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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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98:急転












 その音を聞いたとき、カインとリーゼファラスは驚愕と共に意識を戦闘態勢へと戻していた。

音の響いた距離は、そう近いという訳ではない。

超越者にとっては一瞬で踏破出来る距離であるとは言え、そこは二人にとっては己の領域内に等しい場所。

そこに異物が入り込んでいたにもかかわらず、これまで気付く事ができなかったのだ。

これは、肌に触れられていながらその感触を感じ取れなかったという事と等しい。

一体何故、一切関知する事が出来なかったのか――その意識と共に警戒心を高め、カインたちは振り返る。


 ――そこに、一人の少年が立っていた。



「いやぁ、本当に凄いよ。素晴らしい。これほどまでに綺麗な世界を創れるなんて、僕としてもびっくりだ」

「お前は……」

「アルベール、でしたか。一体、何故ここに」



 テッサリアまでついてきた事は覚えている。

だが、それ以降は行方をくらませており、更に切迫した戦況のせいで誰もが彼の存在を忘れていたのだ。

状況が状況なだけに、気を配る事ができなかったのは事実だ。

しかし、何であったとしても――この少年がこの場所にいること、それ自体がありえないのだ。

テッサリアからコーカサスまで向かった車はリーゼファラスたちが乗ってきたもの以外には存在せず、もしも乗っていたのであればリーゼファラスやアウルが気付かないはずがない。

かと言って、たった一人が徒歩で踏破出来る距離であるかと問われればそれも否だ。

さらに、短い時間でこの場まで到達する事は不可能であり、アルベールがこの場に存在する事自体がありえないのである。

――普通に考えれば、であるが。


 そんな二人の疑問など気にも留めた様子はなく、拍手を終えたアルベールは、ニコニコとした笑顔のまま声を上げた。

酷薄な、感情を読ませぬ芝居がかった笑みと共に。

しかし、その声音の中には、確かに言葉通りの賞賛が含まれていた。



「ここまで来た甲斐があった。君たちに目を付けてよかった。本当に素晴らしい、素晴らしいよ」

「質問に答えなさい。何故貴方がここにいるのですか。そして……どうやって、この場まで辿り着いたのですか」

「ある程度の想像は出来るが……お前さんの力の事は、全く知らんしな」



 鋭い視線で詰問するリーゼファラスと、肩に大鎌を乗せたまま視線に警戒の色を滲ませるカイン。

その二つの視線は、込められた圧力だけで人間を粉砕して余りあるだけの力が含まれている。

しかし、アルベールはそれらの視線を真っ向から浴びながら、それを苦もなく受け流していた。

相変わらず気配の読めぬ少年ではあったが、その様を見て二人は確信する。

力の位階は、自分達と等しい領域にまで達していると。



「あはは! 大した事じゃないさ。僕はここにいる、それが事実なんだから。過程なんて気にしても仕方ないだろう?」



 クスクスと笑うアルベールは、芝居がかった調子で両腕を広げ、声を上げる。

二人の超越者からの威圧もものともしない彼に対し――リーゼファラスは、軽く嘆息して肩を竦めていた。

彼に対して、脅しは意味を成さないと、これまでの会話から理解したのだ。



「ならば、質問を変えましょう。貴方は何故、今ここで私たちに接触してきたのですか」

「それは当然、君たち・・・が素晴らしかったからさ。君たちなら、僕の目的を果たしてくれると……そう確信した。だからこうして顔を出したのさ」

「目的、ね」



 呟き、カインは視線を細める。

二つの超越ユーヴァーメンシュを目にして平然としているだけでなく、それを前にこのような言動に出られる胆力。

アルベールは、まるで緊張していない。それが演技であるならば大したものであるが、少なくともカインの目からは自然体にしか見えなかった。

もしも己がその立場にあったとして、果たして二つの理を前に、これほど余裕を保ったままでいられるのか。



(コイツは一体何だ、コイツの目的とは一体何だ。俺たちに対して、一体何を求めている?)



