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アイザワ夫婦は全校生徒から祝福されている  作者: 妖精卿
相沢律はスケジュールを組む
20/58

020 -Aono-

 (りつ)の母親はわざわざ二階にまでは上がってこなかった。しかし、少し冷静になった蒼乃(あおの)だって、親がいる家でこの先に進むのはまずいと思った。


「ごめん、(りつ)。私……つい……」


 性欲に負けた。あまりにも彼女が可愛くて、自分色に染めたくて仕方がなかった。


「謝らないで、(あお)ちゃん。嫌じゃなかったというか、いろいろ初めてが(あお)ちゃんでよかったって思っているから」


 蒼乃(あおの)は短く息を吸って、長く吐いた。


(あお)ちゃんも、初めて、だった?」


 遠慮(えんりょ)しがちな聞き方に、がっついてしまったことを深く反省する。多分、人間というのは初体験でもどうするべきなのか分かるように出来ているのだ。


「私だって初めてよ。(りつ)が初めて。初めての恋人だし、ファーストキスだし……」


 言ってて()ずかしくなって語尾の方がぐにゃりと曲がる。

 やっと理性を整えられたところで、(りつ)ときちんと向き合う。


「実はね、今日可愛い下着にしてたんだ」


 (ほお)を赤らめて律が言う。理性がハンマーでぶん(なぐ)られて、外に飛んでいきかけた。


「え、何色?」


 頭が(くる)ってセクハラまがいなことを聞いた。


「…………見る?」


 何もしない何もない何も何も何も。


 今度は長めに息を吸ってから吐いた。

 そして正面切って答える。


「見る……」


 のぼせていたんだと思う。心臓が速く動いて蒼乃(あおの)に警告を出す。無視した。


「どうすればいいかな……。めくる? それとも上から(のぞ)く?」


 すでに頭は(くる)っていたので、下からか上からかで蒼乃(あおの)は真剣に悩んだ。数学の記述問題だってこんなに頭を(ひね)ったことはない。


 体操服に着替える時、もちろん不可抗力(ふかこうりょく)でだが、(りつ)の下着を見たことは一度だけではない。


 それとこれとでは話が違う。

 恋人が自分のために下着を選んだというのだ。浮き足たたないやつがいるだろうか。


「……めくっていい?」


 蒼乃(あおの)がおそるおそる聞くと、(りつ)は照れ笑いをして「どうぞ」と言ってくれた。


 めくる前に何色だろうと考える。何となく白かなと予想した。


 カットソーの(すそ)(つま)む。厚手だった。下着の色が透けないわけだ。

 (すそ)を少し上げると(りつ)の腹が見える。筋肉がついているわけではないが、ぜい肉がついていないので細い。


「そんなにじっくり見ないでよ……」

「ごめんなさい」


 謝ったけど、蒼乃(あおの)の視線は(りつ)の肌に釘付けだった。


 カットソーをもう少し上に上げる。肋骨(ろっこつ)が見えた。()せているなと思う。ちゃんと食べていることは知っているけど、ちゃんと食べているか不安になる肉付きだった。


 あと十センチめくり上げた。

 答え合わせの結果、蒼乃(あおの)の予想は当たっていた。


「はい! おしまい!」


 (りつ)の手によって無理やりシャットダウンさせられてしまった。


「毎日見せてくれてもいいのだけれど?」

「調子乗らないの。まったくもう」


 強めの語尾だけど、怒っている感じはしない。やや気まずさがあるのか、(りつ)蒼乃(あおの)から視線をそらし、ペットボトルからグラスに残りのジンジャエールを注いでいた。


(りつ)

「なに」

「愛してる」


 横顔に向けて言う。たくさん言いたかったけど、何回言っても足りないと思うから一回に想いを込めた。


 (りつ)はフリーズしていた。グラスを少し(かたむ)けたまま、頭の中で蒼乃(あおの)の言葉を反芻(はんすう)しているようだった。


「……私も、愛してるよ」


 どうせなら録音しておけばよかったと後悔した。


「私、(りつ)と恋人になれて本当に嬉しい」


 (りつ)からグラスを奪い取り、両の手を繋ぐ。


「本当に本当に(りつ)が好きだから」


 どこにも(いつわ)りはない。全て食らい尽くしたいくらいに好きだった。その想いを分かってほしくて、指先に力が入る。それに応えるように(りつ)の指にも力が入る。


「大丈夫だよ。私も(あお)ちゃんのこと大好きだから」


 (りつ)の手が(はな)れて一瞬蒼乃(あおの)は不安に(おちい)るが、すぐに抱き締められたので払拭(ふっしょく)される。(りつ)の匂いがする。さっき布団からは感じ取れなかった香りだ。


