表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
新学期、更新のない日々 (家族編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/64

学校 踏み込まない距離で

春休みは、思っていたよりあっという間に終わった。


始業式を挟んで数日が過ぎ、校内にはようやく新しいクラスの空気が馴染み始めている。


廊下ではクラス替えの話がまだ続いていて、昼休みになるたびに知らない名前が飛び交う。部活勧誘の声も増えて、放課後の校舎は春休み前より少しだけ騒がしかった。


そんな中でも、白石湊の生活自体はあまり変わっていない。


授業を受けて、適当にノートを取り、休み時間は窓際で時間を潰す。放課後になればそのままバイトへ向かい、終われば駅へ向かう。


ただ、一つだけ。変わってしまったものがある。


「……」


ホームの奥を見なくなった。いや、正確には違う。見ないようにしている。


電車を待つ時も、なるべく白線から離れた位置へ立つ。人の流れに紛れるような場所を選び、ホームの端には近づかない。それでも時々、視線だけが勝手に向いてしまう。


あの場所へ。


春休みが終わってからも、一度もミアには会っていない。


連絡先も知らない。学校も、本名すら分からない。思い返してみれば、驚くほど何も知らない相手だった。


それなのに、駅へ着くたびに、頭のどこかが今でも探している。


朝の教室は、相変わらず騒がしかった。


ドアを開けた瞬間、まとまりのない声の塊が一気に流れ込んでくる。笑い声、椅子を引く音、昨日の続きみたいに始まっている会話。それらは意味のある言葉として頭へ入る前に、ただの“音”として通り過ぎていった。


この程度の騒がしさには慣れている。むしろ、一つ一つ拾おうとする方が疲れるのだ。最初から聞き流してしまった方が楽だった。


白石湊はそのまま自分の席へ向かう。椅子を引き、鞄を机の横へ掛け、教科書を取り出して机へ置く。机へ置いた自分の手をぼんやり見る。


考えないようにしても、勝手に浮かんでくる。あれから何日も経っているのに、まだ消えない。


そこまで考えて、湊は視線を逸らした。考えたところで意味はない。そうやって無理やり思考を切り上げかけた瞬間だった。


「湊くんじゃん!」


不意に名前を呼ばれる。


反射的に顔を上げると、一ノ瀬彩音が机の横へ立っていた。


「……一ノ瀬」


ほんの少しだけ間が空く。


彩音は気にした様子もなく、「やっぱり」と笑った。


教室の入口ではなく、わざわざ席の横まで来ている。その距離感が少しだけ不自然だった。けれど、不思議と嫌ではない。


「紬ちゃんに、湊くんが私と同じ3年生って聞いてたけど、まさか同じ学校だったなんて」


彩音が机へ軽く手をつく。責めるような響きはなく、ただ面白がっているだけみたいな口調だった。


「……俺も今知った」


そう返すと、彩音は少し目を丸くしてから吹き出す。


「いや、私もだけどね?」


「一ノ瀬も気づいてなかったなら、俺は悪くないだろ」


「だってクラス違うし。あと湊くん、あんまり周り見てなさそうだし」


「偏見だろ」


「否定できる?」


そこで湊は少しだけ黙る。


彩音はその反応を見て、小さく笑った。


「ほら」


「……まあ、人は見てないかも」


あっさり認めると、彩音は「正直だ」と楽しそうに言う。


湊は視線だけ周囲へ流した。何人かの男子がこちらを気にしているのが見える。彩音はたぶん、それにも気づいている。それでも態度を変えないまま、当たり前みたいに湊の席の横へ立っていた。


「でもさ」


彩音が少しだけ声を落とす。


「人に興味ないっていうより、最初から距離置いてる感じする」


湊は視線を落とした。


窓から差し込む朝の光が机の端へ白く反射している。その光を眺めながら、小さく息を吐いた。


「……そんな分かりやすいか」


「分かる人には」


彩音は即答しなかった。考えるように間を置いてから、静かにそう返す。


その言い方が妙に引っかかった。


「なんで分かるんだよ」


それ以上説明する気はなかったし、聞かれたくもなかった。


けれど彩音は無理に踏み込もうとはしない。ただ机へ軽く寄りかかったまま、少しだけ首を傾ける。


「なんとなく?」


「適当だな」


「でも外れてないでしょ」


否定できなかった。


周囲では相変わらず笑い声が飛び交っている。誰かが机を叩き、別の誰かがうるさいと笑っていた。その騒がしさの中で、彩音だけが妙に静かだった。


「湊くん」


名前を呼ばれる。


「なんだ、一ノ瀬」


反射的にそう返した瞬間、彩音が少しだけ眉を寄せた。


「それ、やめない?」


「……なにが」


「一ノ瀬ってやつ」


冗談みたいな口調だった。けれど、その奥で引く気がないことも分かる。


「彩音でいいよ」


あっさりと言う。まるで最初からそれが自然みたいに。


「……いや、それは」


すぐに否定が出る。理由なんてない。ただ、今までそう呼んでこなかった。それだけのことなのに、なぜか簡単には変えられなかった。


彩音は一瞬だけ黙り、それからほんの少し距離を詰める。


「彩音でいいって」


さっきより少しだけ低い声だった。強引ではない。けれど、不思議と逃げ道がなくなる言い方だった。


言葉が止まる。


断る理由は浮かばない。それでも、すぐ受け入れるのも違う気がして、ほんの短い間だけ沈黙が落ちる。


「ほら」


彩音が軽く促す。


「一回だけでいいから」


試すみたいな言い方だったが、その目はちゃんとこちらを見ていた。


「……彩音」


少しぎこちなく、確認するみたいに口に出す。その瞬間、彩音がほんの少しだけ目を見開いた。けれど次には、小さく頷いて笑う。


「うん。それでいい」


さっきより柔らかい表情だった。


彩音は一度だけ教室の後ろを振り返る。友達に呼ばれたらしく、小さく手を振り返してから、また湊へ視線を戻した。


「ねえ、湊くん」


「ん?」


「今日のお昼、一人?」


「大体そうだけど」


「じゃ、一緒に食べよ」


断られる前提のない言い方だった。


湊は少しだけ黙る。


一人の方が楽だとか、今日は誰かと食べる予定があるとか言って、いつもの自分ならそう考えて答えて終わっていたはずだった。


けれど、その日はなぜか「嫌だ」が出てこなかった。


彩音は急かさない。ただ机へ軽く寄りかかったまま、静かに返事を待っている。その距離感が、不思議と心地よかった。


「……別にいいけど」


そう返すと、彩音は少しだけ目を細めた。


「やった」


大げさじゃない。それでも、ちゃんと嬉しそうだった。その反応を見て、湊はほんの少しだけ視線を逸らす。


教室のざわめきは相変わらず続いている。


ここから第2章、学校編が始まります。

春休みが終わって、景色は少しずつ“いつも通り”へ戻っていきます。

クラス替え。昼休みの騒がしさ。放課後の校舎。毎日繰り返される学校生活。


でも、湊の中では、まだ終わっていないものが残っています。


会わなくなった時間。

白線の近くに立っていた誰かの記憶。

気づけば探してしまう景色。


そして、ここからは学校側の人間関係も少しずつ動き始めます。


彩音や紬を含めて、“駅だけじゃない日常”が広がっていく章になる予定です。


第1章とは少し空気が変わりますが、変わらず丁寧に積み重ねていけたらと思っています。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


第2章も、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