第四十七話 準備時間
「昨日はすまん」朝一番にブレイクは謝ってきた。別に謝ることの程でもないとは思うんだが。料理は美味かったし、警戒をしようとしてくれていた。
「今日は頼むぜ?」肩を叩いて今日の調子はどうか聞く。俺たちの柱はブレイクだからな。腐ったら崩壊しちまう。
「任せてくれ」蒼い髪を揺らしながら笑うと、キャンプ地の後始末を始めた。朝食は必要ない。俺たちは夜の間に昨日の残りを食ったから。ブレイクの口元に食べかすが微かに付着しているからあいつも食べたのだろう。
各々が自分が使った物を魔法空間にしまい込んでいく。俺の役割は誰がどの荷物をどのくらい持っているのかを把握すること。そしてなるべく痕跡を残さないということだ。人がいた痕跡を残すと後続が安全だと勘違いしてしまう。
「これで全部か?」皆に確認を取る。
「あぁ」「うん」「そうだな」俺の呼びかけに反応して首を縦に振ってくれる。
「じゃあ行くか」いつもの様に先頭に立ち、索敵スキルを発動させながら道を歩いて行く。歩きじゃ時間が掛かるが仕方ない。移動系のスキルを拾っていないし。
談笑をしながら前に進んでいく。舗装されていない道を油断しながら歩くのはどうかと思うが、抵抗者であるブラックナイトに超絶アタッカーのブレイクに小回りの利くアミスがいる。ここじゃオーバー火力にもほどがある。
「それで俺が指名手配された時さ~」地図を見ながら道を考えているときに面白そうな話をするのは勘弁してほしい。俺も混ざりたいからな。
「会話もいいが、目の前からモンスターが来るぞ」話の途中で申し訳ないが、モンスターは俺たちの事情なんて知らない。
「了解。数は?」先程までは笑っていたブレイクが真剣な顔に変わる。この切り替えの早さがこいつの凄いところだ。俺では到底真似できない。
「数は七十二。種類はバラバラ。大きさは俺たちと同等。ゴブリンの群れだろうな」頭の中に流れ込んでくる情報を整理して伝える。
「さらに右斜め後ろからもう一つの群れがこっちに向かってきている。こっちはリザードマンだろう、数は半分」反応の強弱で細かく分けていく。盗賊じゃないからはっきりと分からないんだよな。
「オッケー。久々にかますぜ」彼は大剣を魔法空間から取り出して颯爽と戦場になるであろう衝突地点に走り始めた。
「私も、行く」アミスはブレイクを追うように走っていった。クロはメイスを構え、魔方陣を構築し始める。二手に分かれるのはいい判断だ。
「向こうは二人に任せよう」俺はクロの補助だな。そしたらこの瓶と意志が有効だな。地面に金属を叩きつける。
ぶわぁ!と音を立てて煙が立ち上る。間髪入れずに瓶の中身をぶちまける。これでリザードマンの視界を奪える。
「今回は視界を奪わないのだな」クロは感心したように頷き、煙の中から敵に狙いを定める。
「一方通行の小瓶さ」得意げに俺は手をひらひらさせる。褒められるのは悪くない。
「なら私も少し本気を出すか」メイスが紫色に光ると地面に転がっていた石が浮き上がる。そして大小様々な石たちが回転を始め鋭利に尖り始める。
繊細な魔力操作だ。感心しながら見ていると、「クレイジーロック!」閃光が走った。
「っ!」次の瞬間にはリザードマンたちの体には石が突き刺さり、息の根を絶やしていた。
「私も中々の腕だろう?」流石は抵抗者だ。硬い装甲を持つリザードマンを瞬殺。それも斬撃ではなく純粋な貫通力だけで。
「そうだな」死体を回収しながらブレイク達の位置を確認する。あの二人なら手こずることもないだろう。
「休憩しようぜ?」マーキングも付けたし、見失うこともない。ためにはサボってもいいだろう。
「お前は,,,いや、なんでもない、飲み物は?」クロは何かを言いかけて止め、飲み物を要求してきた。
「好きなのでいいぜ?」魔法空間に手を入れてなんでも出せるようにする。あの二人には悪いが休憩させてもらうぜ。
~ブレイク視点~
「アミス!どこ狙ってんだぁ!??」現在ゴブリンとの戦闘中。アミスが俺のことをずっと狙ってきている。原因は昨日の夜のことだろう。警戒をしないで寝たからだ。そのせいで寝る時間が減って肌の調子が悪くなって怒っているのだろう。
