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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
98/135

96:二つの理












 カインとリーゼファラス、二人の能力者がその名を告げた瞬間――世界は、軋むような悲鳴を上げながら変貌した。

二人の身から放たれた強大なる力の波動が、大きな脈動と共に全てを揺らし、波紋のように周囲の世界を塗り替えてゆく。

二人を中心とした円形に、しかし衝突する二つの波動は大地と空間を軋ませて、相手の全てを押し潰そうと鳴動する。

リーゼファラスの殺気によって後方へと弾き飛ばされていた三人は、その魂を砕かんとするほどの圧倒的な力と、瞬く間に変貌してゆく世界に、呼吸をする事すらも忘れて見入っていた。



「……あぁ」



 そんな中で、僅かにでも音を発する事ができたのは、アウルただ一人であった。

陶酔した様子で恍惚とした息を吐き出した彼女は、自らを照らす黄昏の光に思わず身悶える。

彼女達の周囲は――既に、その姿を完全に変貌させていた。


 遠景に輝くのは、黄金に輝く太陽。

大地を照らす美しき輝きは、その世界を余す事なく映し出していた。

リーゼファラスの世界を覆うのは、無数の木々。しかし、それだけの物体が存在しているにもかかわらず、黄昏の光は微塵も弱まる事はない。

何故なら、その木々は全て、水晶によって作り上げられていたからだ。

――黄昏の光に包まれ、照らされた水晶の森。それこそが、リーゼファラスの超越ユーヴァーメンシュ


 リーゼファラスの世界にして、リーゼファラスの願い、そして何よりも、リーゼファラス自身そのもの――それこそが、《神楯浄化・石化の魔眼グラウコーピス・ゴルゴネイオン》と名づけられた力のかたちであった。



「きれい……こんな、にも」



 アウルは、目を見開いたままに小さく呟く。

彼女の目に映っているのは、リーゼファラスの世界――リーゼファラスの中身・・とも呼べるものだ。

全てが透き通り、輝きに包まれた光景。アウルは何よりも、それを美しいと感じていた。

――そして、それと同時に。



「リーゼ様は透明で、カイン様は真っ黒で……本当に、綺麗」



 アウルの瞳には、カインの展開した世界も映し出されていたのだ。

広がるのは、漆黒の闇夜。その世界を唯一照らしているのは、天空に輝く紅の月であった。

血に染まった荒野と、その地面へと無数に突き刺さっている漆黒の刃。

それら全てが、これまでカインの食らってきた“死”そのものである事は、想像に難くないだろう。

どこか墓標を思わせるその光景の中、硬質な刃の翼に身を包むカインは、漆黒の大鎌を手に紅の瞳を笑みに歪める。

――全ての終焉が行き着く先、血と刃に包まれた墓標の丘。それこそが、カインの超越ユーヴァーメンシュ


 カインの世界にして、カインの願い。そして何よりも、カインに積もる総ての“死”――それこそが、《破滅渇望・冥府の王トーデストリーブ・タナトス》と名づけられた力のかたちであった。


