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第十五話 わたしと彼の変化

「お前は何を考えている?」


 ブランからの突然の質問に咄嗟に答える事が出来ず言葉に詰まると、再度問われました。


「近頃のお前はどこか以前と違っているように思える」


 こちらを見つめるその眼差しはからかいや気まぐれなどではない真剣な問だという事を訴えてきます。


「突然何を言うのかと思えば……来たばかりの頃と違うのは当たり前ではありませんか」


 ここへ来てからもう半年を過ぎたのですから、城で何の苦労もなく過ごしていた頃と比べて身体も随分逞しくなったような気がします。今では一人で棚や柵などを作れるまでになりました、ちょっとした自慢です。

 けれど彼はそんな答えでは満足してくれませんでした。肩に両手を置かれそこから一歩分わたし達の距離が縮まります。


「……何故反応しない」


 平然とするわたしの態度が気に入らなかったのか眉間に皺が寄っています。昔は触れられる度に反応して声を出したらうるさいだとか黙れだとか散々な言いようでしたのに。


「……もう何度触れられていると思っているのですか。今更大騒ぎなんてしませんから」

「……そういう事ではないのだが」


 不満気に肩から手を離すと挨拶も無しに帰って行ってしまいました。彼の突拍子もない行動はいつものことなので別に構いませんが。

 しかしこの日以後彼の行動はますますおかしなものへと進化してしまったのです。

 毎日訪ねて来ては傍らでじっと見つめてきます。話しかけもしません。こちらが話を振ると返答はしますがそれだけ、しばらくしたら帰ると連日こんな調子です。邪魔はしないので構いませんが常に視界の端に彼の姿があるというのは何とも不思議な感覚です。


「……という訳なのですがルージュには何か心当たりはありますか?」


 ここ最近はずっとこんな状態なので一番頼りになりそうな彼女に尋ねてみる事にしました。元より選択肢はグリスとルージュの二択でしかないのですが。まさかブランに直接聞いても答えてくれるとは思いませんから。


「うーん、アイツ時々何考えてるかわかんないからねぇ」

「長年の付き合いのあるルージュでもですか?」

「正直アイツとは精霊としての格が違うからね、そこまで踏み込めないってところもあるし」


 驚きました。あれだけ気安く接していますしルージュ自体もここで他に並ぶ者が無い程の高位精霊なのは確実ですから、ほぼ同格かと思っていました。そこから更に上位がブランだったなんて。


「だからアタシじゃ役に立てないと思うの。アイツ自身に聞くのが一番なんじゃないかしら」


 結局何の手掛かりも得られずに彼女への相談は終わってしまいました。……この際です、グリスにも聞いてみましょう、同性なら何かわかることもあるかもしれません。


「で、そんなくだらねぇ質問の為に俺を呼び出したって訳か」


 見るからに機嫌を悪くしていますが呼べばきちんと来てくれるところは親切な方だと思います。


「はい、どのような事でもよいので気づいた点を教えてください」


 しばらく考え込むように腕を組んでいたのですが何かに思い至ったのか閉じていた眼を開き問いかけてきました。


「奴の様子がおかしいと気付いたのはいつ頃からだ?」

「そうですね……確か二週間程前かと」

「で、その時点で奴は『最近のお前が以前と違う』と、そう言った訳か」


 そういえばそんな事を言われたのはブランからだけで、グリスもルージュも何も言いません。別に今更変わる事なんてないのに彼は何を考えているのでしょう。


「丁度俺達が何日かここを空けていた時期と近いな……一人でいる間お前には何も無かったのか?」


 珍しく揃って留守にしていた時期が確かにありました。あの時は急に不安になって将来について考え込んでいました。結局わたしはここで生きるしかない、慣れるしかないとの結論にしかなりませんでしたが。


「何も、ありません」


 それだけ告げると彼は灰色の髪を片手でかきむしり、お手上げと言うように息を吐いて眼を逸らしました。


「じゃ俺からは何も言えねぇな。無駄足踏ませやがって」

「申し訳ございません……」

「別に困ってなきゃほっとけ。俺らはそうしてる」

「……」


 グリスが去った後に改めて考えてみました。確かに現状わたしが気になるという以外の不都合はなく、それも意識の外に簡単に追いやれる程度の事。他者の内面にまで踏み込む事自体が精霊にとって嫌がられるものであるならばわたしはそれに従うべきでしょう、人間同士のやりとりとは違うのですから。

