011 -Aono-
体育祭の最初の種目は一年生からだった。パン食い競争である。一番経費がかかっているかもしれない。
蒼乃の横で律が「いいなぁ」と呟いた。朝ご飯を食べていないのかもしれない。
「お腹空いてるの?」
「空いてはいるけど……。なんか参加しただけでパンがもらえるのってなんかズルくない?」
「……それはそうね。私たちは何ももらえないものね」
冷静に考えると律の言う通りだった。かと言って、男子から奪いやしないけれど。
「律、そろそろわたしたちの番ですよ。集合場所へ行きましょう」
「うん。今行くー」
律と日向が立ち上がる。律は競技に参加しない蒼乃と遥に手を振った。蒼乃もきちんと律に振り返した。「頑張ってね」と声援も添えて。
「良かったですなぁ」
隣に座る遥が、パンを咥える男子たちを見ながら呟く。
「何が?」
「何がって、ちゃんとりっちゃんと付き合えたようで。デートも上手くいったんでしょう。どうだった、ホラー映画」
「すっごく可愛かった……」
「惚気かな。まぁ、いいんだけどさ。あれだよ、りっちゃんを泣かせたりしたら許さないからね」
ホラー映画を観て少し泣いていたような気がしたが、蒼乃は言わないでおくことにした。
「幼馴染みマウントとは卑怯ね」
「小中高と全部同じクラスですから!」
「ズルい……」
パンとは比べ物にならないズルさ。しかもこの娘、律と家も近いという。蒼乃だって律と登下校を共にしてみたい。
「死んだら次は律の幼馴染として生まれ変わる……」
「どう考えても恋人の方がよくない? あ、障害物競走始まったよ」
障害物競走の障害は全てで三つ。一つ目は平均台。二つ目は網潜り。三つ目は借り物。どう考えてもパン食い競争の方がお得である。
律の出番は後半であったので、蒼乃は特に応援をするわけでもなくぼーっと知らない女子たちが走るのを眺めていた。蒼乃は別に女の子だから律を選んだのではない。だから女子高生が走る姿を見ても興奮などしない。
「もうすぐりっちゃんだよ」
肩を突かれた。スタートラインの方へ目線をやる。いまいち気合の足りなそうな律がいた。
平均台は勢いで駆け抜けていた。最後の方は落ちそうでひやっとしたが、無事渡り終えてくれた。網潜りも比較的問題なさそうだったが、手や膝が汚れてしまっている。
最後の関門である借り物だが、くじを引いた律の動きは止まっていた。難しいものを引いてしまったのだろうか。と言っても用意できないようなものがくじに含まれているとは思えない。
「どうしたんだろうね、りっちゃん」
「さぁ」
蒼乃と遥が心配そうに見ていると、何か踏ん切りがついたらしい律がこちらに走ってきた。
「蒼ちゃん!」
グラウンドから呼ばれた。もしかして『恋人』とか引いた? いや、恋人がいない人もいるんだからお題として成立しない。『友人』とかを引いたのかと蒼乃は想像しながら、律のもとへ走り寄った。
「何を引いたの?」
「それは後にして、いいからゴールに行こ」
律が蒼乃の手を引いた。足は蒼乃の方が速いはずだが、引かれる形になった。
ゴールテープはなかったし、後ろから次の組も走ってきていたからいまいち順序は分からない。点数に貢献はしていないだろう。
「あ、ごめん! 汚れた手で触っちゃった」
「いいわよ、このくらい。手、洗いに行きましょう」
校庭の端にある水道まで並んで歩く。
「そういえばくじは何を引いたの?」
「えっ。それは……」
なぜか言い淀む律。蒼乃はスリのごとく律の短パンのポケットに手を突っ込んだ。中からくじの紙切れを取り出し、律に奪い返される前に開いた。お題は『好きな人』だった。遥ではなく蒼乃を選んだということは、喜んでいいのだろうか。
くじの紙を律に返し、なんとなく気まずいような、しかし居心地が悪いわけではない空気の中で手を洗った。
「律。膝も洗わないと」
「ほんとだ。長ジャージじゃなくてよかった〜」
律は膝についた砂を洗い流していく。細身の蒼乃から見ても細い脚だった。
「律」
再び彼女の名前を呼ぶ。砂を流し終えた律に思い切って聞くことにした。
「その、『好きな人』ってどういう意味で選んだの?」
心臓が波打つのが分かる。走った後よりもきっと鼓動が大きい。
「それはもちろん……恋人として、かな」
蒼乃は思わず律を抱き締めていた。体育祭は始まったばかりなのに、ものすごい達成感に包まれている。
「蒼ちゃん! ここ、普通に人から見えるっ!」
「あら、ごめんなさい」
さすがに手を繋ぐのとは違うかと思い、蒼乃は律から離れた。
「でも嬉しいわ。……私ばかり浮かれてるのかと思っていたから……」
「私だって浮かれてるよ。誰かと付き合うなんて初めてだし……」
初めてという言葉を反芻する。これから律の初めては全部蒼乃がもらいたい。
「ほら、蒼ちゃん。そろそろ戻らないと怒られちゃう」
「走ると転ぶよ、律」
体育祭なのに、なんて注意をしているんだろう。




