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界律師と神殺し  作者: 桐ケ谷漣
第三章「魔術大会編」
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姉弟喧嘩 04

 人々の注目が空中に向いている中、それらは動き出していた。

「りゅーたん、そっちはどう?」

 女は路地裏を歩いていた。耳に手を当て魔術を使い遠隔通信をしているようだ。

『万事問題ない』

 女の耳に男の声が入ってくる。耳元で低く鳴る男の声に女は身を震わせ、口元が歪んでいく。

(あぁ、かっこいい声! キュンキュンしちゃう!)

 耳を通って脳に響き、脊髄を通って下腹部に響く。

(やだ、濡れてきちゃう)

 女は少しだけ歩く速度を落とす。そうでもしないと歩く際の微細な揺れでどうにかなってしまいそうだった。

『そっちはどうだ?』

「だ、大丈夫!」

 不意に耳元で鳴る声に女は思わず腰を震わせた。女は一度地面に腰を下ろした。顔は赤らみ、目元は潤んでいる。

「ち、地下の方は! 地下はどうなってるの?」

『……何を焦ってるのかは知らないが例のものはもう既に入手済みだ』

 その言葉に女は目を見開く。

「え! はやっ!」

『俺を誰だと思ってるんだ』

 女はさっきまでの興奮もどこへやら、すぐさま立ち上がり路地裏を再び歩き出す。

「それじゃあ、第七番は使える状態?」

『いいや、俺はヴァディゴスの血統ではないからな……この神造武器に関しては扱えない』

「わかった、こっちを済ませたらすぐに行く」

『よろしく頼む』

「任せてよ!」

 女は不敵な笑みを浮かべる。

「先祖の遺物くらい完璧に扱ってみせる」

 イヒヒッと、魔女でも目を見開くほど気色の悪い笑い声が密かに路地裏に響いた。その声を魔術越しに聞いた男は『気持ち悪い』と素直な感想を伝える。

「酷い!」

『事実だ』

 女の歩調が露骨に落ちた。しかし、それも一瞬のこと。このやりとりも慣れたものらしく、ある意味逆に心地よく感じていた。

「もう! 取り敢えず私は自分の仕事をするから、りゅーたんも『合図』、しっかりしてよね!」

 女はとある建物の扉の前で立ち止まった。

『わかってる』

 女は扉の取っ手に手をかけ、空中に浮かぶ要塞を眺めた。

『十分以内に済ませろ、出ないと合図のほうが早くなるぞ』

「もう! わかってます!」

 女はその口うるさい忠告に少し嫌気が差し、通話を切ろうとしたが、それでも急に切るほど冷たくはなれなかった。

「んーー! もう! そんな口うるさいりゅーたんも大好き! 仕事終わったら抱いて!」

 それだけ言い残して女は魔術を解除した。

「はぁ……空中要塞ね」

 女の目線は変わらず空中要塞に向けられていた。

「エデン……確か『楽園』って意味だったかな。古代言語なんて知らないけど、エルフィが作った『楽園の陽光』も結構馬鹿らしいね。あっ、今は上院っていうんだっけ」

 女はフンと鼻で笑いながら扉を開いた。

「まぁ、いいや」

 女は空中要塞から目を離し、前を向く。そこには果てしなく地下へ伸びていく階段があった。まだ外は昼間だと言うのに扉の一歩先には一切光が届いていない。果てしなく続くように見える闇の階段。

「レナ・アレストライ」

 女は一歩、その階段を降りる。

「レイ・アレストライ」

 女はまた一歩、階段を降りる。

「惨禍のなかで君たちはどんな結末を迎えるのかな? あぁ、でも私の親戚だもんねぇ」

 女の顔がまたしても歪む。気持ちの悪い笑みが暗闇にひっそりと浮かぶ。それはきっと見るものすべてに恐怖を植え付けるものだろう。

「せいぜい死なないでね」 



《空中要塞にて》

 レイは疲労困憊、満身創痍だった。息は荒れ、咳を伴いながら必死に酸素を肺に取り込む。

「もう終わり?」

 対してレイの正面に立つレナは余裕綽々といった雰囲気だ。整った呼吸に伸び切った背筋、肌には汗一つなく涼しい顔を浮かべている。その様子にレイは違和感を覚えていた。

「はぁ……はぁ……」

 荒れた呼吸を整えながらレイは考える。

(なんですぐに僕を倒さないんだ)

 仮にレイの腕を切り落とそうが、腸を切り裂こうと死なない限り、どれだけ痛めつけてもその傷は完治する。実際に予選のレイシナム、エイリスがそうであった。にもかかわらず、レナはそれをしない。あえて出し惜しみをしているような、手加減しているような、そんな雰囲気。

(……出し惜しみ)

 レイはある言葉を思い出していた。それは自分を一年生とは思えないほどまで短期間で鍛え上げ、技術を享受し、完成度を極限まで高めた教師の言葉。そしてレナもその教師から指導を受けている。レイの頭のなかで色んなことが線で繋がっていく。

(全てを欺く……敵も、味方も、審判も、観客も、そして……自分さえも)

 レナはきっと何かから目を逸らし続けている。その確信をレイは掴んだ。

「先輩……何が、そんなに怖いんですか」

 レイがその言葉を口にした瞬間レナの顔が変わった。まるで面がはがれて中身の顔が顕になったような、それでもって意外な顔だったときのような変わりぶり。

「うるさい!」

 レナは思いっきり自分の髪を掴んだ。

「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」

 言葉が口から溢れるごとにレナの髪がブチブチと音を立てながら毟られていく。

「違う! ボクは……私は!」

 レナの頭から血が流れ、額を濡らす。レナの白く美しい髪は深紅に染まり、眼球に入った血はその瞳を赤黒く染める。

 錯乱したレナの様子を唖然とした目でレイは見ていた。

「……レナ先輩」

「うるさい! 私の名前を呼ぶな!」

「ッ!」

 レイは息を呑む。レナに何があったかその全貌をレイは知らない。ただレイの目に映っているのは実の姉が悶え苦しみ、痛みに身を焼かれ、何か恐ろしい衝動を必死に理性で押さえつけている景色だった。

「レナ先輩!」

 レイがもう一度名前を呼んだその瞬間、レナの何かが千切れた。

「ゔる゙ざい゙!」

 ガラガラの声でレナは叫びレイに向かって真っ直ぐに突っ込んだ。

 レイとレナが接触する、レナの《黒波》の刃がレイの首を捕らえる、そのほんの一瞬前に王都に声が響いた。

『《爆ぜろ》』

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