「ブレイクの、頭」淡々と教えてくれる彼女の言葉には明らかな殺意が籠っている。目の前にいるゴブリンに目もくれないで。
「あとでなんでもすっから今はモンスターを狩れ!」アミスの攻撃を捌きながらモンスターに攻撃するのは非常に難しい。というか無理だ。とてつもない速さでの突きにフェイント。しっかり見ていないとダメージを負う。
「その言葉、守る?」攻撃の手が少しだけ緩んだ。この先のことが怖いが今が大事だ。
「守る守る!だから今はゴブリンに集中しろ!」俺の言葉を聞くとアミスは俺に攻撃するのを止めてゴブリンに矛先を向けた。
「展開」アミスの体が赤い稲妻に包まれる。この姿になったアミスはとんでもない速度で攻撃していく。最近はパッシブで傷が癒えるようになったらしい。もうバーサーカーじゃん。そろそろ俺たちの手に余る存在になるって。あの頃の可愛い天使ちゃんはどこに行ったの?
「ブレイク、キング」目線の先には一際大きな体を持つゴブリンがいた。群れの率いるボス、キングゴブリンだ。
「任せとけ」蒼を纏い加速する。まぁ、俺も成長しているからいつまでも可愛い存在なんだけどな。
「悪いが俺たちの勝ちだぜ?」醜悪な見た目をしているゴブリンたちの頭上を飛び越してキングに駆ける。統率者が消えれば連携ができなくなって崩壊する。
「ぐぼおおぉぉ!!」俺の狙いに気が付いたキングは手に持った棍棒を振り回し、これ以上の接近は許さないという姿勢を見せた。
「頭のキレる奴は嫌いなんだよ」蒼をレーザー上にして放出させ脳天を貫く。最近はこういう使い方をしていなかったから威力が落ちている。
「やっぱりな」貫いたものの再生スキルで傷口が塞がり始めている。目玉は視覚を広げるために複数になり、情報を処理するために頭が二つになった。これだからゴブリンは嫌いなんだよ。
「ぎゃあぁああ!!」キングは金切り声を上げ棍棒を大地に振り下ろした。地面が抉れ、土砂が体中にぶつかる。目くらましに攻撃か。さっきより性能がうんと上がっているな。
「だが、俺の勝ちだ」魔法空間にしまっていた剣たちをゴブリンの頭上に落とす。座標の設定がうまくいっていないから当たるかどうかは分からない。外したら接近して殺す。当たればそのままアミスの方に行く。
「があっあぁああ!!」叫び声と剣が地面に突き刺さる音が響き渡る。これは死んだな。でも心配だから攻撃をしておくか。
「自由の咆哮!」剣が多く落下している箇所に向かって攻撃を放つ。ここまですれば生きてはいられないだろう。
「さて、アミスの方は,,,って俺は必要ないな」振り替えるとそこには無数の死体の山の上に天使が立っていた血にまみれた槍を片手に持ち、白い鎧には美しいまだら模様が描かれている。
「ブレイク、強い」浄化魔法をかけながら彼女は近づいてくる。この動きはまだ怒っている,,,!
キィン!カァン!金属同士が激しくぶつかる音が耳を支配する。
「なんでまた攻撃すんだよ!?」
「なんとなく,,,?」純粋な言葉と攻撃が怖い。この少女の道を軌道修正できるのはブランかアクセルしかいない。早く二人に会いたい。俺の命が危ういから。
「なんとなくで攻撃しちゃだめぇぇ!!」普通の槍だったらまだ余裕があるよ。でも展開した時の槍はやばいって。魔剣と同じ魔槍なんだよ!?火力が違うんだって。
ていうかこの子はなんでこんな物騒なものを持ち歩いているの!?こんな風に疑問が浮かぶってことはまだまだ俺はみんなのことを知らないんだな。
「それは、無理」
「何が無理なの!?なんで!?俺何かした!?」したことと言えば本当に警戒をやらなかったことくらいだ。飯も作ったし、テントも自分で張った。下の方じゃないぞ?自分のことは殆ど自分でしたはずだ。
「なんでも、するって、言った」彼女は頬を赤らめながら言った。あれ?これはデレデレルート入ってる?攻撃も少しだけ甘くなったような気がする。
「だから、私の,,,」私の?私のなんだ?気になる!俺めっちゃ気になる。おじさんに早く続きを教えてください!
