29.勇者は、笑う
神に言われるままに魔王を倒したが、結局、魔王がいなくなっても、国は滅びてしまった。
俺が守ろうとしたものは、何だったのだろう。俺の努力は無駄だったのだろうか?
「ランスロット、どうしたの?」
俯く俺の頬に手を添えて、お嬢様が俺の目を覗き込む。
俺は、今、どんな顔をしているのだろうか?
「お嬢様、もし、俺が、その勇者だったと言ったら……」
「そうね、信じるわ。」
「!」
「ランスロットが泣きそうな顔をしているから。」
「……お嬢様。」
お嬢様の腕がふんわりと俺の背に回る。
「悲しかった?辛かった?でもね、ランスロット。あなたには私がいるわ。悲しいなら泣いても良いのよ。辛かったら、愚痴を零しても良いの。」
「お嬢様。」
「あなたが寂しければ、私がこうして、あなたを抱きしめてあげるわ。」
「お嬢様。」
「久しぶりに勇者の本を読んで、私はあなたと彼が被って見えた。いつも誰よりも頑張っていて、それなのに、誰かに頼る事を知らない不器用さがとても似ていて。だからこそ、あなたに手を差し伸べてあげたかった。」
「……お嬢様。」
「いつか、勇者の頃の話を聞かせてちょうだい。ゆっくり思い出せば、辛い記憶ばかりではなく、その中に少しだけは、愛しいこと、楽しいことがあったかもしれないでしょう?」
そんな事、あったろうか?
俺は人に仕える生活がしたくて転生しただけ。本当にそうだったんだろうか?
そうじゃない。もっと違う……
ああ、思い出した。魔王の最後の言葉。
『俺も、お前も、こんな立場で出会わなければ、もっと違う生き方もあったのかもしれないな。それでも、俺達は、今は殺しあうことしかできない。俺が生き残っても、俺は次の相手と殺しあうだけだが、お前は生き残れば違う生き方もできるんだろう。お前の違う生き方が見てみたかったな。』
そして、魔王に勝った俺は、あいつにも違う世界を見せてやりたくて、自分の体にあいつを取り込んだ。
だから、もっと違う世界が見たくて、暖かいものに触れたくて、俺は転生したんだ。
「お嬢様、俺は今の人生に満足しています。笑い合う仲間がいて、信頼できる旦那様がいる。そして、何よりも、お嬢様がいて下さる。俺にとって、それ以上の幸せはありません。」
「ランスロット。」
「お嬢様、ありがとうございます。」
俺はいつの間にか流れていた涙を拭い、お嬢様に頭を下げ、部屋を出た。お嬢様は手にした本をぎゅっと胸に抱きしめていて、俺はまたお嬢様に抱きしめられている気分になった。
それから二ヶ月半、お嬢様の卒業パーティーの日になった。
お嬢様には何件ものエスコートの申し入れが、あったが、それ全てに断りを入れたお嬢様が選んだ相手は俺だった。
「今まで見守ってくれたランスロットに、晴れ姿を見てほしい。」
そう言われたら、俺が断ることなどできるはずがない。
その日の為に誂えたドレスは本当に良くお嬢様に似合っていた。そして、そのドレスの裾を飾るのは俺の刺繍。胸元と袖口を飾るのは、俺のレース編み。
最高の一日だった。
数日後、領地屋敷にご兄弟が集められ、旦那様から後継者が発表される事になった。
「わしは優秀な子どもに恵まれた。誰がこの家を継いでも安心できる。」
旦那様は3人を見回して微笑んだ。
「お前達の意見も聞こう。アラン、お前はどう思う?」
「私とマチルダは同じ意見です。多分、父上と同じだと思いますよ?」
「そうか?」
「はい。」
「ふむ。マリアはどうだ?」
「多分、私も同じ意見だと思います。」
「おや、わしはまだ何も言っていないのに、皆、同意見だと言うのか?」
「はい。」
「そうか。」
少し考えると、旦那様は頷いて、四人で同時に後継者の名前を呼ぼうと提案された。
「良いか?では、さん、に、いち。」
「「「「ランスロット。」」」」
え?俺?驚いて目を見開く。
「ふむ、本当に同意見だったな。では決まりだ。マリア、お前は彼の伴侶として、支えてあげなさい。」
「もちろんです。お父様。」
お嬢様が俺の伴侶?え?
旦那様の手が、俺の肩に乗った。
「ランスロット、皆の総意だ。よろしく頼む。これから毎日仕事を引き継いで行こう。」
「で、でも。」
「早めに引き継いでくださいね。ランスロット。そうすれば私と旦那様はのんびりと旅に出ますから。」
アーリア夫人まで。
どうしよう、涙が出そうだ。
「ランスロット、そこは笑うところだろう。」
「そうよ、笑ってランスロット。」
お嬢様が俺の手を握りしめてくれた。俺は泣き笑いになりながら、ただひたすら、頭を下げ続けた。
半年後、俺は正式に侯爵を引き継ぎ、お嬢様と結婚した。
更に一年後には子どもにも恵まれ、想像もした事のない暮らしをおくっている。
俺の中の魔王は、俺の中から姿を消し、今は俺達の息子になって、人生を楽しんでいる。
ヤンチャな息子は、今日も魔法でイタズラをするので、俺にお仕置をされている。息子は叱られるのさえ、楽しいらしく、毎日ご機嫌だ。
お尻を叩かれた息子は、優しい妻に泣きついてみせる。妻の腕の中を息子に独り占めされて、少ししょげていれば、妻は笑って、俺も一緒に撫でてくれる。
俺は息子と顔を見合わせて、声を上げて笑った。
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