side アルフレッド
はぁ、と髪をかきあげため息をつき鏡を見る。
目の前の鏡の中には灰色の瞳でこちらを睨みつけてくる赤毛の少年がいた。少年の首に巻き付けられた金糸の刺繍が施された白いマントは片側に垂らされて、マントのない側は金の肩飾り、そして内に着る服はこの国での権力を表す染めの濃い青の上衣。
それを身に纏う自分は紛れも無くこの国の最高権力を握る王族であり外交も商業も何もかもが繁栄を誇っている今、この手に入らないものなど何もない。
そう僕には手に入らないものなど何もないはずなのに。
「エーミル公爵邸に向かわれるのですか?」
自分の後ろに跪き敢えて問うてくる従者に舌打ちをしそうになる。
「僕が公務以外で城外にでるなど公爵邸訪問以外あり得ない。わかっていて聞くな」
私利私欲にまみれた他の貴族の元に行くなど考えたこともない。
なのに、現国王である父上は僕が王太子に選ばれた途端、その貴族達の令嬢の中から僕の婚約者選びを始め出した。
「アルフレッド殿下、毎日のようにパーティーや茶会の招待状があなた宛にきています。このままだと執務室が招待状の山で埋もれてしまいますよ。欠席するにしても返信ぐらいは...」
「燃やしてしまいなよ」
「は?」
「冗談だよ。夕刻までには帰る」
返事を書く時間で僕の唯一の安らぎの時間が無くなるぐらいなら、本気で自分の得意とする火属性魔法で招待状を全て燃やしてしまおうかとも思ったけど。それをするとまた欲に塗れた貴族達に王家に取り入る格好のネタを与えてしまうだけだ。
「しがらみが多すぎる。僕はあの子にたどり着くまでにどれだけの茨の壁を越えなくてはいけないんだ?」
昔は手を伸ばせばすぐに触れることが出来る距離にいたのに。
執務室を一歩出ればどこで誰が王太子である自分の過失を見つけようと目を光らせているかもわからなくて溜息すらつけない。僕は鉄仮面のごとく表情を無くして前を見据えた。
(今はあの子...僕の従妹であり幼馴染みでもあるエレナよりも...)
「王太子殿下!ご機嫌麗しゅう...」
「まあまあ!これはアルフレッド様じゃありませんか!もし宜しければ...」
「のいてくれるかな?僕は急いでいるんだ」
「「は、はいぃぃっ!!」」
フリルがふんだんに使われたドレスを身にまとい甘ったるい声でさらに甘ったるい香水の香りを撒き散らし廊下の端から近づいてくる女達を零下の眼差しで見てやると耳障りな悲鳴を上げ慌てて逃げて行った。
この女達は僕の父上が王宮に呼び寄せた婚約者候補だ。一向に婚約者を選ばない僕に痺れを切らした父上は毎日婚約者候補の貴族令嬢達を日替わりで王宮に呼び寄せることにしたらしい。
はっきり言って逆効果だ。身近に存在することによって、あの取り入るような声と鼻が曲がりそうなほどキツい香水のせいで僕の中の彼女達への評価は地の底より低くなった。
(それに、エレナよりも近い距離に来ようとするなんて許せない。僕に近づくな)
「ロン、いるか?」
ガチャリと小さな門を開け王宮の庭園の隅にある小庭園へと入る。
「ハイハイ、いますよー。おや、王子その格好は?」
「おまえ達はわざとやってるのか?わかっていていちいち聞くな」
「くっくっ。健闘を祈りますよ。私も昔のようにエレナ嬢が毎日庭園にきてくださるなら嬉しいですしね」
宮廷庭師のロンは近くに咲いている赤薔薇を数本詰むといつものようにガゼボに使用人が用意した包紙に包んで僕に手渡した。
去り際に小庭園を見渡すと懐かしい記憶が蘇る。
ーーエレナ!こんなとこで寝るなよ!皆探していたんだぞ!
ーー.......ん?んん?あれ?アル?エレナ隠れんぼの途中で寝ちゃったのかな
ーーよくこんなところで寝れるよね。ほら、立って。
ーーこんなところって!ここは素敵な場所だよ。お花がたーくさん綺麗に咲いてて。
ーーでも僕が来なかったらこんな太陽があたる場所に寝てたエレナは干からびていたんじゃない?