「実験台に、なって?」彼女はそういって魔槍を二段階展開した。今までに見たことないくらいの雷が大気に放出されている。
「そ、それだけは,,,勘弁!!!」俺の情けない声が世界中に響いたことは言うまでもないだろう。
「やっと着いたな」目の前にあるのは広大な海。そして大きな船が停泊している港町。俺たちが目指していたところだ。
「長かったな」ベータは欠伸をしながら潮風に吹かれている。
「そうだな。お前たちがもっと早く助けてくれれば短かったと思うぞ」あの後俺は三日三晩アミスの攻撃を凌いでいた。どちらかの体力が尽きるまでの勝負になったのは二人が間に入って止めてくれなかったからだ。
「口は災いの元だぞ」口角を上げて笑うこいつはやはり憎めない。
「ブレイク、なんでも、良い、言った」はぁ。アミスもそっちの陣営かよ。クロも絶対に向こう側の方だし、話は聞かない方がいいな。俺のガラスのハートが傷ついちまう。
「何はともあれ世界樹に行くのだろう?」クロは俺の心を読み取ったのか、これ以上話題を掘らないでくれた。始めたのは俺だけどね。
「あぁ。やっと迎えに行ける」水平線の遥か彼方に存在する世界樹のことを想像する。世界を支える大きな木。別名はユグドラシル。死者の魂、そして意識が集まる場所。
「船の手配をしておく。そうだな,,,一ヶ月はかかるだろうからそれまでは自由行動でどうだ?」ベータは持ち前の能力を生かして、素晴らしい提案をしてきた。
「いいな。集合場所は?」
「船着き場でいいだろう。一番大きいのがユグドラ・リーフィン行きだからな」彼はそういうと、雑踏の中に消えていった。
「それじゃ」アミスもそのことを聞くと彼とは真逆の方向に歩みを進めていった。今この場所に残っているのはクロと俺だけだ。
「クロはこの後どうすんだ?」
「私はそうだな,,,適当に生き抜くとするよ」そう言って透明化の魔法を発動させ、姿を消した。どこまでも不思議な奴だ。
「さて、俺はどうするかな」空を見上げてこの後の予定を考える。今の俺に足りないもの。たくさんあるが一番足りないのは,,,
「氷岩の依頼ですね」やはり金だろう。今の俺の手持ちは一万と少し。これじゃ生活なんてしていられない。二つ名を倒して一獲千金を狙うのが冒険者だろう。
「どうぞ」受付嬢から一枚の紙が渡される。紙にはどこに居るのか、どんな特徴なのかが書かれている。
場所はここから数日のとこ。俺の足だと半日もしないでたどり着けるところだ。前は仲間がいたからペースを落としていただけで、全力を出せばすぐだ。
「どれどれ特徴は,,,」名前の通りゴーレムの亜種みたいだな。それも氷属性。大きさは十メートルほどで両腕には氷の塊が纏わりついていて、変幻自在に形態を変えるらしい。後は空気が凍り、動きが鈍くなるということも確認されている。
「さてと、行きますか」魔法空間に紙をしまい込んで町を出る。この町は回付的だから門とか砦とかそういう類のものはない。何かあったとしても全部自分の力不足が招いたことにされる。
それでも治安が維持されているのは有志の自警団がいるからだ。何かあればその自警団を頼れば解決してくれる。しかも無償でだ。この世界じゃ考えられない位の親切さだ。
雑踏を踊るように歩きながら町の外を目指す。ここで蒼なんか使えば自警団を呼ばれてしまう。俺も透明化の魔法を覚えたいものだ。そうすればあんなことやこんなことができるのに。
こんなことを考えている時点で覚えることができないのは明白だな。
「やっと外だな」人ごみを抜けて、森の中に入る。道なんてものはないから自分の地図と依頼書を照らし合わせながら目的地に近づいて行く。
「ここから北に行けばいいのか」蒼を脚に溜めて開放する。この瞬間が一番気持ちがいい。自分の意志で操作できる速さ。これほどまでに爽快なものはないだろう。
