表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
新学期、更新のない日々 (家族編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/54

第34話 見えない気持ち

「紬ちゃんと出かけるの珍しいの?」


彩音がそう言いながら、机へ麦茶のペットボトルを置く。


箸で白米を崩しながら、頭の中だけで言葉を探す。別に仲が悪いわけじゃない。家では普通に話すし、顔も合わせる。けれど、紬の方から「付き合って」と何かを頼んでくることは、ほとんどなかった。


「紬なら一人で行くだろ」


ようやく出てきたのは、それだけだった。


彩音は「あー」と小さく頷く。


「分かるかも。紬ちゃんって、なんでも自分で済ませそう」


「実際そうだしな」


湊が返すと、彩音は卵焼きを摘まんだまま少し視線を上へ向けた。


何か考えるみたいに、ほんの短く間が空く。


「でもさ」


その声に合わせるように、教室の後ろで小さな悲鳴が上がった。誰かがジュースをこぼしたらしい。笑い声と椅子を引く音が重なり、パンの袋を開ける乾いた音まで混ざって、昼休み特有の騒がしさが教室中へ広がっていく。


そんな中でも、彩音の声だけは妙にはっきり聞こえた。


「本当は、一緒に行きたい時もあるんじゃない?」


湊の箸が止まる。


そのまま数秒遅れて白米を口へ運び、咀嚼してからようやく息を吐いた。


「……どうなんだろうな」


紬が何を考えているのかなんて、昔からよく分からなかった。


いや、違う。


分からないままでも困らなかったから、ちゃんと考えたことがない。


「聞けばいいじゃん」


彩音は軽く言う。


「兄妹なんだし」


「簡単に言うなよ」


思ったより早く言葉が出た。


彩音は少しだけ目を丸くしたあと、小さく笑う。


「難しい?」


「……まあ」


曖昧に頷く。


家族だから何でも話せる、なんてことはない。むしろ近すぎるから、変に踏み込まないまま終わることの方が多かった。


紬もそうだ。


必要以上に頼ってこないし、こっちも無理に聞かない。そういう距離で、ずっとやってきた。


彩音はしばらく何も言わなかった。


弁当を一口食べ、麦茶を飲み、それからまた箸を持つ。その沈黙が自然で、湊も、箸を動かした。


「でも」


再び彩音が口を開く。


「紬ちゃん、湊くんの話するとき楽しそうだよ」


その瞬間、卵焼きが箸から滑りかけた。

慌てて持ち直した湊を見て、彩音が吹き出す。


「なにその反応」


「いや」


言葉が出ない。そんなふうに見えたこと、一度もなかった。


「え、気づいてなかったの?」


楽しそうに言われ、湊は視線を逸らす。否定しようとして、少し遅れた。


「……そんなこと、あるか?」


彩音は頬杖をつきながら笑う。


「あるある。なんかね、ちゃんと見てる感じする」


その言葉が、頭に残った。ちゃんと見てる。

そう聞いた瞬間、不意に別の声が頭の奥で重なる。


――ちゃんと見てます。


コンビニ袋の擦れる音。ホームへ吹く風。街灯の下で缶を持っていたミアの横顔まで、ほとんど反射みたいに浮かび上がってくる。


「……湊くん?」


彩音に呼ばれ、湊はようやく意識を戻した。


「どうしたの?」


「……なんでもないよ」


反射的に返したものの、自分でも少し遅かったと思う。


彩音は「してたって」と笑い、後ろの席では別のグループがスマホを囲んで騒いでいる。窓際では誰かが眠そうに机へ突っ伏し、教室の空気は昼休みらしい緩さのまま流れ続けていた。


「で、どうするの?」


彩音が改めて聞く。


「買い物」


「あー……」


湊は弁当箱の端へ視線を落とした。断る理由はない。むしろ最近は、紬とまともにどこかへ行った記憶の方が少なかった。


「行くよ」


そう返すと、彩音は嬉しそうに笑う。


「じゃ、決まりね」


話を進めながら、どこか満足そうに頷く姿を見て、湊は小さく息を吐いた。残っていた卵焼きを口へ運ぶ。


紬の作る卵焼きは少し甘い。前からそうだったはずなのに、今日は妙にはっきり味が分かった。


そのタイミングで、開いていた窓から春の風が吹き込んでくる。カーテンがふわりと揺れ、誰かのプリントが一枚だけ床へ落ちた。後ろの席で笑い声が上がり、彩音も何か言っていたが、その瞬間だけ湊の意識は少し遅れていた。




白線の近くで吹いていた風と、缶を開ける音が、不意に頭の奥で重なる。


――終わらなくていいので。


思い出した、というより、勝手に浮かんだ感覚に近かった。止まりかけていた箸をもう一度動かす。


彩音が「聞いてる?」と笑いながら覗き込み、湊は「あー、聞いてる」と適当に返した。


けれど、本当に聞こえていたのがどっちだったのか、自分でも少し分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