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アイザワ夫婦は全校生徒から祝福されている  作者: 妖精卿
アイザワ夫婦の体育祭一年目
15/57

015 -Aono-

 体育祭の打ち上げ会場はカラオケだった。人数が人数なのでパーティールームである。


 蒼乃(あおの)(りつ)を引き連れて、(はし)の方の席に座った。あまりカラオケに来たことはない。(りつ)(はるか)日向(ひなた)との四人で遊ぶ時くらいしかない。歌が苦手なわけではないけど、人前でわざわざ歌いたくはなかった。


 だから、今日は宣言通り(りつ)の見張り役に(てっ)するつもりだった。二人の交際に祝福ムードなクラスではあるが、(りつ)に思いを寄せていた生徒がいることを蒼乃(あおの)は知っている。


(あお)ちゃんは何飲む?」

烏龍茶(うーろんちゃ)で」


 もはやメニューを見ていなかった。

 飲み物と誰かが適当に頼んだと思われる揚げ物ばかりの皿が並べられていく。


「おっと、間に合った〜」


 一度家に自転車を置いてきた(はるか)(すべ)り込みで入ってきて、(りつ)(となり)に座った。男子が来るよりはずっといい。


「みんな、体育祭お疲れ様!」


 初めにマイクに声を通したのは、一年五組のクラス委員長である宇井寛介(ういかんすけ)だった。百八十センチを超す長身で、言わずもがなバスケ部である。


 委員長の短い挨拶(あいさつ)が終わり、騒ぎたいグループの男子たちが曲を入れていく。


(あお)ちゃん、あのね」


 (りつ)が耳打ちしてくる。歌声で聞きづらいからそうしているのだろうけれど、蒼乃(あおの)にはクリティカルヒットだった。


「メニューにハンバーグなかった! こんなに揚げ物はたくさんあるのに」


 色眼鏡(いろめがけ)で見て可愛かった。そして、ふと思った。ハンバーグと蒼乃(あおの)のどっちが好きなのだろうと。今は聞かないことにした。


(あお)ちゃんも食べなよ」


 (りつ)がケチャップをつけたポテトを蒼乃(あおの)の口に持ってくる。「ありがと」と言って口にポテトを含んだ時、カメラのシャッター音が鳴った。


(はるか)、あなたね」

「いいじゃん、思い出はたくさん残そうよ」

「ちゃんとあとで送ってちょうだい」

「はいはい、グループに送っておくよ」


 蒼乃(あおの)はテーブルにあったたこ焼きを一つ手に取った。運んでこられたばかりだというのに冷めていた。


 (はるか)のもとにデンモクが流れてきた。(はるか)は慣れた手つきで曲を選択する。続いてデンモクは(りつ)の手に渡った。


「どれにする?」


 (りつ)が画面を見せてくる。


「一緒に歌う?」

「私はいいわよ。あまり曲も知らないし」

(あお)ちゃんの知ってる曲でいいよ。ドラマの曲とかなら知ってるかな。これとかどう?」


 蒼乃(あおの)も知っている曲だった。おそらく前回カラオケに行った時、蒼乃(あおの)が歌った曲だと思う。


「あ、でも嫌なら無理しなくていいよ」


 少しだけ蒼乃(あおの)は考えた。歌いたくはない。しかし、彼女のお誘いである。断りたくはなかった。


「一回だけなら……」


 そもそもこの人数だ。一人一回歌えれば十分である。


「ありがとう、(あお)ちゃん」


 無邪気(むじゃき)な笑みを見れば、人前で歌うくらいどうってことない。


日向(ひなた)から写真きたよ」


 (はるか)がスマホをちらつかせる。体育祭の写真のアルバムができているようだ。クラスメイトの歌声を聴いているだけでは暇なので、蒼乃(あおの)のスマホで(りつ)とアルバムを(なが)める。


 あまり体育祭に乗り気ではなかった日向(ひなた)だが、写真は誰よりも撮っているようだ。


「走ってる(あお)ちゃんかっこいいね。あんなに(あお)ちゃんが足速いなんて知らなかったよ」


 ふと、ご褒美(ほうび)のことを(りつ)は覚えているのかなと考える。


(りつ)

「ん、何?」

「……いいえ、なんでもないわ。足はね、昔から速かったの。徒競走はいつも一位だったわ」


 リレーの選手としても毎年選ばれていた。


「それなら陸上部からスカウトきたんじゃないの?」

「まぁね」


 足の速さだけではなく、タッパもある蒼乃(あおの)。バスケ部からも勧誘(かんゆう)があった。ここだけの話、(はるか)からもたびたび冗談(じょうだん)半分の勧誘(かんゆう)を受けている。


