第七話
シアの演説は評判を呼んだ。シアはそれ以降も何度か街角で演説を行い、前もって開催を伝えていないにも関わらず、観衆は徐々に増えた。
必ず見られる芸術とは違い、神出鬼没で突発的な演説は人々の好奇心を刺激した。芸術都市ジャンボの人々は芸術に強い興味を持つ人が多い。絵画や芝居、小説、彫刻、漫談──さまざまな芸術がジャンボにはあったが、演説という新しい芸術をジャンボの人々は珍しがり、夢中になった。
次第にシアの演説の内容を雑誌などが特集するようになったが、シア自身はそういった媒体から積極的に取材を受けることはせず、結果的に演説の内容に注目が向いた。
アルドはシアが取材を受けないことに首を傾げたが、当のシアは「私は英雄になりたいわけじゃないからね」と、のほほんとしたものだった。
シアは、ときには人よりも羊の数が多いベルーセ村でののどかな暮らしを話した。またあるときには、ベルーセ村の保管庫にあった歴史書の話をした。
ジャンボの人々は自分たちの知らない地理や、これまでに学んできた歴史の真相を知ったと知的好奇心を刺激された。しかしシアは「これはベルーセ村に伝わる歴史書に載っていた話で、実際のところはどうかわかりません」と付け加えることを忘れなかった。その曖昧さが、却って誠実であると信頼を得る結果になったのだから、不思議なものだ。
そうこうしているうちに、ジャンボの一画から、不満の声があがった。
──魔女の犬笛に踊らされる愚民!
ジャンボで販売されている戯画のなかで、シアは特別に醜い姿に描かれていた。
アルドはそれを見て不機嫌になったが、シアは「こんなことで溜飲を下げるんだねぇ」としみじみと腕組みをした。
「愚民なんて言っちゃって、自分たちの戯画を買ってくれてるお客さんまで下げてどうするのさ。私の演説を楽しんでくれる人のなかに、この雑誌を読んでる人もいるかもしれないのに。……アルドくん、これ、誰が言ってるのか、記録しといて」
「……面倒だ」
「これだけ数が多いとそうだよねぇ。栞をはさむとか、ページの端っこを折って保管するとかでいいよ」
「わかった」
シアは相変わらず大きな桶のなかで湯浴みをし、自分の着た衣類を洗濯した。アルドも一緒に洗濯をし、鍛錬を欠かさない。たまに街に出て演説をする以外は、暮らしが大きく変わることはなかった。
そんなある日、公開討論会への出席要請が届いた。公的なものではない。シアは心底面倒くさがったが、欠席してどうこう言われるのも癇にさわる。
シアは渋々一張羅の服を着て、冬眠明けのクマのようにのそのそと公開討論会に出かけた。
「いいなぁ、アルドくんはいつもの服装で」
「鎧だからな」
案内役に従って会場の扉を開けると、集まった人々がわあっと一斉に声を上げた。細かい彫り物のしてある柱が何本も建っている。シアとアルドは紙吹雪の舞うなかを歩いて、壇上にのぼった。
「それでは公開討論会をはじめます」
司会役の女性が大きな声で開催を告げると、さらに会場は盛り上がった。
「えーと。ベルーセ村から来た、小娘です。一般人ですので、どうぞお手柔らかに」
シアがそう挨拶をすると、観衆は「ベルーセ! ベルーセ!」と合唱した。
何人かいるジャンボの芸術家の一人は、ひくひくと頬を引き攣らせて、すでに怒り心頭だ。
「ベルーセ村から来た村娘に言いたい。このジャンボは歴史ある芸術都市だ。君の主張は芸術の自由に反する。芸術とは、自由で尊いものだ。君はベルーセ村の情報を我々が勝手に使ったと吹聴しているそうだね。しかし、これまでも歴史を題材にした作品というものは数多く生み出されてきた。なぜ我々がそれをしてはいけないのかね!」
声を荒げる芸術家に、シアは淡々と返す。
「芸術自体は自由で尊いものです。歴史を参考にした芸術作品も、たしかに多くあるでしょう。名作も多いですよね。私も好きな作品がいくつかあります。……しかしベルーセ村の情報を取得する際に、略奪行為があった。私たちが問題にしているのは、ここです。──私からも質問していいですか? あなたはベルーセ村の情報をご自身の作品に使ったということを、お認めになるんですね?」