「今度はどこにデート行こっか?」


 しっかりと抱き締めたまま(りつ)が言う。


(りつ)の行きたいところでいいわよ。あ、でももうすぐテストよね」


 蒼乃(あおの)は十月のカレンダーを頭に浮かべる。来週の三連休だと、試験十日前。微妙(びみょう)なラインだった。でも会いたい。三日も(りつ)に会えないなんて困る。


「テストかー」


 (りつ)が声を低くしながら、ごそごそ体勢を変えていく。最終的に蒼乃(あおの)(あし)の間に収まった。蒼乃(あおの)遠慮(えんりょ)なく後ろから抱き締めることにした。


「確かにテスト前だと遠出するの罪悪感(ざいあくかん)あるよね……」


 蒼乃(あおの)にとってそのくらいの罪悪感(ざいあくかん)は大したものでなかったが、(りつ)が気にしそうだったので「そうね」と答えておく。


「ちょびっとだけお出かけしよ。カラオケかボウリングとか」


 カラオケ、閉鎖的(へいさてき)な空間で(りつ)と二人だけなんて何もしないでいられる自信が蒼乃(あおの)にはない。


「でもやっぱり勉強した方がいいか……」


 八重樫(やえがし)から特別課題を出されたことをまだ気にしているらしかった。


「それなら図書館かどこかのカフェで一緒に勉強しましょ。ボウリングとかはいつでも行けるし」


 どうせなら美味しいものが食べられるカフェがいいと話の方向性が決まる。場所も今日蒼乃(あおの)が乗り換えで使った駅周辺。長く居座っても文句の言われないところを選ぶ。


「ねぇ、(あお)ちゃん」


 スマホのカレンダーにデートを登録しながら、(りつ)が言う。何かを思い出したらしかった。


「その日さ、少し買い物も付き合ってもらっていい?」

「もちろんいいけど。何を買うの?」

「お姉ちゃんの誕生日プレゼント。今カレンダーを見て思い出したの」


 シスコンである律の姉は、蒼乃(あおの)にとって恋敵(こいがたき)にも等しい存在であったが(りつ)のお願いを断る理由にはならない。


「去年、お姉ちゃんの誕生日忘れててさ。いや、忘れてた私が悪いんだけど……めちゃくちゃ泣かれて。……お姉ちゃんも受験で精神病んでたんだろうけど、すごい泣かれたの。こっちがトラウマになるレベル」


 そこまで妹を可愛がれる気持ちが、同じ姉の立場である蒼乃(あおの)には分からない。可愛くないとは思わないが、プレゼントを贈り合う仲ではない。


「今年もさ、彼氏いるのに誕生日の夜はうちで過ごすんだって。テスト前なのに勘弁(かんべん)してほしいよ」


 (りつ)の頭部がぐりぐりと蒼乃(あおの)(あご)に押される。いい匂いが漂ってくる。さらさらの(かみ)がくすぐったい。


(あお)ちゃんは妹の誕生日に何かあげてるの?」

「いいえ。うちは特にそういうのしないわね」

「そっかー」

「ちなみに(りつ)は誕生日にお姉さんから何をもらったの?」


 (りつ)の誕生日は五月だ。五月三日。

 蒼乃(あおの)(りつ)がまたここまで仲良くなる前のことなので、プレゼントをあげられていない。


「えっとね、(くつ)を買ってもらったよ。一緒に買いに行ったの」

(りつ)


 今日何度目だろう、彼女の名前を呼ぶのは。


「来年の五月三日。私とデートってカレンダーに登録しておいて」


 (りつ)を抱き締める力を強める。

 彼女はすぐにカレンダーに登録して、スマホの画面を見せてくれた。


「……ごめんなさい。私って重いわよね」

「そんなことないよ。普通に一緒に出かけると思ってたし。あ、クリスマスはどうする? もう冬休みは入ってるよね」

「デートしたい」

「じゃあ予定ちゃんと入れとくね。ほら」


 そのカレンダー全てを蒼乃(あおの)の名前で埋めてしまいたかった。


「クリスマスにデートするためには、律が赤点を回避しないといけないわね」

「やめてよ。縁起(えんぎ)でもない……」


 期末テストの方が教科数は多くなる。(りつ)には何としても頑張ってもらいたい。


「そうそう、おすすめデート先をまとめた動画をこの前見つけたの。一緒に観よう」


 十月だというのに冷房の効いた部屋で、密着しながら一つの画面を観る。


 控えめに言って、幸せで死にそうだった。

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