ーーんー、もう、大丈夫よ!いつもアルはちゃんとエレナを見つけてくれるから。どこに隠れてても絶対すぐ見つけてくれるもん。
...息が詰まりそうな王宮の暮らしでも僕が生きていけるのは幼い頃のこの庭での思い出が沢山あるからだ。
満開に花が咲き誇る小さな庭園に爽やかな風がふく。それはまるで、いつしかの自分達が駆け回っているように思えて僕は目を細めた。
◇◇
「アルには関係ないでしょ?寝たふりをしていたのもアルに会いたくなかったから......あ...」
今なんと言った?
公爵邸の彼女の部屋で僕はこの世で1番聞きたくない言葉を聞かされ固まった。
「そうか。わかったよ」
「あ、アル、違うの、これは」
彼女が何か釈明しようとしていたが、なんだか疲れてしまった僕は彼女を振り返る事もせず公爵邸を後にした。
自分の部屋のソファーに項垂れるようにもたれ、窓から見える夕闇に目をやる。
本気でエレナがさっきの言葉を言ったとは勿論思っていない。しかし、あの幼い頃の約束を覚えているのは自分だけなのか。
ーー毎回僕がエレナを探すの?なんだか大変そう。それに僕が王様になったらお城の外にはなかなか出れなくなるよ。エレナを探しにいけなくなっちゃう。
ーーだったら、エレナもこのお城に住むから。エレナがアルのお嫁さんになってこのお城にいたら探せるでしょ?
......「アルフレッド様!アルフレッド殿下!たっ、大変です!」
扉の外から慌てた従者の声が急に聞こえる。
「どうした?何かあったのか?」
「エーミル公爵邸が大変なことに...!!」
◇◇
「これはなんだ?」
駆けつけた先の目の前の惨状に脳が現実逃避しそうになった。
「茨ですねぇ」
僕と共に従者に連れてこられた宮廷庭師のロンが感嘆の声で答えてくる。
「見たらわかる。なぜエレナの屋敷がこんなことになっているんだと聞いている」
エレナの住むエーミル公爵邸の本邸や使用人達の館、そして門や美しかった庭の噴水まで全てが大きな赤薔薇が咲く茨に覆われ、本邸に至っては元の外壁が見えないほどになっている。
「これはおそらく有名な『いばら姫の眠りの魔法』ですね。かかった者とその身近な者達を茨に覆い100年の眠りに誘うと言われている。
いやぁ、すごい!私初めて見ましたよ!ちょっと研究のためにサンプルを...、って何するんですかぁ、王子。私は猫ではありませんよっ」
目を輝かせそそくさと茨のサンプルを採取しに行こうとするロンの首根っこを捕まえ僕の目の前に引き戻した。
「魔法の根源はなんだ?誰がこんなことを?」
「おそらく昼間摘み取った王宮の赤薔薇に花妖精でもひっ付いていたんじゃないでしょうかねぇ。古典魔法は人間には使えませんし」
「僕が持って行ったあの花か」
スラリと腰の帯剣を抜き、門を塞ぐ赤紫色のうねった枝を両断する。
「で、殿下!ご自身で向かうのはおやめください!我らが代わりに...!」
「エレナが中にいるんだろう?僕が行かなくてどうする?」
慌てて引き止める従者達にそう言い放つと僕は茨に覆われた公爵邸本邸へと突き進んだ。
◇
「くっ、思ったより手こずったな」
ザシュッ
本邸の廊下を埋め尽くしていた茨の枝を切り刻みながら前に進むとやっと目的地であるエレナの部屋に着いた。
扉の前には彼女を助けようと中に入ろうとしたのか侍女のアメリアがドアノブを掴んだまま膝をつき眠り込んでいる。
「エレナ!いるのか!?」
扉を開け放ち、部屋に入るがそこにはガラスの花瓶からウネウネと枝を伸ばす赤薔薇しか見当たらない。
「アル......」
エレナのかすれた声が頭上から聞こえた気がして上を向けば伸びる茨の枝に天井まで持ち上げられ横たえられた金髪の少女の後ろ姿があった。
「エレナ!!」
周りの枝を切り取り、落ちてくる彼女を受け止める。さっきの言葉は寝言だったのか、腕の中のエレナはすやすやと寝息を立てていた。
『どうしよう?王子様来ちゃったよ』
『えっ!早くない?まだ100年経ってないよ』
花瓶の辺りからヒソヒソと子供のような声がしてそちらを向くと羽の生えた手のひらサイズの小さな子供2人が花瓶に隠れるようにこちらを見ている。
「君たちが花妖精か?」
『えっ!見えてる?ボクたちが見えてる?』
「僕は王族だ。初代国王だった大魔術師の血を受け継いでいる。君たちのまやかしの術など効かないよ。
さぁ、早くこの茨の術を解け。さもなくばこの国に咲く花々を全て僕の火の魔法で焼きつくすよ?」
『えー、せっかく王子様のために魔法をかけたのに』
『大好きなエレナがお城に来れるように頑張ったのに』
「どういうことだ?」
僕のためだと?