芸術家がぐっと言葉に詰まる。「どうなんだー!」と観衆からヤジが飛んで、顔を真っ赤にして怒り狂っていた芸術家は黙り込んだ。
隣に座っていた女性芸術家が挙手する。司会役に促されて、女性芸術家は話をはじめた。
「『探偵の憂鬱』を書いている者です。私は認めませんよ。だって、似ている似ているってあなたは言うけれど、ちっとも似てないじゃないですか。どこが似ているんですか?」
「『探偵の憂鬱』、私も拝読しました。でも私、あなたの作品が略奪した情報を元に書かれただなんて、演説で一言も言っていません。作品名をあげてないんです。……それ、どこでお聞きになったんですか? 普段部屋でアルドくんと話すときには、言っていたかもしれませんけど……。その情報を知っているのって、屋根裏とか床下に忍び込んで聞いていたからですか? だとしたら、それも違法な情報収集なのではないでしょうか」
シアは身を屈めて辺りをうかがったり、壁に身体を沿わせて耳をすませるような仕草をして見せる。観客たちがどっと笑い声を上げた。
芸術家たちが返事をしないので、シアはゆっくりと話しはじめた。
「私は、略奪や違法な情報収集について、問題があるのでは? と言っています。だからヤハラ国のハト派やハッシャ国は略奪を問題視している。ヤハラ国のタカ派は産業スパイ問題なのでは? と言っています。正式な取材依頼があったなら、こんな騒ぎにはなりません。取材依頼をしてもらえるとか、ベルーセ村のことだと記載してもらえる方が、どれだけましか!」
シアの隣にアルドが座っている。普段と変わらないように見えるが、おそらく少し退屈しているなと、シアは察した。それがおかしくて、肩の力がすっと抜けた。
「私はヤハラ国の議会でお話をしました。ハッシャ国の議員さんともお話しました。ヤハラ国もハッシャ国も、違法な情報利用をした芸術に、疑問を持っています。知名度や実績のない私の演説は、小さな虫の一刺しかもしれません。けれども、黙っていられなかった。略奪だからです。人が死んでいるからです」
シアは隣にいるアルドに一瞬だけ視線を送る。アルドがうなずいた。観客は静まり返っている。
「ベルーセ村からの略奪、それから芸術作品への無断利用は、公になったことで問題視されはじめた。ヤハラ国とハッシャ国、ハト派とタカ派……どの立場からでもです。そうなると、違法な情報利用をした芸術への介入は避けられない。……ジャンボの全ての芸術家が、違法な情報利用をしたとは言いません。ただ、一部にそういう芸術家がいた」
シアは一度言葉を止めて、会場を見渡す。壇上を照らし出すたいまつの火が、ぱちりと音をたてて爆ぜた。
「そういう悪徳芸術家に、ご自分たちで裁きを加える方が、傷が浅く済むのではないですか? そうしてアイデアの源泉を公表する……。その方が、ジャンボという街に自浄作用があると判断されるのではないでしょうか」
「私は雑誌で連載をしていたが、あなたのせいで、連載が終了した! どれだけ心血を注いで、どれだけの努力をして描いたと思ってるんですか!」
「連載が終わってしまったんですね。それはお気の毒に。でも雑誌での連載が終わっても、それをまとめた本は出版されますよね? なにより、あなたの連載が終わったのは私たちのせいではありません。あなた自身が、違法な情報利用をしていたからでは?」
シアは大きく息を吸うと、観客にも伝わるように、悲しそうに背中を丸めた。
「ベルーセ村の人々も、努力をして、心血を注いで、日々の暮らしを送っていましたよ。……略奪によって、殺されるまでは」
「あなたが演説をするようになってから、ない腹を疑われるようになった! やってないことをやったと疑われるんです!」
「そうですか……。ならばやっぱり、自浄作用は必要ですね。自浄作用がないと、違法な情報利用をしていない芸術まで疑われてしまいます」
シアは目を剥く芸術家ではなく、観客に向けて両手を挙げた。
「真っ当に創作された芸術を守るためにも、違法な情報利用をした芸術家には、処罰が必要です!」




