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 次の日の明け方、隣の部屋から暴れるような物音が聞こえ始めた。

 「これは……!」

 萩原も同じタイミングで目を覚ましたようだ。

 「隣の部屋からだ」

 ぼくたちは目を見合わせる。

 急いで廊下に出て、隣の部屋をノックする。

 それに呼応するかのように中の物音は激しくなる。

 

 ノブを捻るも、

 「内側から鍵が掛かってるな」

 「でも、これ……開けない方がいいよね」

 「そうだろうな。ちょっと一旦離れよう」

 ぼくたちはリビングへ向かう。

 リビングからも騒音は聞こえたが、隣の部屋から聞くよりかはマシだった。その物音はただただ恐ろしかった。自分の少し先の未来がそこにあるように思えて。

 

 「部長と鳥見まで……」

 腰が砕けて立っていられない。

 こんなことがあっていいのだろうか。

 「こうなる可能性は予測していたが……」

 萩原は奥歯を噛みしめて、部屋の方を睨んでいた。

 「ぼ、ぼくたちもああなるのかな?」

 ぼくは涙交じりの声で訊ねる。そんなこと訊くべきないとしても、訊かずにはいられなかった。

 「可能性はあるな」

 萩原はそう言いながらも、こう続けた。

 「だけどおれたちは感染ルートから外れているような気がするんだ」

 

 「――え?」

 「こうなったから言うけどな」

 萩原は噛んで含めるような言い方で先を続ける。

 「伊藤と男三人はそれぞれ関係を持っていたんだ」

 「え?」

 

 「五反田は今彼。部長は元彼。鳥見は遊び相手だ」

 萩原は淡々と話す。

 「多分、全員互いに気付いてはいたんじゃないかな。口には出さなかったようだけど」

 「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなこと」

 「そのくらい一緒にいればわかるよ。こっちに来てからもお互いの目を盗んで関係を持っていたんだろうね」

 

 「いやいや、でもそんな……」

 「この間言ったルーズっていうのはそういう意味なんだ」

 「ぼくにはそんな風に見えなかったけど……」

 「本当にそうか? マルも伊藤に口説かれたんじゃないのか」

 そう言われて河原での出来事を思い出す。

 「あっ」

 「心当たりあるだろ。さすがにマルがそのまま関係持ったとは思わないが」

 「当たり前だろ。付き合ってないのに」

 「なら安心したよ。多分感染経路はそこだろうから」

 「えっ……」

 「感染経路としてはいかにもありそうなことだろ。肉体関係って」

 「それじゃ」

 「ああ、伊藤が自殺したのは自分が感染していると気付いたからだ。部長と鳥見は伊藤を介して感染してしまったんだと思う。まあだれが最初かわからないけど」

 

 そうだったのか。

 不謹慎なのはわかっているが、それを知って安心した自分がいた。。

 「あいつらだって、こうなるとわかってやってたわけじゃないし、おれとしては別にそのこと自体はどうでもよかったんだけどな。釣りが好きなのは本当だったし」

 「う、うん、そうだね」

 ぼくからすれば縁遠い世界には感じられたけど、大学生になって男女関係が乱れるというのはまあ比較的耳にする話だ。

 

 「でも、まあ、皮肉に感じるよ」

 「ん、なにが?」

 「ここまで話したから、全部言っちゃうけどな。この別荘は親父が女遊びをするときによく使ってたんだ」

 「え?」

 「ここなら連絡手段もないし、人の目もないだろ。まあ結局バレて家族仲ぶっ壊れたんだけどな」

 萩原は自嘲気味に笑った。

 「おれがあんまり実家に帰りたがらなかったのはそういうことさ。夫婦仲は冷え切ってお互いに嫌悪してるのに、世間体を考えて離婚もせず、同じ家に暮らしてるんだ。帰ったら延々罵り合い聞かされるんだから帰りたくならないのもわかるだろ」

 萩原は堰を切ったように、隠していた秘密を明かしていく。

 ここまで本心を晒す萩原を見たのは初めてだった。

 

 

 

 〇

 ここまで書いていてわかったことがある。

 いや、嘘を書くのはよそう。実際にはどこかでそれを感じていたからこの日記を書き始めたのだ。

 考えたくはなかった。でもどこかで引っかかって考えずにはいられなかった。

 一連の事故は本当に事故なのかもしれないが、しかしやろうと思えばそれらを人為的に引き起こし、事故に見せかけることも可能だったのではないかということを。

 

 たとえば、ウイルスは感染者の体液は車にべっとりと付着していたから、そこから取ったウイルスを五反田の食事に混ぜることなんていつでもできた。

 そして伊藤の件。たしかに部屋の鍵は閉まっていたが、事件だなんて思っていなかったから、鍵の場所を確かめてすらいない。だとすれば鍵を持ち出して外から鍵を掛けた可能性だってある。

 

 そもそも合鍵があるのかもしれない。萩原がないと言ったからないと判断していたが、ないという根拠はそこにしかない。だけどこんな別荘なら合鍵の一つくらい用意してあるのが普通ではないだろうか。

 それに仮に鍵がなくても、窓は開いていたのだから、屋上の手すりに物置に合ったロープを括り付けておけば、窓から屋上まで登って、別荘の中に戻ることも可能だし、

 梁をとロープを上手く使えば、他殺を自殺のように見せかけることもできたかもしれない。そもそも物置にあったロープが伊藤の部屋にあったのも不自然といえば不自然だ。

 部長と鳥見の感染。あれだって五反田のときと同じで、だれかを感染させることなんてその気になれば非常に簡単なのだ。

 

 正直にいえば、ぼくは萩原を疑ってしまっている。。

 本人は別に気にしていないと言ってはいたが、男女関係のもつれを本心では好ましく思っていなかったのは、それとなく愚痴を漏らしていたことや、両親についての話からも十分に伝わってくる。

 ただしそれだけではまだ弱い。

 ならばそれに加えて、食料や燃料の節約のためか?

 いや、もっと違うなにかをぼくは感じていた。

 

 ときどき思わないでもなかった。

 なぜ萩原はぼくと仲良くしたがるのだろう。

 同じサークルの人間とだってどこか距離を置いているような彼がだ。

 ぼくのなにを気に入ったのかわからないが、たしかに好意は感じていた。

 だけどその好意が友人としてのものではなかったらどうだろうか。

 萩原は親切だ。だが親切すぎるのである。

 だからこそ思う。

 彼にとっての動機があるとすれば、それはぼくなのではないだろうか。

 

 考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。

 いくらなんでもそこまでやるだろうか。

 どうしてこんなことを考えてしまうのだろう。

 ここまで書いても、まだ信じられない。信じたくはない。

 だけどなぜか頭から離れない。

 

 なぜか? いや本当は理由ははっきりしている。

 それのせいで、いままで薄々思っていたことに、ささやかながら無視できない根拠が生まれてしまった。

 やはり、というべきか、今回もすべての原因はぼくの間が悪いことにある。

 ぼくは見てしまったのだ。

 風呂場で萩原がぼくの着替えに長々と顔を埋めている場面を。

 ぼくは萩原のことは友人として尊敬しているし、本人が表面上うまく隠しているつもりでも、彼の考え方はなんとなく理解できていると自負している。

 だからこそ、それは動機として十分にありえそうなことに思えてならないのである。

 たとえば「どうせ世界が終わってしまうなら、せめて、二人きりになりたい」だとか。

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