 なんだ、最初から気にしなければ他の方に相談して時間を取らせる事も無かったのですね。まだ人の世で生きていた頃の感覚に囚われているようです。

 そう結論づけたところに今日もブランがやって来ました。


「邪魔するぞ」

「こんにちは。いらっしゃい」


 いつも通りに出迎え椅子に座るのを見届けてわたしはわたしの仕事をするだけ、それがここ最近のやりとり。だけどこの日はそうなりませんでした。


「あやつらに私の事を聞き回っていたそうだな」


 内緒にしていた訳ではない為すぐに彼の耳にも入ったようです。


「あ……もしかして気を悪くされましたか?申し訳ございません」

「別に構わん。……で、私には聞かずともよいのか?」


 まさか彼から直接問われるとは思ってもみませんでした。わたしの中ではもう解決した話ではありますが彼がそう言うのですから尋ねてみましょう。


「あの、最近こうして毎日わたしの所へ来ていますが何故ですか?」


 ただの気まぐれで、あの面倒くさがりの彼が毎日足を運ぶ筈は無いのです。半ば期待せずにいたら答えてくれる気はあったようで、横向きに座り顔だけを向けていたのを改めて正面に向き直りました。


「近頃のお前が以前とは違うように思える為、その理由を突き止めたくて観察していた」


 またですか。彼はわたしの何を見て「違う」と言うのでしょう。


「違うと言われましても……具体的には何が違うのですか?」


 問い返すと彼がその手をこちらに伸ばしわたしの手に触れてきます。今までと比べると随分控えめな接触ですね。


「……お前の反応が無さ過ぎて気になる」

「ですからもう慣れたのだと……」

「少し前から騒がなくなったのは知っている、だがそれでもまだ瞳には輝きがあった」


 そこからもう少し距離が縮まりわたしの瞳を覗きこんできます。


「今のお前の瞳は動きが無さ過ぎる……瀕死の獣すらしない瞳だ」

「いつから、そう見えると?」

「この間留守にして戻ってきてからだ。……低位の精霊にでも絡まれたか?」


 彼が気遣ってくれているのだとこの時初めて気が付きました。彼の予想そのものは見当違いですがあの時の内心の変化に気づかれてもいたのだとそれも衝撃でした。


「いえ、違います……少し寂しく感じただけです」


 精霊の彼にわたしの悲しさや寂しさは決して理解出来ないでしょう、言っても無駄な筈なのに聞いて欲しくなりました。


「人間は精霊を理解出来ないと同時に精霊も人間を理解出来ないのだと気付いたのです」

「どういう事だ」

「生き方も違えば時間の感覚も違う、わたしが過ごす残りの寿命なんてブラン達からしたらほんの一瞬程度でしょう? そのたった一瞬の事で悩んでいるなんて馬鹿らしいと思いませんか?」


 彼が黙ったままなのをいいことにただ内心を吐き出しました。心の奥で泥のように澱んでいた暗いこの気持ちを。


「……精霊にとっては馬鹿みたいな話でもわたしにとっては、人間にとっては違います。似ているのは外見だけで他は全く違う種なのに、こうして話が出来ると分かり合えるのではないかと期待してしまうのです。けれど理解されないまま一方的にそんな気持ちだけを持ち続けるのも苦しくて……」


 だから、心を閉ざそうとしました。彼らに踏み込まないように、理解されたいと望まないように。

 怒りを買うことのないよう静かに当たり障りなく生きていくだけにしようと。


「そういう訳ですから、これからはブラン達が何をしても何も言いませんからお気になさらないで」


 所詮彼にとってはただ疑問に思っただけの行動でそれが解決すればこの奇行も止むでしょう。わたしを心配していた訳じゃない、勘違いなんてしません。

 ……なのにどうしてそんな目でわたしを見るのですか。


「確かにお前の言う通りだ」

「では、この話はもう終わりで……」


 いつの間にか手を掴まれています。その場を離れる事も出来ません。


「ならば話せ」

「話せとは何を……むしろ私が手を離して欲しいのですが」

「全てだ。お前が何を考え、何を思い、何を求めているか。私に知らせろ」

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