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豚汁で朝ごはん(2)

 永夢は言われるがままに教えられた洗面所へ向かった。


 やはり塵一つないフロアとカビも水垢もないオフホワイトの洗面台、磨き抜かれた鏡にがっくりとする。掃除で完全に負けていた。


 現実でも小説内でもジェンダーフリーが叫ばれ、校正でも差別用語に修正が掛かる時代である。家事は女の仕事だとは言わない。

 

 とはいえ、部屋を訪れる男がいなければ掃除はしない……というよりはできない汚部屋の女は我ながらどうかと思う。女以前に人間失格である気がした。


「いや、気のせいじゃないでしょ……。人間失格でしょ……」


 ブツブツと呟きつつ洗顔を済ませる。


 それから改めて鏡を見ると、お団子がぐしゃぐしゃになっていた。ピンを外しヘアゴムを引き抜く。手ぐしで髪を整え、またお団子を作ろうとしたのだが、途中で面倒くさくなりピンとヘアゴムを洗面台に置いた。朝食後に整えようと思ったのだ。


 永夢の明るい栗色に染めた髪は解くと背の中ほどまである。印象が変わり、多少大人っぽく見えるので、悠人と会う時には下ろすようにしていた。しかし、もう悠人は隣にいない。


「ふーんだ……」


 少々捻くれた心境でキッチンに戻る。東海林の姿がなかったので、リビングダイニングのドアから顔を覗かせてみると、ダイニングテーブルに料理を並べているところだった。


「東海林先生、石鹸とローションとタオル借りました。ありがとうございます」


 永夢の声に顔を上げる。


「ああ、ちょうどいいところに来ました。ご飯はどれくらいの量にしますか?」


 そして、一瞬だが髪を下ろした永夢を目にしてその表情が凍り付いた。薄い唇が永夢の知らぬ名前を呆然と呟く。


「渚……?」


 永夢がはて、渚とは誰だろうと首を傾げていると、東海林は自分が何を口走ったのかに気付いたらしい。すぐに「申し訳ございません」と謝った。


「天野さんの立ち姿が知人の女性に似ておりまして」


「……!」


 すぐにピンときた。


 つまり、恋人の女性と間違えたのだろうと内心頷く。


「ご安心ください! 何も聞かなかったことにします。あ、ご飯の量は普通で」


 今日まで東海林のプライベートについては聞いたことがなかった。本名とペンネームが同じで、前職が警視庁のキャリア組であり、独身であるくらいしか知らない。


 常にクールで落ち着いており、微笑んでばかりのこの人も、一人の男性なのだと驚く。同時に、心のどこかで少々がっかりもしていた。


 なぜそんな心境になるのかを把握する前に、ダイニングテーブルにひとつだけ置かれたグラスが目に入る。牛乳らしき白い液体が並々と注がれていた。


「さあ、座ってください」


 東海林に促されグラスのある側の席に座る。東海林は永夢の分のご飯をよそってくると、その向かいの席に腰を下ろした。もう気を取り直したのか微笑んでいるのだが、心なしかいつもより嬉しそうに見えた。


「一度料理を誰かに味見してもらいたかったんです」


 もし恋人がいるのなら彼女に食べさせているだろう。なら、恐らく渚は恋人ではない。


 一体何者なのかと首を傾げつつ、永夢は食卓に目を落とした。蛸唐草模様の陶器の椀に盛られた炊きたてのご飯と、梅干しと海苔とたくあんの載った白いシンプルな小皿、手触りのよさそうな木の椀に盛られたその料理を目にして思わず「あっ」と声を上げる。


「そう、ゴボウ!」


 あの懐かしい土のような香りはゴボウだったのだ。


 斜め切りにされたゴボウはその料理――具だくさんの豚汁の中にいくつも見え隠れしていた。

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