトランプ兵たちの戦闘の稽古ね」
殺陣、というと少し大げさな気がする。
要はチャンバラだ。
「じゃあいくよ」
彼らに一歩近づいて、軽く聖剣(仮)を振るう。
中谷はそれを半身になりかわし「おらぁ!」と叫びながら私の頭頂部にメイス(仮)を叩きつけた。
パアァン! と風船が割れるような音がして、頭に衝撃が走る。
地味に痛い。
抗議する間もなく、中谷の背後からスイッチするように松坂が躍り出てきた。
彼は野球のスイングのようにメイス(仮)を振るった。
服の上からだからか、音は少し控えめだったけれど、痛みは大して変わらなかった。
腹部が地味に痛い。
「怯んだぞ!」
「今だ!」
「であえであえ!」
活気づいた男子たちに囲まれ袋叩きにされた。
応戦を試みたが、攻撃を受けながらだと丸くなって腕を振り回すのが精いっぱいで、まるで抵抗になっていなかった。
トランプ兵たちは聖剣を持ったアリスに一方的にやられるはずなのに……彼らはそれを理解していなかったみたいだ。
説明しようと顔をあげた瞬間、ひときわ大きな音が響いた。
左の頬に鋭い痛み。
攻撃の手がぴたりと止まり、しんと静まり返る。
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
私は殴られた左の頬にそっと触れる。
それから顔をあげ、にっこりと微笑んだ。
すると男子たちが、ほっと肩の力を抜いた。
その隙をつくように、一番近くにいた男子の鳩尾を渾身の力を込めて殴った。
もちろん拳でだ。
「うぐぅっ」
男子は呻き声をあげて膝から崩れ落ちる。
犠牲者は佐々木だった。
彼が顔を叩いた犯人なのかはわからないけれど、それはどうでもいいことだった。
なぜなら、
「全員殺す」
「ひ、一人やられたぞ!」
「怯むな! か、敵討ちだ!」
「であえであえ!」
それから私は男子たちと死闘を繰り広げた。
彼らはメイス(仮)での攻撃のみで、私は聖剣(仮)を振り回しながら時折、パンチやキックを繰り出した。
そのハンデが人数差と腕力の差を埋めて拮抗し、戦いは熾烈さを極めた。
次第にギャラリーが集まってきて盛り上る。
「何してるの?」
十分ほどが経過し、全員体力が尽きて睨みあいの膠着状態に陥ったころ、そんな呆れた声がした。
視線をやると、波戸がギャラリーに混じって、こちらを怪訝そうに眺めていた。
私は質問に答える。
「……殺し合い?」
「殺し合ってたのっ!?」
「違えよ、稽古だ稽古。アリスとトランプ兵の戦闘の」
中谷がすぐに否定した。
ああ、そうだった。
忘れていた。
「いや稽古って、トランプ兵はアリスに蹴散らされるんだよ。一方的に、ぐああって感じで」
「でも脚本にはそんなこと書いてないじゃん」
中谷の言葉に、波戸はばつが悪そうに言い淀んだ。
「それは、ほら。こっちも脚本を書くの初めてだから、説明がたりなかったんだよ。物語上、トランプ兵はさくっとやられてもらわないと困るって。何度も再登場するんだし」
「でもおかしくね? 五対一でこっちが一方的にやられるなんて、ありえないだろ」
「アリスは聖剣を持ってるんだよ」
「はっ、こんな聖剣(笑)がなんだってんだよ」
「おい、人の聖剣を笑うな。謎の愛着心が湧いてきたところなんだぞ」
私は聖剣(お気に入り)を中谷に向けて掲げた。
聖剣はくたりと折れて床を指した。
「文句を言うなよ」
そう口を挟んだのは、瀬川だった。
彼はいつの間にか波戸の隣に立っていた。
「クラスの出し物なんだから、ちゃんと指示に従えって」
中谷が何か反論しようとしていたが、その前に瀬川が周囲を見回しながら「脚本貸して」と言った。
瀬川は佳代から手渡された脚本を開き、そこに何かを書き加え始める。
「これで文句ないだろ」
瀬川が示威するように中谷に脚本を突きつけた。
トランプ兵が初登場するページの余白に、癖の強い字でこう書かれていた。
『トランプ兵はアリスに一方的に派手にやられる。』
グッジョブだ、と私は心の中で親指を立てる。
なんだかお調子者の彼らしくない。
やけに頼もしくて、正直ちょっと見直した。
そんな私の感心をよそに、彼はこう続ける。
「藤村を袋叩きにするなら、稽古とは別でやれ。それなら文句ねえから」
「おい、ふざけんなっ」
見直したばかりなのに……。
隣でトランプ兵役の男子たちが、
「その手があったか」
と納得していた。
その後、トランプ兵役の男子たちが暇を見つけてはチャンバラを仕掛けてきて、その度に死闘を繰り広げる羽目になった。
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