(あお)ちゃんって中学も帰宅部だったの?」


 思い返せば、中学の部活について話したことはなかったかもしれない。蒼乃(あおの)(りつ)が何部だったか知らない。


「中学時代は剣道をやっていたわ」

「えー! すごい! かっこいい! 何で高校では入らなかったの?」

「だって防具が臭いんだもの……。一度入ったからには三年間続けたけど、剣道はもういいかな。やれるなら弓道も(あこが)れたけど……学校を選ぶじゃない」

「でも着物姿の(あお)ちゃん、絶対素敵だろうな〜」

「着物なら夏に浴衣を着たじゃない」


 (りつ)のうなじは破壊的だったと言っておこう。


「着物は着物でも浴衣と弓道着は違うでしょ。弓道着の(あお)ちゃんはかっこよくて、浴衣の(あお)ちゃんは可愛い」

「もう。浴衣しか見たことないくせに」


 そう言う蒼乃(あおの)も弓道着姿の(りつ)を想像する。場の雰囲気で凛々(りり)しくはなるだろうけど、やっぱり可愛い。


「あのね、私もロック画面変えたの」


 おそるおそると(りつ)がスマホを取り出して、電源ボタンに触れた。そこに映っていたのは、いつ撮られたかも分からない蒼乃(あおの)の横顔だった。


「何これ。隠し撮り?」

「文化祭の準備中に撮ったやつだよ」

「いや、でも隠し撮りでしょう」

「いーじゃん。こんなに綺麗に撮れたんだから」

「それなら私もロック画面変えようかしら」


 蒼乃(あおの)は秘密のアルバムを開いて、内一枚の写真をロック画面に設定し、(りつ)に見せた。


「それこそ隠し撮りじゃん!!」


 (りつ)が昼休みに寝ていた時のものである。何の夢を見ているのか、幸せそうな寝顔をしている。


「やだやだ! めちゃくちゃ恥ずかしい、それ」

「当分は変えません」


 思わずスマホ画面にキスをしたくなる。これが自室で一人ならキスしてる。


「また二人でいちゃいちゃして〜。何の話してるの?」


 別のクラスメイトと話していた(はるか)が戻ってきて話に加わる。


「スマホのロック画面の話だよ。はるちゃんは何にしてる?」

「あたし? あたしはねー、味噌汁(みそしる)だよ」


 蒼乃(あおの)はお(わん)に入った茶色い汁を思い浮かべる。具は豆腐とわかめだ。


「ほら、可愛いでしょ」


 見せられたスマホ画面には、茶トラの猫がいた。


「あたしとりっちゃんの家の近くに出没する猫ちゃんでね、みんなで味噌汁(みそしる)って名前つけたの」


 随分(ずいぶん)と変わったネーミングセンスだと思った。でも言われてみれば、確かに味噌汁(みそしる)模様に見えてくる。


「可愛いんだよ〜味噌汁(みそしる)。おやつあげる時だけスリスリしてくれるの」

「でもみんながみんなしてご飯とかおやつあげるから、最近丸々してきちゃったんだよね」


 いいな、と思った。猫がではない。(りつ)と猫を可愛がるというシチュエーションがだ。蒼乃(あおの)はあまり動物に興味はないが、猫を可愛がっている(りつ)は絶対に可愛い。


蒼乃(あおの)


 (りつ)(また)いで(はるか)のスマホが蒼乃(あおの)に渡される。『味噌汁(みそしる)』と名付けられた写真フォルダ。一覧を見た瞬間に分かる。猫と一緒に(りつ)が写っている。


 自由に見てよさそうだったので、蒼乃(あおの)は一枚ずつ写真をスライドしていく。本当に自分の彼女は可愛い。


 しかし、何枚もスライドしていくうちに疑念(ぎねん)が浮上してくる。時たま(りつ)と写っている見知らぬ少女は(だれ)だろう。こげ茶のミディアムヘアの女子高生。制服は(となり)の学校の私立英鈴(えいりん)高等学校のものだ。


(りつ)、これって……どなた?」


 あまり重たい女にはなりたくないと思いつつ、やっぱり気になったので聞いてみた。


「あー(あや)先輩だよ。私とはるちゃんの中学時代の先輩。家が近いからたまに会うんだよね」


 (りつ)の周りの人間の情報は、きっちり頭に入れる蒼乃(あおの)。もし会うことがあれば、きちんと挨拶(あいさつ)をしようと決める。


 (はるか)から「そろそろスマホ返して」と言われるまで(りつ)の写真を堪能(たんのう)した。あとでこっそり何枚か送ってもらうようにお願いしてみよう。


 カラオケの順番がどんどん回ってきて、ついに(はるか)から(りつ)にマイクが渡る。もう一本のマイクがどこにあるか分からなかったので、蒼乃(あおの)(りつ)一人に歌ってもらおうと着席したままでいたが、腕を引かれて立ち上がった。


