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side エレナ


「へぇー、僕のキスでも起きないんだ?」


 目の前に眠る美しい金髪の少女を見下ろして、赤毛の少年は眉を上げた。

 すやすやと眠る少女は寝台にいるというのに豪奢なドレスにしっかりと化粧を施されている。

 その少女の頬を撫でて彼は囁いた。


「穏やかな顔で寝ていられるのも今のうちだよ、エレナ」



◇◇◇◇



 はっ!!

 やってしまったわ!!


 ちらりと窓辺を見ると時はすでに夕刻。


「あぁぁーー!!今日はアルフレッドとの面会の日だったのにぃーー!!」

 この日のためにドレスまで久しぶりに新調してもらい、お化粧だって侍女に頼んでいつもより大人っぽくしてもらったんだ。

 なのに、なのに、私ったらちょっとだけ仮眠のつもりで夕方まで寝ちゃうなんてっ!!


「ううう、起こしてくれても良かったのに。アメリア」

「起こしましたよ。わたくしは何度も!もうちょっともうちょっとと寝ぼけながら言って眠り続けたのはお嬢様ではありませんか」


「アルは?ここに来たのかしら?」


「アルフレッド殿下はもちろん定刻通りにきっちり来られましたよ。しばらくお嬢様を起こそうとなさっておられましたが、執務があるからと先程王宮に帰られました」


 ショックすぎる。それでなくともアル、私の幼馴染みであり従兄(いとこ)でもあるこの国の第一王子アルフレッドは幼い頃と違って最近忙しくなかなか会えないのだ。

 昔は毎日のようにアルの住む王宮やうちの屋敷をお互いに行き来して日が沈むまで仲良く庭園で遊んでいたのに。


 でも、なかなか会うことができなくなって私は気付いたことがある。

 アルに会えないと私は胸が苦しい。

 息ができないくらい苦しくなる。

 一日中、おかしなくらいアルのことを考えてしまう。

 これは病気かもしれない。

 お医者様に診てもらいたいと侍女のアメリアに伝えても「むしろ健全な成長で喜ばしいです」と苦笑された。なぜだ。

 結局、私の中のモヤモヤは晴れず、アルに会えないことで酸欠になって悶えては周囲をあせらし、アルのことを考えては衝動にかられ屋敷をうろつき回り侍女に怒られるということが次の面会の日まで続いた。


◇◇


 そして、今日は待ちに待った次の面会の日。

 今日こそはちゃんとおめかしして万全の状態でアルに会わなければ!

 この前は寝顔を見られちゃったのよね。恥ずかしい。よだれ垂れたりしてなかったかしら?

 ブツブツと言いながら、エントランスホールの階段を降りようとすると、階下からお父様の声がする。


「これは、これはアルフレッド王子、いえ、もう王太子殿下でしたね」


 手すりの間から覗くと私のお父様、つまりこの屋敷の主であるエーミル公爵の後ろ姿と金の肩飾りのついた王家の正装に白いマントを身につけた赤毛の少年が見えた。


「アル.....」

 3階から私が声をかけようとしたその時だった。

 信じられない言葉がアルの口から告げられたのだ。


「えぇ、叔父上。そのせいで毎日婚約者選びに父上に呼び出されましてね。なかなかエレナとの時間がとれないのです。ですので、もう僕はこれ以上......」


 そこまでしか聞こえなかった。

 いや、そこまで聞いて私の心が限界だった。

 階段から自室までどうやって戻ったかは覚えていない。気づくと自室の寝台にうつ伏せていた。


「婚約者選びって何?

 もう僕はこれ以上って何?

 王太子になって婚約者選びが始まったから従妹(いとこ)の私とはもう会えないって言うこと?」


 涙がポタポタと流れ落ちてシーツにシミを作っていく。

 コン、コンと部屋をノックする音がして、さっき階段に残してきてしまった侍女のアメリアの声がした。


「お嬢様、アルフレッド様がいらっしゃいました」


 ここで私が返事をしたらアメリアはアルを中に入れてしまうだろう。こんな泣きはらした顔をアルには見せたくないし、自分でもなぜこんなに悲しいのか気持ちがぐちゃぐちゃな今はアルには会いたくなかった。


 よし!ここは寝たふりをするのよ!