目まぐるしく変わる景色に風を切る音。深々とした森の緑に変わらない空の青。地面を蹴るたびに舞い上がる土煙を後方にして翔けていく俺はさながら疾風の様。
走り始めてから数分もしないうちにモンスターと接敵した。索敵スキルは全然ないからこうやって鉢合わせないと分からないんだよな。
「今はお前たちに興味ないんでね」モンスターの頭上を飛び越えて先に進む。氷岩のためにも体力は温存しておかないと。
後ろからオークの咆哮が聞こえるが無視だ無視。あいつら足が遅いし俺に追いつけない。再生スキルを持っていたら長期戦になる。まじで逃げるのが得策だ。
そんなこんなで戦闘を避けて進んでいくこと数時間。辺りの空気が一変した。吐く息は白くなり、草には霜が付いている。氷岩が近い。
「息を潜めるか」あまり上手く使えない潜伏スキルを使い、周囲を見渡す。アクセルが見たら鼻で笑うだろうな。「なんですかそんなお粗末なスキルは」ってな。
自分の鼓動の音が聞こえる。息の音は聞こえない。周りには何も見えない。痕跡は少しだけ。重たいものを引きずった跡が地面にある。これを辿れば氷岩と相対できる。
慎重に近づいて行く。ばれないように。ゆっくりと。今の俺は傷を負うことができない。一ヶ月で治らない傷を負えばユグドラ・リーフィンに行くことができない。こうなるのは仕方ないだろう。
段々空気が冷たくなっている。肌が凍りそうだ。現に俺の服の端が凍り始めている。鎧に触れれば肉が引っ付き剥がせないだろう。
「これほどまでの力か,,,」依頼が出てから数年も討伐されていないのは伊達ではないな。並みの人間じゃ近づくこともままならないだろう。でも俺には金が必要だからな。ビビっている場合じゃない。
しばらく追跡をしていると目の前から音が聞こえた。
ズウゥゥン。ズウゥゥン。重く鈍く、厳かな音が森を空気を揺らしている。目の前には依頼書通りのゴーレムがいた。両腕には剣を模した氷の塊が。口からは凍てつく冷気が放たれている。
「弱点は,,,」顔、腕、胴、足の順番に目線を動かす。どこが脆いのか、どこに攻撃をすれば決定打になるのか。知っているのと知らないのでは雲泥の差だ。
「無いな」どこを見ても弱点になりそうなところが無い。そう確信できるのは関節が無いのと、全身が氷で覆われているからだ。
「真っ向勝負と行くか」魔法空間から愛剣を取り出して接近する。向こうももう俺の存在に気が付いているだろう。
「自由の咆哮!」まずは先制。相手の出方を見よう。
「,,,」氷岩は完全に見切ってなお攻撃を受け止めた。俺の攻撃は歯牙にもかけないと言わんばかりの笑みを浮かべて。
「俺が格下だと思ってんだろ?」地面から大量の剣を召喚する。俺の金が無くなった原因の一つがこれだ。剣を買い過ぎた。でもこれでコスパの悪い攻撃を連打することができる。
「,,,」向こうは丸まって俺の猛攻を凌ごうとしている。だが氷が剥がれ落ち、下にある素の岩があらわになる。
このままいけばすぐに勝てそうだな。だが、なんだろうなこの違和感。冷えた空気がさらに広がっているような,,,
「って上か!!」バックステップで後方に下がる。刹那俺がいたところに氷柱が突き刺さる。こいつ、カウンターしてくんのか。亜種は伊達じゃないな。
「でもお前は動けないぜ?ソード・ジェイル!」体に突き刺さっている剣にエンチャントを付与する。束縛の効果があるものだ。
「,,,」向こうは俺の狙いを今になって気が付いたようだな。経験の差が勝利を掴むのさ。氷岩は諦めたように動くのを止めた。
「甘かったな」~蒼撃~
頭に向かって撃ち込む。冷気と頭を完全に吹き飛ばし、殺すことに成功した。最近はゆるい戦いが多いな。痺れた戦いは黒龍との戦いだけだろう。クロのはノーカウントだ。
「ブランは元気にしてるかな」魔法空間に戦利品をしまい込みながら考える。別れてからもう三年が経つ。彼女の時間は止まったまま。時間が進んでいるのは生きている俺達だけだ。
ここからはダイジェストでお送りするぜ!
