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アイザワ夫婦は全校生徒から祝福されている  作者: 妖精卿
アイザワ夫婦の体育祭一年目
11/24

011 -Aono-

 体育祭の最初の種目は一年生からだった。パン食い競争である。一番経費がかかっているかもしれない。


 蒼乃(あおの)の横で(りつ)が「いいなぁ」と(つぶや)いた。朝ご飯を食べていないのかもしれない。


「お腹空いてるの?」

「空いてはいるけど……。なんか参加しただけでパンがもらえるのってなんかズルくない?」

「……それはそうね。私たちは何ももらえないものね」


 冷静に考えると(りつ)の言う通りだった。かと言って、男子から(うば)いやしないけれど。


(りつ)、そろそろわたしたちの番ですよ。集合場所へ行きましょう」

「うん。今行くー」


 (りつ)日向(ひなた)が立ち上がる。(りつ)は競技に参加しない蒼乃(あおの)(はるか)に手を振った。蒼乃(あおの)もきちんと(りつ)に振り返した。「頑張ってね」と声援も()えて。


「良かったですなぁ」


 (となり)に座る(はるか)が、パンを(くわ)える男子たちを見ながら(つぶや)く。


「何が?」

「何がって、ちゃんとりっちゃんと付き合えたようで。デートも上手くいったんでしょう。どうだった、ホラー映画」

「すっごく可愛かった……」

惚気(のろけ)かな。まぁ、いいんだけどさ。あれだよ、りっちゃんを泣かせたりしたら許さないからね」


 ホラー映画を観て少し泣いていたような気がしたが、蒼乃(あおの)は言わないでおくことにした。


「幼馴染みマウントとは卑怯(ひきょう)ね」

「小中高と全部同じクラスですから!」

「ズルい……」


 パンとは比べ物にならないズルさ。しかもこの娘、(りつ)と家も近いという。蒼乃(あおの)だって(りつ)と登下校を共にしてみたい。


「死んだら次は(りつ)幼馴染(おさななじみ)として生まれ変わる……」

「どう考えても恋人の方がよくない? あ、障害物競走始まったよ」


 障害物競走の障害は全てで三つ。一つ目は平均台。二つ目は網潜(つなもぐ)り。三つ目は借り物。どう考えてもパン食い競争の方がお得である。


 (りつ)の出番は後半であったので、蒼乃(あおの)は特に応援をするわけでもなくぼーっと知らない女子たちが走るのを(なが)めていた。蒼乃(あおの)は別に女の子だから(りつ)を選んだのではない。だから女子高生が走る姿を見ても興奮などしない。


「もうすぐりっちゃんだよ」


 肩を()かれた。スタートラインの方へ目線をやる。いまいち気合の足りなそうな(りつ)がいた。


 平均台は勢いで()け抜けていた。最後の方は落ちそうでひやっとしたが、無事渡り終えてくれた。網潜(つなもぐ)りも比較的問題なさそうだったが、手や(ひざ)が汚れてしまっている。


 最後の関門である借り物だが、くじを引いた(りつ)の動きは止まっていた。難しいものを引いてしまったのだろうか。と言っても用意できないようなものがくじに含まれているとは思えない。


「どうしたんだろうね、りっちゃん」

「さぁ」


 蒼乃(あおの)(はるか)が心配そうに見ていると、何か()ん切りがついたらしい(りつ)がこちらに走ってきた。


(あお)ちゃん!」


 グラウンドから呼ばれた。もしかして『恋人』とか引いた? いや、恋人がいない人もいるんだからお題として成立しない。『友人』とかを引いたのかと蒼乃(あおの)は想像しながら、(りつ)のもとへ走り寄った。


「何を引いたの?」

「それは後にして、いいからゴールに行こ」


 (りつ)蒼乃(あおの)の手を引いた。足は蒼乃(あおの)の方が速いはずだが、引かれる形になった。


 ゴールテープはなかったし、後ろから次の組も走ってきていたからいまいち順序は分からない。点数に貢献(こうけん)はしていないだろう。


「あ、ごめん! 汚れた手で触っちゃった」

「いいわよ、このくらい。手、洗いに行きましょう」


 校庭の(はじ)にある水道まで並んで歩く。


「そういえばくじは何を引いたの?」

「えっ。それは……」


 なぜか言い(よど)(りつ)蒼乃(あおの)はスリのごとく(りつ)の短パンのポケットに手を突っ込んだ。中からくじの紙切れを取り出し、(りつ)(うば)い返される前に開いた。お題は『好きな人』だった。(はるか)ではなく蒼乃(あおの)を選んだということは、喜んでいいのだろうか。


 くじの紙を(りつ)に返し、なんとなく気まずいような、しかし居心地が悪いわけではない空気の中で手を洗った。


(りつ)(ひざ)も洗わないと」

「ほんとだ。長ジャージじゃなくてよかった〜」


 (りつ)(ひざ)についた砂を洗い流していく。細身の蒼乃(あおの)から見ても細い(あし)だった。


(りつ)


 再び彼女の名前を呼ぶ。砂を流し終えた(りつ)に思い切って聞くことにした。


「その、『好きな人』ってどういう意味で選んだの?」


 心臓が波打つのが分かる。走った後よりもきっと鼓動(こどう)が大きい。


「それはもちろん……恋人として、かな」


 蒼乃(あおの)は思わず(りつ)を抱き締めていた。体育祭は始まったばかりなのに、ものすごい達成感に包まれている。


(あお)ちゃん! ここ、普通に人から見えるっ!」

「あら、ごめんなさい」


 さすがに手を(つな)ぐのとは違うかと思い、蒼乃(あおの)(りつ)から(はな)れた。


「でも嬉しいわ。……私ばかり浮かれてるのかと思っていたから……」

「私だって浮かれてるよ。(だれ)かと付き合うなんて初めてだし……」


 初めてという言葉を反芻(はんすう)する。これから(りつ)の初めては全部蒼乃(あおの)がもらいたい。


「ほら、(あお)ちゃん。そろそろ戻らないと怒られちゃう」

「走ると転ぶよ、(りつ)


 体育祭なのに、なんて注意をしているんだろう。

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