第54話:郊外の廃工場と、圧倒的連射の領域
翌日、放課後。
俺は約束通り、市の東郊外に位置する「旧臨海工業地帯の廃工場跡地」へと足を運んでいた。
かつては製鉄所として栄えていたらしいその巨大な敷地は、いまや崩れたコンクリートと赤錆びた鉄骨が剥き出しになり、不気味な静寂に包まれている。
世界が変貌して以来、この手の人の立ち入らない施設は魔物の格好の繁殖地と化していた。
「……遅かったな、天羽悠人」
錆びついた進入禁止のゲート前で待ち構えていたのは、背中に大剣を背負い、両腕に冷気抑制の魔法具を装着した白銀玲司だった。
「遅くないだろ。終業のチャイムが鳴ってから、走らず普通に歩いてきただけだ」
「フン……度胸だけは買ってやる。だがここから先は、街中の野良魔物とは訳が違うぞ」
白銀は不敵な笑みを浮かべ、崩れかけた工場の搬入口を指さした。
「ギルドの事前調査によれば、この工場内部には『アイアン・ヘルハウンド』の群れが巣くっている。皮膚が金属化し、並の剣撃や火炎魔法では傷一つつかない危険度B級の魔獣だ」
「へえ、金属の犬か。かたそうだな」
「恐れをなしたか? だが、俺の希少スキル【絶対氷結】の派生技――【氷華閃】なら、金属の分子運動すら停止させ、瞬時に脆い氷塊へと変形させられる」
白銀は誇らしげに胸を張り、大剣の柄に手をかけた。
「勝負のルールは単純だ。工場の最深部に到達するまでに、どちらが多くの『アイアン・ヘルハウンド』を討伐できるか。俺が先陣を切る。お前は後ろで指を咥えて見ているといい!」
白銀はそれだけ言い捨てると、強烈な冷気のオーラを全身から噴出させながら、薄暗い工場内部へと突入していった。
(指を咥えて見ているだけで済むなら、それが一番楽で助かるんだがな……)
俺は息をひとつ吐き、あくびを噛み殺しながら、彼のあとに続いて工場の中へと足を踏み入れた。
工場内部は、天井の穴から差し込む僅かな光と、赤錆びた機械の陰影で薄暗かった。
足元には鉄くずやガラス片が散乱しており、一歩踏み出すたびに嫌な音が響く。
そして、暗闇の奥から――無数の「赤い光」が浮かび上がった。
グルルルルル……ッ!!
不気味な唸り声とともに現れたのは、体長二メートルを超える漆黒の猛犬たち。
その体表は重厚な鋼鉄の装甲で覆われ、口からは赤黒い高熱の炎が漏れ出ている。アイアン・ヘルハウンドの群れだ。その数、およそ三十頭。
「ハッ! ゾロゾロと出てきやがったな!」
最前線に躍り出た白銀が、不敵に叫ぶ。
「喰らうがいい! 【氷華閃】――ッ!!」
白銀が大剣を地面に突き立てると、その先頭から放射状に結晶化した巨大な氷の刃が炸裂した。
凄まじい冷気が工場内の湿度を一瞬で凍らせ、先頭の三頭のヘルハウンドが悲鳴を上げる間もなく、全身を氷漬けにされて砕け散る。
「どうだ天羽! これが圧倒的な個の力――」
勝ち誇ろうとした白銀だったが、その顔が即座に硬直した。
ガウッ! ガアアアッ!!
氷の刃をすり抜けた残りの二十七頭のヘルハウンドが、一斉に襲いかかってきたのだ。
冷気技の強力さゆえに、白銀のMPは一気に削られ、スキル独特の「クールタイム(再使用待ち時間)」が発生していた。
「くっ……!? クールタイムがあと五秒……!?」
白銀が苦悶の表情で大剣を構え直す。
金属の爪と高熱の炎が、無防備な彼の全身へと肉薄する。
(やれやれ……。ここで白銀が噛み殺されたら、帰りの警察の事情聴取とかめんどくさいことになるな)
俺はポケットに両手を突っ込んだまま、白銀の頭越しに正面のヘルハウンド群を見つめた。
(冷却と衝撃の連続叩き込み。金属なら膨張と収縮の反復で脆くなるだろ)
不滅の概念を、思考速度で即座に解放。
【熱素発生(極微)】×50,000回重畳。
【微弱念動(極小)】×50,000回重畳。
秒間数万回の超絶連射。
ズドドドドドドドドドドドッ―――――――――――――――ッ!!!!
「な、なんだッ!??!」
白銀の目の前で、空間そのものが激しく歪んだ。
迫り来ていた二十七頭のヘルハウンドたちの身体に、目に見えない数万発の超高熱と衝撃の弾幕が、ゼロ距離で叩き込まれる。
ジッ、ドカン! ジッ、ドカン!
一秒の何分の一という刹那の間に、ヘルハウンドの鋼鉄の皮膜は「数千度の加熱」と「極小念動による急冷・破壊」をミリ秒単位で数千回繰り返された。
金属疲労の限界を遥かに超えた装甲は、まるで乾燥したビスケットのように粉々に弾け飛ぶ。
「ガ、ギャン……ッ!?」
悲鳴を上げる暇すら与えられない。
二十七頭の猛獣は、白銀の手前わずか十センチの地点で、綺麗に肉片と鉄粉の粒子へと還元され、工場内の床へと霧散していった。
ドサドサドサッ……。
静寂が工場内を支配する。
残ったのは、焦げ臭い空気と、呆然と大剣を構えたまま固まっている白銀玲司だけだった。
『経験値を獲得しました』
『【熟練度】を獲得:120/10,000,000』
(ふむ。金属質の魔物は熟練度効率が少し良いな)
俺は心の中でログを確認しながら、ふぅと息を吐いた。
「おい白銀。何固まってんだ? クールタイム明けたなら、奥に進むぞ」
「あ……あ……」
白銀はガタガタと膝を震わせ、ゆっくりと振り返って俺を見た。
その瞳には、今朝までの高慢さはカケラもなく、ただ底知れない化け物を見るかのような戦慄だけが宿っていた。
「お前……今、何をした……? 魔法の詠唱も……スキルの発動光すら……何も見えなかったぞ……!?」
「何って、ただの威嚇だよ。驚いて自滅したんじゃないか?」
「自滅なわけあるかーーーっ!! 鋼鉄のヘルハウンドが一瞬で砂になったんだぞ!?」
工場内に、白銀の悲痛な叫び声が虚しくこだました。