「お嬢様?」

「ぐー、ぐー」

「............。」

 我ながら完璧な狸寝入りだわ。


「アルフレッド様どうしましょうか?お嬢様はどうやら寝ていらっしゃるようです」

「ほう。僕の面会時に2度も続けて眠りこけるとはいい度胸だね」


 ぎくっ。


「ぐ、ぐー、ぐー」

「.........。アメリア、君の主人はどうやら爆睡中のようだね。仕方がないから僕は王宮に戻るとするよ」


「申し訳ございません、アルフレッド様。それではこちらの者が玄関までご案内致します。ワタクシはお嬢様のお世話に参りますのでここで失礼致しますね」


「ああ、ありがとう。エレナによろしく伝えてくれ」


 カツカツと規則正しい靴音が遠ざかる。

 その音が聞こえなくなると、ガチャっとドアを開ける音がした。


「アメリア?アルは帰ったかしら?」

 私の泣いてる顔を見るとアメリアが心配をしそうなので、うつ伏せのまま聞いてみる。


「なんで起きてるのに、僕に会わないの?」

「だって、それは......え?」


 聞き覚えのある男性の声に私は思わず顔を上げた。

 あまりのことに瞬きすらできない私の寝台の横にいたのは白いマントを羽織った赤毛の少年だった。


「アル......!!」


「え。なんで?アメリアは?」

「アメリアなら席を外してもらったよ。どういうことか説明してくれる?エレナ」


 ぎしっと寝台が軋む音がして、はっと気付けばアルは寝台に両手をついて私の眼前にその美麗な顔を近づけていた。

 灰色の神秘的な瞳に鋭く見つめられて私はゴクリと息を飲んだ。


「そ、それは...」

「それは?......って、エレナ?泣いてたのか?一体何があった?」


 泣いて真っ赤であるだろう私の目を見てアルの口調が少し和らいだ。

 目の前にいるアルはいつも屋敷に来るときの略式の貴族服ではなく王族が儀式の際に着る正装姿だ。白いマントは次期国王が纏う清廉潔白さを表す国宝の印。

 そんなきっちりした装いでうちに来るなんて、さっきまで婚約者候補と一緒にでもいたのだろうか。


 ......なんだかとても腹が立ってきたわ。

 私にこんな気持ちにさせてるのはアルなのに。


「アルには関係ないでしょ?寝たふりをしていたのもアルに会いたくなかったから......あ...」


 思ったよりもきつい言葉が口をついたことにびっくりして自分の口を塞ぐ。


 恐る恐るアルの顔を覗き見ると、アルはその美しい灰色の目を見開いて私を凝視していた。


「そうか。わかったよ」 


「あ、アル、違うの、これは」


 自分の発言に混乱してうまく釈明できない。

 そして、そんな私をアルは一度も振り返ることなく部屋を出て行ってしまったのだった。


◇◇


「ううう。もう会えないのかしら」

「お嬢様、落ち着いてください」

「だって怒って帰ってしまったわ。アルの婚約者が決まったら未婚の私とはさらにもう会うことができなくなるじゃない」


 婚約者がいる男性が従妹(いとこ)とはいえ未婚の年頃の女と頻繁に会うことは周囲に歓迎されない。

 そして、アルが王位を継いでこの国の王になればまたさらに会う機会がなくなってしまう。


「大丈夫です。婚約後も必ず会えますから。アメリアが保証しましょう。だから泣き止んでください。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ、お嬢様」


 そう言って私の顔の涙を白いハンカチで拭いてくれたアメリアは一旦部屋から下がるとガラスの花瓶を持ってきた。

「さて、今日のお花はどこに飾られますか?」


「今日も持ってきてくれてたの?そうね、窓際において」


「今日のお花もまた素敵なお花ですね。エレナ様が宮殿のお庭を大好きだからと公爵邸に来てくださるときには欠かさず花束を持って来てくださるなんて。アルフレッド殿下は本当にお優しいです」


「そうかしら?私は株ごと育ててみたいのに何故かそれはダメだと言うのよ」

「それは切り花じゃないと次に会う口実ができないからでは...」

「え?なぁに?」

「いえ、なんでもございません。これ以上私から言うと私の首がとびますので...。さあさあ、もうかなり遅い時間です。ゆっくりお休みくださいませ」


「おやすみアメリア」

「おやすみなさいませ、エレナお嬢様」


 パタンと小さく音を立てて扉が閉まる。


「はぁ、私ってば何をしてるんだろう。アルは本当は何も悪くないのに酷いことを言って怒らしてしまうし、アメリアにも心配かけてしまうし......」


 グッと掛け布団を掴み顔を隠すように覆ってため息をつく。

 冷静になって考えれば第一王子であるアルフレッドに今まで婚約者がいなかったことの方が不思議だ。

 そう言えばアルは身内の私には気さくに話してくれるが、社交パーティーなどで女性と話しているのをみたことがない。見目麗しい姿の上、国の第一王子という立場だからいろんなご令嬢に話しかけられているみたいだが、いつもとてもあっさりとした対応しかしていないように思えた。


「もしかすると、あの社交の場での無愛想さが災いして婚約者がなかなかできなかったんだろうか?」


 でも今回は違う。王様がアルの婚約者を決めようとしているのだ。確実に良家の才に秀でた美しいご令嬢が婚約者に決定するだろう。


「アルが遠い存在になる......いやだな...」

 ゆっくりと襲ってくる眠気にまぶたを閉じる。


 夢の中ならあの楽しかった幼い無邪気な日々に帰れるのに。


『じゃあ、夢の中にずっといる?』


 ふいに小さな子供のような声が聞こえた。

 びっくりして目を開けようとするが、眠すぎて少し目を開けてもすぐに閉じてしまう。

 どうやら窓側から声がするようだ。


『わたし達が眠りの魔法をかけてあげる』

『ボク達が茨の魔法をかけてあげる』


 眠り?茨?魔法...?

 一体...何を...言って......


『私達、ボク達を気に入ってくれたお礼だよ。

 おやすみなさい。大好きなエレナ』


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