 人としての在り方を、人としての限界を、人としての己自身を総て捨て去った先に辿り着く、最果ての理。

人の身では辿り着けぬはずの願いを抱き、断崖の果てにその姿を見据え、その境を飛び越えてしまった存在。

人でありながら、神格へと辿り着いてしまったもの。

――それこそが、超越者と呼ばれる存在であった。



「成程、実際に成って・・・みるまで実感は湧かなかったが……これが超越者ってモノか。確かに、大層な力だ――」



 姿かたちは変わらず、けれど決定的に存在が変貌してしまった事を理解して、カインは苦笑する。

そして――音すら霞ませるほどの速さで迫る拳に対して、片手で構えた大鎌を割り込ませていた。

刹那、衝撃と共に空間が揺れ、その余波だけで大地が砕け散る。

その拳を放った当人――リーゼファラスは、憎悪を抱きながらも冷静さを失わぬまま、輝く瞳でカインの顔を睨みつけていた。



「ははっ、やる気なようで何よりだ。流石は『最強の聖女』様って所か」

「――黙れ」



 大鎌の柄を蹴って飛び離れたリーゼファラスは、水晶の手甲に包まれた掌をカインへと向ける。

その瞬間、彼女の周囲に発生した無数の水晶が弾丸と化し、カインの世界へと向けて降り注いでいた。

今のカインならば理解できる。その力の一つ一つが、《将軍ジェネラリス》を滅ぼして余りある力を有しているのだと。

そしてそれほどの圧倒的な力ですら、まだ彼女の力のほんの一部に過ぎないのだと。



「くはははっ! それでこそだ、リーゼファラス!」



 その力に撃ち抜かれれば、例え己であろうとただでは済まない。

それを理解して、尚もカインは笑みを零す。

――その瞳が、紅く、輝いて。



「――だが、足りないな」



 小さな呟きと共に、漆黒の大鎌は振り抜かれ――ただその一振りだけで、降り注ぐ水晶の弾丸の大半が消滅していた。

余った弾丸は降り注ぎ、黒き荒野を爆ぜさせるが、それを意に介する事もなくカインは続ける。



「それじゃあ駄目だ。こんな物が、お前であるはずがない」



 そしてその言葉の直後、カインは一瞬で姿を消していた。

何かの動作がある訳でもなく、直立不動のまま消え去ったカイン。

けれどリーゼファラスは慌てる事なく、背後に振り返りながら手甲を構えていた。

瞬間、漆黒の大鎌がリーゼファラスへと向けて振り下ろされる。



「なあ、そうだろう! リーゼファラス!」

「ッ……移動の、能力!?」



 カインの攻撃を力任せに弾き返し、そのまま追撃するためにリーゼファラスは跳躍する。

しかし弾き飛ばされたはずのカインは、まるでコマ送りのようにそのまま後方へと移動し、体勢を整えてリーゼファラスを待ち構えていた。

対するリーゼファラスも、多少の距離など刹那の間に踏破し、瞬時にその拳を交える。

空間を穿ち迫る拳は、カインの構えた大鎌の柄と激突し、巨大な衝撃を周囲へと伝える。

以前であれば、カインがその一撃を防ぐことなど出来はしなかっただろう。

リーゼファラスの力は強大だ。人の領域を遥かに超えた上で、更に数多くの戦場で研鑽を積んできた存在である。

しかし、カインの力も決して劣る事はなかった。かつてのように大鎌を砕かれる事もなく、一歩も引く事なく互いの武器を重ね合っている。



「貴方の力……これほどまでに“死”の気配を漂わせているというのに、随分と小回りも利くものですね。ここで滅ぼしてしまうのが、少し惜しいぐらいです」

「はっ! 生憎と、滅ぼされる気は無いんでね!」



 皮肉った笑みと共に叫び、再び一瞬で距離を空けたカインは、大鎌を振り下ろして刃を地面へと突き立てていた。

瞬間――地面より発生した無数の刃が、リーゼファラスの身体を貫こうと殺到する。

その密度は、あまりにも強大だ。隙間無く埋め尽くすように放たれているにもかかわらず、一つ一つがかつての《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》と同等の威力を誇っているのである。