『わたし達は、王宮のお花のお庭に住んでいるの』
『王子様、大好きなエレナが来なくなって元気なくなっちゃったから、王子様と大好きなエレナが100年後に結婚できるように魔法をかけたんだ』
『うんうん、いばらの魔法はハッピーエンドの魔法なのよねー』
......頭が痛い。
「君たちは人間の寿命を理解しているのか?今の人間の寿命は長くて80年だ。僕はその頃にはこの世に存在しているかもあやしいよ」
『『えーーーっ!!』』
「あと、なんなんだ。その、いちいちなぜ『大好きな』をエレナにつける?」
『だってずーっと前に王子様がエレナが大好きって王様にいつも言ってたから』
「な......っ!!そ、それは......!子供の頃の話だろっ!?」
その時、腕の中のエレナが身動ぎをして彼女の体温が上昇しだした。
「......エレナ、起きているんだろ?寝たフリはやめなよ」
エレナは一瞬体を強張らせ、こちらを伺うようにそっと瞳を開いた。
「ね、寝たフリじゃなくて!さっき起きたの!」
顔を真っ赤にして言い訳しているが、明らかに途中からは話を聞いていたのだろう。
『大好きなエレナにも魔法が効いてないの?』
「エレナは僕の『従妹』だ。王家の血を引いている。魔法にかかったとしてもすぐに解ける」
「大好きだったって...アルがわたしのことを大好きだったって...」
「エレナ落ち着け。それに、『だった』じゃない」
「え、それって...」
「タウンハウスとはいえ、王宮からこの公爵邸は遠い。君に何かあった時駆けつけるのも一苦労なんだ。今すぐ王宮に居住地を移してくれない?」
まさかこんな形で彼女に求婚することになるとは思わなかったが仕方がない。
「で、でも王様がアルの婚約者を探しているって、私が王宮に行ったら婚約者の方によく思われないんじゃ...」
「エレナは僕が他の誰かと結婚してもいいの?」
僕はエレナの青い瞳を覗きこんだ。エレナが瞳を大きく開けて固まる。
「......よくない!全然よくない!」
「だったら王宮に来るんだ。僕はこのためにこの数ヶ月寝る間も惜しんで働いた。これで君が来ないと言うのなら今までやっていたことが水の泡だ」
「今までやっていたこと?」
「アルフレッド殿下はおまえとの結婚を認めてもらうために外交や国内の商業の発展を一人で担い目まぐるしい成果を上げたんだよ」
開け放たれた部屋の扉からエレナの父であるエーミル公爵が現れた。彼も王家の血を引く人間だ。花妖精たちの魔法にかからなかった彼は屋敷に何が起きているのかしばらく様子を見ていたのだろう。
「貴族の中には王族内で婚姻することを快く思わない者たちもいてね。兄さん...現国王もこれには頭を痛めていて、おまえとの結婚を望むなら周りに自分の力を知らしめて勝ち取れとアルフレッド殿下に条件をだしたんだ」
「じゃあ、最近アルが忙しく会えなかったのは...」
「おまえとの結婚を貴族達に認めさせるためさ。王宮にいる婚約者候補はアルフレッド殿下に発破をかけるためだろう。まぁ、成果をあげれなければあの内の誰かと婚約することになっただろうがね」
「ということだ。エレナ。
本当は今日の面会時に王家のしきたり通り正装して王宮の赤薔薇を渡して君に言うはずだった言葉を今言うよ。
......エレナ、僕と結婚してくれるよね?」
Noという答えなんて許さないと言いたいところだけど、彼女の心からの返事じゃないと意味がない。抱き抱えたまま彼女の瞳を見つめ返事を待つ。
エレナは顔を真っ赤に染め青い瞳に涙を滲ませて微笑みながら口を開いた。
「うん、喜んで...!!」
妖精達が目を見開き大喜びで僕達2人に拍手を送る。
エーミル公爵の目がきらりと光ったのは嬉し涙だったのだろう。
そして屋敷を覆い尽くしていた茨の枝達はまるで何事もなかったかのように消え失せ、明るい朝の光が僕達のいる公爵邸を優しく包み込んでいたのだった。
Fin.
◇続編の『研究室の中の庭師様』を短編小説で投稿しました。そちらも是非読んでみてください(^^)。