氷岩を倒して俺は換金して千万リルを手に入れた。しかしその日のうちに不思議と半分になってしまった。何が原因なのだろうか。考えられることは知らない人たちと飲み食いしたことくらいだ。
まあまあそんなことは置いておいてこの後の話だ。蒼がさらに強化された。パッシブも習得したし、新スキルも手に入れた。これも全て俺の努力のおかげだ。絶え間ない訓練のおかげで俺はこの境地に達することができた。
食べては寝て、食べては寝て,,,って違う!本を読んで自分自身のことを研究して、何が足りないのかを確認してそれを補う。そしてまた出てきた欠陥をまた補う。その繰り返し。
ただそれだけ。それだけのことだが、非常に大事なことだ。積み重ねが最大の武器だ。俺の意志を汲み取ってくれたのか蒼が自分で強くなってくれた。
具体的には魔法との親和性が上がった。前までは反発していたものが少しだけ混じるようになった。風魔法のブラストとかは蒼が付属するようになって殺傷能力が上昇したり、クリエイトウォーターは甘くなった。
新スキルは再生だ。再生は文字通り肉体を修復することができる。ただこれも魔法と同じでスタミナを消費する。自分から発動を意識しなければ発動しないという点もグッドだ。
パッシブだったら常に食べ物を口に入れていないといけないからな。
俺からの報告はこれくらいだな。アミスもベータもあれ以来姿を見せていない。どこに行ったのだろうか。クロは時折俺の前に姿を現しては、助言をしてどこかに去ってしまう。これがバシッと当たるのだから気味が悪い。
こっからは一ヶ月が経った頃の話しな。
「これが俺たちの乗る船か」目の前には巨大な船が停泊していた。人一人がちっぽけに見えるくらいには大きい。
「そうだ。俺たちは一区間貸し切りにしてるから自由だぜ?」そうやらベータはこの一ヶ月間で情報の収集や船の予約などをしていたらしい。
「ベータ、さすが」アミスの鎧には細かいが傷が無数に付いていて、顔にはあざのようなものができている。この一ヶ月で彼女も強くなったのだろう。
「貸し切りか」クロは相も変わらず黒い鎧を着ているが、肩のところから棘のようなものが生えていたり、マントを身に着けていたり、格好が良くなっている。
メイスも新調したのか、魔方陣が所狭しと刻まれていて、中心には魔石が取り付けられている。ここまで来るとメイスというよりは、杖と言った方がいいのかもしれない。
「早速乗りますか」船と港を繋ぐ橋を渡り乗船する。俺たちが貸し切ったのはGフロアだ。正確にはベータが貸し切ってくれたんだけど。どうやったらそこまでのことができるんだか。
「広いな」デッキだけでも小さな村位の広さがある。俺たちが宿泊するのはさらに奥にある巨大な塔のようなところだ。
「世界樹に行くには相応しいだろう」圧倒されている俺を横目に三人はGフロアに足を運び始めていた。なんでこんなのにロマンとか感じないんだ。
「待ってくれよ」感動したいがおいて行かれるのは困る。急いでみんなの後ろを追う。これから一ヶ月ほどの時間をこの上で過ごすことになる。何もなければいいんだけどな,,,
「って何もないのかよ!」自室で叫ぶ。こういうのって前みたいに襲撃とかあってやばい感じになるんじゃないの!?今回の航海は順調すぎるんですけど!?