例え《将軍ジェネラリス》であろうとも、その一撃を喰らえば一溜まりもないだろう。

瞬時に喰らいつくされ、肉片も残さずに消滅する事になる筈だ。

だが――その刃を向けられたリーゼファラスは、一瞥すらせずにカインの事を睨み続けていた。

当然、漆黒の刃はリーゼファラスへと突き刺さり――



「――触れるな」



 ――その衣を、その肌を、一切傷つける事も叶わず停止していた。

強大な力に晒されたにもかかわらず、毛筋一本ほどの傷すらついていない。

先ほどからの攻防でも、彼女は一度として傷を負ってはいなかったのだ。



「成程、お前の力は防御特化って訳か」

「さて、どうでしょうかね。まあどちらにしろ――」



 拳を握り、リーゼファラスは駆ける。

水晶と戦姫の衣に包まれた今の彼女は、堅牢な要塞そのものだ。

ただ攻撃を繰り返すだけでは、彼女にまともなダメージを与える事はできないだろう。

それを知りながらも、カインは笑みと共に大鎌を構える。心底から楽しいと、そう告げるかのように。



「《女神》の愛を信じぬ貴方の理など、この世界に必要ありません」

「くははっ、話聞いてたかよ、リーゼファラス。俺は別に、あの《女神》サンの愛情とやらを疑った事はないぜ? 俺が言ったのはお前の事だよ」

「減らず口を!」



 周囲にある黒い刃を水晶へと変化させ、打ち砕きながらリーゼファラスは駆ける。

カインが取り込んだ“死”すらも水晶へと変えてしまうその力は、リーゼファラスの願いそのものだ。

超越ユーヴァーメンシュは、何処までも使い手の願いを正確に表している。



「実際、この目で見るまで正確な所までは分からなかったが……成程、納得だ。お前らしいじゃないか、その世界はよ」

「貴方には、言われたくありません」



 打ち掛かってくるリーゼファラスの拳を躱しつつ、カインは僅かに苦笑する。

全くと言っていいほど、否定できる要素が無かった為だ。

この世界は、全てが“死”に満ちている。あらゆる死因が、彼の中には蓄積している。

それら全てを貪欲に、余さず飲み込んだ世界。それこそが、カインの超越ユーヴァーメンシュなのだから。



「貴方の力は、貴方の認識したものを殺す・・事。あらゆる総てを殺害する権能――違いますか?」

「――くくっ、俺らしいだろう? だが、随分と色気のない捉え方だ」



 否定はせず、カインは笑みを浮かべる。

リーゼファラスが言い当てたとおり、カインの力はあらゆる存在の殺害権である。

リーゼファラスの弾丸を殺し、リーゼファラスの能力による干渉を殺し、自分と目標の間にある距離を殺した。

カインが邪魔だと、『死すべき』だと捉えたあらゆる総て――カインの力は、それらを殺し尽くす事ができる。

“死”を取捨選択する存在。“死”という終焉を押し付ける存在。死神タナトスを冠する、終焉の使徒。



「あっさり言い当てて貰ったが……成程、随分と観察してくれていたらしい」

「貴方がいつ、《女神》様の敵になるかは分かりませんでしたから。尤も、そうなって欲しくないとは、思っていましたがね」

「そいつは光栄な事だ。だが、見ていたのはお前だけじゃないぜ、リーゼファラス。俺は――お前の事を、見ていたぞ」



 ただの返し言葉。その口調は、さしたる意味のないいつも通りの軽口であったが――瞳に篭る意志は、カインらしからぬ真摯なものであった。

そして、その言葉を聞き――リーゼファラスは、己でも理解できぬ感情と共に、体を硬直させていた。

ほんの僅かな隙、それでもカインが打ち込むには十分すぎるそれを、彼はあえて見逃しながら声を上げる。



「お前は歪だ、リーゼファラス。防御に特化した能力は、《女神》の楯である事を望んだが故のかたち・・・だろう。穢れを侵蝕し水晶に変えようとする力は、《女神》に触れる穢れを排除しようとする意思――」

「当然です。私の総ては《女神》様の為に在る。あの方のために、私は人の理を超えたのだから」

「――そして、『きれいなもの』を見たいと望むアウルの願いを反映しているように思えるな」



 その、言葉に――リーゼファラスは、思わず絶句していた。

突拍子もない言葉に驚いたからではない。カインの言葉を、戯言だと否定しきる事が出来なかったからだ。

リーゼファラスにとって、アウルは数少ない――否、たった一人の存在であるといっても過言ではない。

ある程度距離の近い存在は他にもいるが、ミラとの間には互いが持つ力に対する意識が立ちはだかっているし、ジュピターは言わずもがなだ。

しかしただ一人、アウルだけは違う。出会い方こそ特殊であり、従者という形にはなっているものの、リーゼファラスにとってアウルは唯一の友人のような存在でもあるのだ。

故にこそ、己が超越ユーヴァーメンシュが、その願いを反映していないとは否定しきれなかったのだ。



「お前がその超越ユーヴァーメンシュを創り上げたのはアウルと出会う前だろうが、お前の力からはアウルに対する意識が見える。それはお前の内側と言っても過言ではない。ならば、アウルの願望にも合致してるだろうさ」

「それ、は」



 己が根底は揺らがない。己が願望は揺らがない。けれど、リーゼファラスは動揺する。

己でも自覚しきれていなかった感情と、それをカインによって見透かされてしまった事に対して。



「どうして、貴方が……そんな事を」

「言っただろう。お前が俺を見ていたように、俺もお前を見ていたのさ。そして同時に、疑問に思っていた。何故超越者となった――上位神霊と同等の存在になったお前が、この世界に留まっていられるのか。何故、奴らの『神域』とか言う領域に招かれないのか」

「それはっ、私がまだ、未熟で――」

「違うな。お前は、最適解を辿っているに過ぎないだろう。己自身を偽りながら、お前の願いを果たすための」



 ただ淡々と、カインはリーゼファラスの言葉を否定する。

リーゼファラスの力は、とっくに神域へと辿り着いていたとしても不思議ではないほどのものなのだ。

欠片の中でも最上位に近い格を有する《拒絶アブレーヌング》の力は、既にいくつかの上位神霊を凌駕していたとしても不思議ではない。

しかし、それでも事実として、リーゼファラスは神域に至っていないのは。

何故なら――



「お前が神域に至らないのは、《女神》の意志を曲解しているからだ。そしてお前は、それを理解しているはずだろう。誰よりも《女神》と《魔王》を信奉しているお前なら。それでも足を踏み入れようとしなかったのは、お前がお前の願いを、真に満たしきれていなかったからだ」



 ――リーゼファラスは、己の願いを果たすため、この地上に留まろうとしているから。

《女神》の意志を正確に理解し、それに従っていたならば、彼女はとっくの昔に神域へと至っていたのだから。

だからこそ、リーゼファラスはあえて《女神》の為と独りよがりに解釈し、この地に留まっていたのだ。

リーゼファラスは、カインに打ちかかる事も忘れて、その場に呆然と立ち尽くす。


 何故なら、リーゼファラスの願いは。



「『自分を理解して欲しい』――それが、こんな透き通った世界を創り上げた、お前の根本となる願いだろう」



 ――水晶に包まれた透明な世界の中心で。

 ――何よりもリーゼファラスを理解し尽くした言葉が、彼女の魂に突き刺さっていた。





















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