3.勇者は、花を摘む
お嬢様がお休みの間に、俺はお嬢様の部屋に飾る花を摘みに、庭に出た。お嬢様の好みは派手な花ではなく、可憐な小花。
庭師にお嬢様用の庭を用意させているが、ここも手入れが悪い。
俺は近くで働く庭師に目を止めた。
いつも怠けて作業小屋で居眠りをしている男、ソードだ。
だいたいこの屋敷は、怠け者が多すぎる。それぞれが、正しく働けば、もっと使用人は少なくて済むはずなんだ。
「ソード、お嬢様の庭の手入れがされていない。」
ソードは、庭師らしく、大柄な男だ。それに噂ではかなりの馬鹿力だという。さて、俺とどちらが力が強いかな?
「ランスロットさん、すみませんねぇ、忙しくて手が回らないんですよ。もう少し、人手が多ければ良いんですがね。」
馬鹿なアーリア夫人は、この台詞に騙されて、人手という名のナマケモノを量産している。
男好きの夫人は、ソードのような男も、お好みのようだ。
そう言えば、ランスロットにも体を擦り寄せていたな。ランスロットが嫌がって、さっさと逃げたが。結局、男なら誰でも良いのかもしれない。
ただ、さっき伸びた髭を剃るために鏡で見たランスロットは、驚く程、美形だった。執事なのに、白皙の貴公子で、通るほどだ。お嬢様は大丈夫だろうか?こんな美形に毎日傅かれ、理想が高くなり過ぎないか?
俺の希望はもっと、こう、どこにでもいる、普通な……美形で残念って、はぁ。
勇者の頃の俺も悪くは無かったが、こんな美形じゃなかった。
これから、毎日、鏡を見る度にうんざりするなんてなぁ。
まぁ、いいや、美形は怒ると、迫力がある所を見せてやろう。
「ほぉ、そんなに仕事ができないなら、仕事を辞めさせるように、奥様にお願いしないといけないな。」
「なんだと!あんた、俺に喧嘩を売るつもりか?」
「それは其方だろう?」
「へぇー、そんな細っこい体で、俺に敵うと思ってるのか?」
「当然だ。」
ソードが威圧をかけるように、ブンブンと腕を振り回す。
「では、ソード、俺と勝負しよう。負けた方は、勝った方に従って、なんでも言う事を聞く。どうだ?」
「へっ、良いぜ。何をしてもらおうかなぁ、裸で屋敷内を走り回る、なんてのも良いかもなぁ。あんたにお熱な女達が大喜びするだろうよ。」
このソード、実は庭師の腕は悪くない。真面目にやればだが。
「良いだろう。俺が勝てば、毎日きっちり俺の言うとおり、働いてもらう。今までのように怠けられると思うな。」
俺はソードと屋敷裏の林にやってきた。さっきからの言い争いを耳にした使用人達も覗きに来ている。
お前達、仕事しろよ。次は自分だぞ!全く。
「覚悟は良いな。」
「どこからでも。」
俺は余裕でソードの前に立ち、体の力を抜く。
勝利を確信しているソードは、握りこぶしを振り上げ、突っ込んできた。
これで勝てると思うって、こいつ馬鹿だな。
俺は、半歩体をずらして、ソードの拳を避けると、あいつが走ってきた勢いを借りて、鳩尾に一発拳を入れた。
ズズーン!
一発だったな。
起こすのも面倒なので、桶で井戸から水を汲んで来て、頭からぶっ掛けてやった。
「目が覚めたか?」
「……俺が、負けた、のか?」
「そうだ。」
「……俺が?」
こいつ、喧嘩に負けるのは初めてか?
「約束を果たしてもらおうか。」
「あ、ああ、約束、うん。」
どうしたソード、気持ち悪いぞ。顔を赤らめて俺を見上げるな!
「ランスロット兄貴の言う事なら、俺、なんでも聞くよ。何でも言ってくれ。」
ランスロット、兄貴?!当たりどころが悪かったか?
「おまえ、大丈夫か?」
「兄貴、俺は心を入れ替えた。」
「あ、そう。」
「それで、何をしたらいい?」
「お嬢様の庭園が荒れているので、手入れを。お嬢様は可憐な小花がお好みだ。庭を整えて、お嬢様のお部屋に飾る分の花をお部屋まで届けてくれ。」
「すぐやります。」
その後、ソードは本当に直ぐにやってくれた、が、足りない花をアーリア夫人の庭園から抜いて来たようで、悲惨な庭を見た夫人の叫び声が響いたのは、翌日の事だ。
届いた花を花瓶に活けていたら、お嬢様が目を覚まされた。
「お嬢様、お目覚めですか?」
「うん。ランスロット。」
「レモンの果実水でございます。喉を潤して下さい。」
「ありがとう。」
俺自慢の果実水だ。レモンとミントと蜂蜜の配合が絶妙なバランスで、清涼感と共に、気分がさっぱりする。
「美味しい。初めての味ね。」
「はい。やっと満足できる味になりましたので、お嬢様におだしできました。」
「寝覚めに良いわ。これからもお願い。」
「はい。お嬢様。」
俺は恭しく頭を下げた。
くぅー!これだよこれ!
「花も良い香り。」
「先程、庭師が庭園の花を届けにまいりました。」
「そうなの?」
訝しげなお嬢様、これからは毎日届きますよ。
「お嬢様。お腹は空かれませんか?朝も昼も召し上がっていらっしゃいません。何かお持ち致しましょう。」
「そうね。何か軽い物をお願い。」
「はい。」
部屋の隅に控えるエンマに、ミルク粥を頼む。
直ぐに頷いて部屋を出て行くエンマだが、今日の俺に違和感を感じているようなのが、表情に現れている。
ま、そうだよな。性格違うもん。ランスロットは影のある、ちょっと気の弱い、と、言うか、内気な男だったもんなぁ。
ごめん。俺、あれ真似すると、ストレス溜まりそうだから、無理だわ。