それもそうか。この船には専用のギルドが建設されているし、世界に名前を轟かせる,,,とまではいかないが、指折りの実力者がこの船を護衛してくれている。
何回か襲撃が有ったようだが、文字通り瞬殺したらしい。この辺りの話は俺が食堂で聞いたことだから本当かどうかわからない。
「変なことが起きるよりはましか」全く揺れない船の中で呟く。前の船旅は死にかけたからな。こんな風にゆっくり過ごすのも悪くない。最近は自分の強化ばかりを考えていた。
脳と体の休憩。成長するには欠かせない物だろう。伸び悩んだ時は自分と向き合うことが最善だということを過去のことから学んだ。
「にしても暇は俺を殺すな」退屈なのも悪くないと思っていたが、持ってきた本は全て読み切ったし、魔法やスキルの使用は原則禁止されている。許可が下りるのは自己防衛が認められるときだけ。
「散歩でもするか」扉に手を掛けて開く。目の前にはどこまでも続く廊下があり、左右には均等に部屋が建設されている。迷子になりやすいから目立つものでも置いてほしいものだ。
「ほら迷子」歩いて数十分も経たないうちに自分がどこに居るのかわからなくなった。覚えている限りでは下に降りてきたということくらいだ。
「下の階層は柄の悪い奴が多いんだよな,,,」理由は簡単で非常事態の時に避難がしにくいからだ。その分値段も安いし、別大陸に亡命を企てようとしている輩が乗っていることもある。
「上に行く階段を探さないと」こんなところに長居できるほど俺は強くない。だってスキルも魔法も禁止されているからな。パッシブは飾り程度だし。
「おいお前」ほら見ろ。すぐに絡まれた。振り返るとそこには厳ついおっさんが立っていた。モヒカン頭に、隻眼。筋骨隆々の体には無数の生傷が付いていて今も現役なのを物語っている。
「なんだ?」舐められたら困るから少し強めの口調で言う。はっきり言ってはったり。本当はマジで怖い。小鹿のように足が震えそうだ。
「上に行くなら向こうだ」指さした方向には階段があった。
「なんで俺が上に行くってわかったんだ?」
「見た目がちげぇだろ。俺らみたいな下の奴はこんな風だからな」おっさんはそういうと服をめくって腹部にできた大きな焼けた傷を見せてきた。
「そうか,,,悪いことを聞いた」頭を下げて謝罪をする。なんで謝ったのかは分からない。ただ俺がそうしなければならない理由が有った気がした。
「気にすんな。そういうのは慣れてるからよ」おっさんは手を振って奥の方に歩いて行ってしまった。
「いい奴だったな」階段を上りながら思い返す。俺だったらいちゃもんなりつけて金を毟り取るだろう。でもあの人はそんなことをしなかった。器のでかい人だ。
「世界は広いな」デッキに出て空を見上げ呟く。周りには人がたくさんいた。亜人や下の階層に泊っている人もここでは同じように振る舞っている。俺みたいなやつは案外少ないのかもしれない。
そんなことを思いながら自室に戻った。あれから一週間ほど経った。航路が荒れているのか到着はあと一ヶ月ほど遅れるそうだ。その話を聞いた俺は少し肩を落とした。愛するブランと会えるのが遅れるからな。
それに自分自身の強化もできないしな。できることはアミスやベータと話すことくらいだ。クロはなんでから知らんけど一緒にこの船を護衛している。あいつは魔法が凄いから魔法使いにでも見抜かれたのだろう。
「話すことも無いな」ベータとひとしきり話し終わって寝っ転がる。このフロアは貸し切りだからいくら騒いでも苦情が来ない。最高だ。
「そうだな」彼は床に菓子を散らばしたりして自分の家のように振る舞っている。
「でも、暇な方がいいんじゃないか?」また菓子の袋を空けた彼は手を拭きながら床にゴミを捨てる。
「言えてるな」俺もその意見には同意だ。慌ただしい日々も悪くはないが、やっぱり落ち着いた日常の方がいい。そこに気の合う仲間に友人とかいれば最高だ。
「一ヶ月間は怠けようぜ?」彼はそういって菓子を袋を開ける。旅をしていて気が付いたがこいつは間食が大好きだ。超が付く程な。なにせ俺の晩御飯を断ってまで食う始末だ。
「俺は暇が嫌いなんだよ」本棚から読み終わった本を取り出す。ほとんど内容を覚えていないから初めて読んだって言っても変わらないだろう。
そんな感じで俺たちは怠けながら世界樹に向かう。こんなにゆっくりとしているのは三年ぶりくらいなんじゃないかな。




