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エピローグ わたしの祖母

「フィナル・ブランノワールの魂は精霊に導かれ大地へと還りました。残された方々は彼女の為に祈りましょう」


 村の司祭様の言葉と同時に私は瞳を閉じ、祈りを捧げた。

 フィナル・ブランノワール。少しだけ変わった、私の祖母の為に。


 私の祖母は普通じゃない、小さな頃からずっとそう感じていた。

 何もないところから火や水を出したり、怪我をしても手をかざすだけですぐに治してくれたり、そんな不思議な何かを「家族だけの秘密」と言ってこっそり使っていた。

 そしてそんな祖母の娘である私の母も、その子供である私達三人の兄妹も似たようなことができた。末っ子の私は兄や姉に比べると不思議な力が弱いみたいでまともに使えた試しがないけど、祖母はそれを見てがっかりするでもなくやけに嬉しそうにしていたのが今でもよくわからない。


 祖母は綺麗な人だった。

 私が物心ついた頃から真っ白な髪をしていて、年齢のせいかと思えばずっと昔からそうだったと。その髪色は母が受け継いだだけで孫の私達には遺伝しなかったみたいだけど、祖母曰く「父親似」……つまり私にとっての祖父から受け継いだものらしい。祖母はいつも母や私達に、祖父に似ているところを見つけては嬉しそうにしている。瞳の色や顔立ちだけじゃなく、些細な仕草の中に祖父を感じるのだそうだ。


 祖母はいつも祖父の事を話してくれた。

 強くて、頼りがいがあって、好奇心旺盛で、少し口が悪くて、でも優しくて。顔も見た事のない祖父だけど祖父との思い出を祖母が沢山語ってくるからそんな人が本当に側にいるかのように錯覚してしまうくらい。

 祖母がいつも身に着けているマントも祖父から贈られた物だといって、それをとても大事にしていた……村に昔から住んでいて祖母が村へやって来た当初を知る人なんかはマントを着ていなかったのを見た事がないらしい。

 白地に黒の糸で刺繍が施されたマントは祖母にとても似合っていて、祖母の象徴だった。

 小さな頃はそれがとても綺麗で羨ましくて泣きながら欲しいとねだった事もあったけどこの時ばかりは優しい祖母は首を縦に振らなかった。

 曰く「これしかないから」と。

 祖父の形見ということだけど、それを言うと「死んだ訳じゃない」と否定してくる。

 一緒にはいられないだけで生きている、なんてもしそれが本当なら祖母や母を捨てて逃げたって事になるんだけど……それも違うらしい。こういうところも祖母がちょっと普通じゃないと感じるところの一つだ。

 あんまり私が泣くものだから祖母も根負けしたのか約束してくれた。「わたしが死んだ後、このマントが残っていたら貴方にあげる」と。

 だけどそれは祖母が息を引き取った瞬間光と共に消えていった。

 死の瞬間までマントを抱きしめていて、その手から力が抜けると同時に消えていくのを見ながら祖母はこれを知っていてあの約束をしたのだろうかと気づいた。持ち主が死ぬと無くなる服なんて聞いたことがないけどそれも祖母の不思議な何かなんだろうな。


 祖母の事を思い出していたら葬儀が終わったようで参列者が散り散りに帰っていくのが見える。六十八歳とまだ若い方だったけど数か月前から寝付きだしたから覚悟はしていたし何より祖母自身が死ぬことを恐れていなかったから、あまり悲しくはない。

「もうすぐ解放してあげられる」

 寝付きだしてからの口癖は家族の誰にも意味がわからなかった。祖母の死に顔はとても穏やかだったから無事に「解放」できたのだろうか。

 私にはわからないけれど満足して逝けたのだろうか。再び祖母へ祈りを捧げた。


「……あれ?」


 その時ふと何かの気配を感じた。

 見られているような感覚に慌てて周囲を見渡すものの、分かり切っていたけど家族しかいない。

 両親や兄達が私の様子に不思議がっているからそこからじゃない。

 遠くの丘まで目線をやった時、そこに二つの人影が並んでいるのが見えた。かと思えばそれはすぐにかき消えて瞬きをしたその一瞬でもういなくなっていた。


「……気のせい?」


 きっと祖母が死んで不安定になっているのだろう、そう結論づけて私は家族と共に家路を急ぎ二度と思い出すことはなかった。



「……あの子達は大丈夫そうね」

「だな、これで俺らもようやく肩の荷が下りた」

「アイツとの約束ももうおしまい。五十年なんて一瞬だと思ってたけど案外長かったわね……これからどうしようか」

「……もう俺らは関わらない方がいいだろ」

「そうね、同じことを繰り返す訳にはいかないものね」

「奴の後継も生まれたはずだ。……行くぞ」



『精霊が消えた日』

 そう呼ばれるようになったのはこの日以降、精霊の影響が消えてしまったから。

 死者が出る程の災害、日照りによる不作、それまでほんの少しの被害で抑えられていた自然の驚異が人間達へ牙を剥いた。

 嘆く人間達。しかしやがてそれに対抗する力をつけるべく人間は知恵を高めていき皮肉な事に精霊の存在していた時代より豊かな世界を作り上げることが出来た。

 技術が発達した現在では精霊などおとぎ話も同然。

 故に誰も知らない。

 精霊が実在した事

 精霊が人間を愛した事

 その血を引く人間が今もどこかに存在している事


 ……生きたいと願った一人の少女から始まり終わった物語、それを知る者はこれを読む貴方だけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっぴり悲しく切なくて楽しめました。機会があれば是非もっと救いのない悲しい話も書いてほしいです。単なるハッピーエンドに食傷気味な時にまた読みたいと思える作品でした。
2021/07/20 09:22 退会済み
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