第9話 下書き
放課後、私と唯は図書室に赴いた。
背景の資料を探すためだ。
美術部の活動は融通が利くらしく、しばらく休むつもりらしい。
文化祭では展示をやるそうなのだが、それ用の絵はとっくに仕上がっているんだとか。
『ヨーロッパのお城』というタイトルの図鑑と睨めっこしながら、唯はノートに絵を描いていく。
シャッシャッと小気味のいい音。
真剣な表情でノートに向かう唯を、しばらくぼうっと眺めていた。
「一枚目の背景、どんなのがいいかな」
一時間ほどしてから、唯が独り言のように言った。
「どうしたの?」
暇を潰すために眺めていた西洋武器の百科事典を閉じる。
「えっと。二、三枚目の背景は描きやすいんだけど、一枚目がちょっと難しくて」
波戸は確か「遠くに西洋の城が見える構図の絵」と言っていた。
かなり曖昧な指示だ。
「見せてもらってもいい?」
「う、うん」
おずおずとノートを差し出してくる。
そして不安そうに上目遣い。
「ど、どうかな」
「んー、絵の知識がないからね」
見せてもらっておいてなんだけど。
「第一印象でいいの。下手に知識があるよりも、感覚だけで見る方が的確なことも多いし」
そういうものかと思い、言われた通り、難しいことを考えずに絵を眺める。
草木が繁茂するなだらかな丘。
かなり大雑把な素描だが、左から穏やかな風が吹いているのがわかる。
そして遠くの丘の上に、立派な西洋の城が見えた。
ゴシックというのだろうか。
特徴的な尖塔がある荘厳な建造物だ。
素人目に見てもうまいのがわかる。
けれど受ける印象と言えば、
「地味、かな」
唯は目に見えて落胆した。
「そ、そうだよね。やっぱり」
「でも十分だと思うよ、これで」
「せっかく任せてくれたんだし、中途半端なものは描けないよ」
唯にとって譲れないところなのだろう。
プロ意識。
あるいは責任感だろうか。
どちらにせよ、格好いい。
「他のも見ていい?」
「う、うん。いいよ」
私はノートをめくる。
似たような構図の絵やお城のデッサンが何枚か続いた後、今度は城内の絵だった。
真っ直ぐな廊下に豪奢な扉と甲冑、それから燭台が整然と並んでいる。
見事な絵だったけれど、窓がないせいか地下のような閉塞感があった。
そのことを口にすると、唯は「できるだけ使う色を減らしたいから」と言った。
どうやら予算の都合らしい。
次のページからは数ページにわたって色んなデザインの甲冑、扉、燭台が様々な角度から描かれていた。
その次が礼拝堂の絵で、こちらも廊下と同様素晴らしい出来だった。
左右に丈夫そうな柱が並び、奥の十段ほど上がったところに祭壇がある。
その辺りは薄暗くなっていて、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
やはり礼拝堂にも窓はなかった。
ページをめくる度に、唯は恥ずかしそうに身をひねる。
涙目になりながら、熱っぽい吐息を漏らしていた。
絵を描くのは好きでも見られるのは苦手なのだろう。
なんだかいけないことをしている気分になってくる。
一通り見終わってノートを閉じると、唯がほっと肩の力を抜くのがわかった。
私は改めてノートを開き、一ページ目からまた目を通し始める。
視界の端で唯が「ま、まだ続くの?」みたいな顔をしていた。
二周目をじっくりと堪能してから、私は詠嘆した。
「満足」
「満足?」
「こっちの話」
咳払いを一つ。
「二、三枚目の廊下と礼拝堂の絵は描けそうなんだよね」
「う、うん」
「じゃあその二枚を先に仕上げて、その間に一枚目の構図を考えたら? 別に順番に作る必要はないんだし」
「そっか、そうする」
「実りのあるアドバイスじゃないけどね。ごめんね」
実際、絵に関しては何一つ助言できていない。
「そ、そんなことないよっ」
唯は前のめりになる。
それから顔を綻ばせ、恥ずかしそうに続けた。
「有子、すごく真面目な顔してたから、私のために、そこまで真剣になってくれるんだって嬉しかった」
「うん、マジでごめんね」
視界の端で泣きそうになっている唯に集中していたとは、口が裂けても言えない。
「そろそろ行こっか」
罪悪感を振り払うように私は立ち上がった。
× × × ×