「一緒に歌うって言ったでしょ、(あお)ちゃん」


 曲が始まって(りつ)が歌い始める。再び腕を引かれ、マイクを傾けられる。拍手が起きた。二本目のマイクを持っているだろう人物も空気を読んだのか、追加のマイクは回ってこなかった。


 自分が歌うことよりも、(りつ)の歌声を聴くことを優先したのでデュエットとしては聴き苦しいものになってしまったかもしれない。蒼乃(あおの)としては評価の低い歌唱だったが、歌い終わった時は拍手喝采(かっさい)の嵐だった。


 ほとんどが未だに文化祭の熱にまだ浮かされているだけだと思うが、盛り上がるのは蒼乃(あおの)にとっては好都合だった。公開告白を選んだのも、押しに弱い(りつ)を押すためだ。


「アイザワさんはアイザワさんのどこが好きなんですか?」


 曲を一時停止にしてまで、誰かが叫んだ。するとまた誰かが「両方ともアイザワだろ」と言った。


「では、難しい方のアイザワさん!」

「私ですか」


 拍手が()くので答えないという逃げ道はなさそうだった。それと体面というものもあるので、「顔」と正直に答えるのも(はばか)られた。


「いつも私を幸せにしてくれるところかしら」


 (りつ)に聞かれた時とは違う回答にした。(りつ)の頬がほんのり赤くなる。


「続いて、簡単な方のアイザワさん!」


 (りつ)が「簡単って言わないで」とお決まりの返答をしてから、「えー」と小さく(うな)った。蒼乃(あおの)もドキドキしながら彼女の言葉を待つ。


「好きじゃないところがない、かな」


 場が盛り上がる中、蒼乃(あおの)のテンションも上昇する。表には出さないけど、とても嬉しい言葉だった。


「えへへ、照れくさいね」


 照れる彼女が世界で一番可愛くて好き。



  ◆  ◆  ◆



 蒼乃(あおの)とは違うグループの女子が、公開告白を受け、盛大(せいだい)に振ってからしばらくしたところ。


「ちょっとトイレ」


 と言って、(りつ)が席を立つ。蒼乃(あおの)も帰る前には行きたいと思っていたので、「私も」と一緒に席を立った。


 カラオケのトイレとは小さいものなので、(りつ)蒼乃(あおの)の順で入る。部屋も遠くないので先に戻っているかと思ったが、(りつ)律儀(りちぎ)に廊下で待っていてくれた。


「先に戻ってくれてよかったのに」

「ちょっと騒がしいの疲れちゃったから」

「それなら……」


 蒼乃(あおの)は確かあったはずと、(りつ)を連れて外階段に出た。ここまではさすがに喧騒(けんそう)は届いていない。


「今日は疲れたわね。さすがに筋肉痛きそうだわ」

「蒼ちゃん速かったもんねー」


 ご褒美のために頑張っただけだ。クラスのために走ったのではない。


「あ、(あお)ちゃんっ!」


 少し焦った声が蒼乃(あおの)を呼ぶ。


「あの……ちょっと恥ずかしいから、……目(つぶ)ってくれる?」


 いろいろ考えたいことはあったが、蒼乃(あおの)は気持ちを無にして目を閉じる。輝いていた世界が真っ暗になった。


 ふわっと(りつ)の香りがして、左頬(ひだりほお)に柔らかい感触があたった。


 合図はなかったけど、(りつ)が至近距離から(はな)れた気配がして蒼乃(あおこ)は目を開けた。そこには耳まで真っ赤にして、おもむろに(かみ)をもじもじと触っている(りつ)がいた。


「改めて一番おめでとう。……その、(あお)ちゃんすごくかっこよかったよ」

「ありがとう」


 誰もいないのをいいことに、蒼乃(あおの)は可愛い彼女を抱き締めた。暑苦しい夜でも気にしない。


(りつ)、このまま二人で抜け出さない?」


 ナンパ男みたいな台詞(せりふ)が出てきた。


「荷物が部屋の中だよ」


 そして、真っ当な理由で断られてしまった。


「でも、もう少しこのままがいいかも」


 (りつ)の腕が蒼乃(あおの)の背中に回される。二人は(はるか)が探しにくるまでそこにいた。

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