 少なくとも言える事は、カインとリーゼファラスが、あるいは二人の力が、少年の目的に影響を及ぼすという事。

警戒心を滲ませたまま、カインは声を上げる。



「その目的とやら、教えて貰えないかねぇ」

「ざーんねん。それは秘密なんだ。けどきっと、君たちは僕の目的を果たしてくれる……だから、言わないよ」

「言ったら邪魔されるかもってか?」

「さて、それはどうだろうね」



 笑みながら告げるアルベールに、カインは僅かに舌打ちする。

視線の先の少年が、自らの腹の内を隠すタイプの人間であり、そこを突かなければ決して動揺しないタイプであると理解したのだ。

しかし、ヒントもなしに辿り着けるものでもなく、カインはわずかに嘆息する。

この少年相手では、力ずくで聞き出そうとしても答えはしないだろう。

リーゼファラスもそれを感じ取っていたのか、眉根を寄せつつも質問を切り替えていた。



「では、質問を変えましょう。貴方は、我々の敵ですか?」

「君にとっての敵は、《奈落の渦》の事かな。それだったら、僕は違う。あの連中と組むような事はないよ。証拠を見せようか?」

「証拠? ええ、あるならば見せて貰いたいものですが」



 何を以って証拠と言うのか理解できず、リーゼファラスは怪訝そうに表情を歪める。

だが――その表情も、次の瞬間には驚愕に染まる事となった。

何も持っていなかったはずのアルベールの右手。そこに、一つの物体が姿を現したからだ。

まず見えたものは銀色の糸。紅く染まったそれは、未だに同じ色の液体を流し続けている。

その紅の合間に見えるものは、褐色の何か――



「なッ!?」

「そんな、馬鹿な……!」



 その正体を理解した瞬間、カイン達が発する事ができたのは呻くような驚愕の声だけであった。

しかし、それも当然だろう。何故なら、アルベールの手の中にあったのは、星天の王そのものだったからだ。

円形にくり貫かれたかのように右半身がごっそりと消失しているその体は、再生どころか小さな反応すら見せる事がない。

超越者と同格の存在である以上、常識外れの復元能力を持っていたはずなのだが、それが作動する気配はなかった。



「ほら、この通り。《渦》の親玉は、僕が潰してしまいましたとさ」

「おい、おい……本物かよ、本当に」

「……穢れの気配が消えています。正直な所、偽者と言われた方が納得できますが」



 周囲は超越ユーヴァーメンシュの力によって変質しているため、《奈落の渦》が消えたかどうかを判別する事はできない。

だが、この状況下において星天の王が姿を現していない事はリーゼファラスにとっても疑問であり、彼の宿敵に何かしらあったのではないかと考えていた所だったのだ。

素直に信じる事など出来るはずもないが、一言で切って捨てられるほど言葉を飲み込んでいない訳でもない。

――目の前の少年から、徐々に高まる力を感じ取っていたが故に。



「どうやら、その穢れは……貴方が喰らったようですね。欠片の力によって覆い尽くされて、これまで気付けませんでしたが……」

「欠片と、《奈落の渦》の力。そんなモンが同居しているなんて、聞いただけじゃ信じられないが……随分と、多彩な能力のようで」

「あはは、お褒め頂き光栄だよ、死神さん。でも、君のように純粋に一点を追い求めているほうが、人にとっては美しく見えるものさ」



 言葉の上では穏やかに、アルベールはそう告げる。

けれど、星天の王の死体を片手に持っていたままでは、好印象など抱けるはずもなかったが。

更に言えば、穢れを取り込んだ時点でリーゼファラスにとっては滅ぼすべき宿敵だ。

例え星天の王を倒した功績があろうとも、リーゼファラスには穢れの存在を認める事などで気はしない。

それを祓えるのならば即座に祓えと、リーゼファラスは口を開こうとして――その刹那、アルベールの頭部が粉々に吹き飛んでいた。



「ッ……!?」

「おい、確かに死んでたと思ったんだが……俺の目に死を欺くってのはどういう事だ」



 頭部を失い、地面に崩れ落ちるアルベール――そして、それと共に地面に落ちた星天の王。

《奈落の渦》の首魁の瞳は、薄っすらとながら開かれていた。

僅かに残った力を振り絞り、アルベールの頭を消し飛ばした星天の王は、地面に赤い泉を作りながらも薄っすらと笑みを浮かべる。

そして彼の瞳は、ゆっくりとカイン達の方へと向けられた。

僅かに喉が震えるが、声は出ない。既にそれだけの力すら残されていない星天の王は――その瞳に、憐憫の色を浮かべていた。

口元に浮かぶ笑みは嘲笑へと変わり――



「駄目じゃないか、敗者は大人しくしてないと。まあ、もうお仕事も終わりな訳だし、ゆっくり休んでくれてもいいんだけどね」



 ――次の瞬間、星天の王の頭部はアルベールの振り下ろした踵によって踏み砕かれていた。

確かに頭部を砕かれ、その場に倒れていたはずのアルベールは、何事もなかったかのように――それこそ、血の跡すらも残さずに、その場に立っていたのだ。

驚嘆すべき事は、その再生の瞬間すら誰も認識できなかったという事。

目の前に立っていたカインたちですら、いつ能力が発動したのかを察知できなかったのだ。

だが、リーゼファラスには一つだけ、認識できた事があった。



「事象、改変……? 現実を、書き換えた?」



 確証のない、小さな思い付きのようなものではあったが、リーゼファラスは己の荒唐無稽な思い付きを否定する事が出来なかった。

事象の改変とは即ち、今認識している世界そのものを改変し、己の望む結果を生み出す能力だ。

《魔王》の力はこれに近く、彼の存在は因果律の操作によって現実を書き換える力を持つ。

今アルベールが復活した事象で言うならば、己が死んだという現実を、己が生きているという状態に書き換えたのだ。

その場合、アルベールは最初から生きていたという状態に世界は書き換えられるため、カインたちにもアルベールが復活する瞬間を認識することが出来ない。

彼は最初から生きていたのだから、復活する瞬間など存在するはずがないのだ。


 呆然と、その力の性質を口に出したリーゼファラスに対し、アルベールはただ小さく笑みを浮かべる。

酷薄で、込められた感情の知れぬ、不気味な笑みを。



「さて、僕が敵かどうかと、そう問うたね」

「…………」

「ならば、僕はその問いに是と答えよう。僕は、全人類の敵・・・・・だ」



 刹那――黒い闇が、少年の身より立ち上った。

それは正しく、これまでリーゼファラスたちが相手にしてきたもの。

《奈落の渦》の力に他ならぬ物であった。



「僕は僕の為に、世界を喰らい尽そう。総てを奪い、総てを飲み込もう。その果てに、辿り着くために」



 そう嘯いて、アルベールは嗤う。

立ち上る力は、欠片の力とは正反対のもの。しかし、それを完全な形で操りながら、少年はただ酷薄に笑む。

その力を前にして、カインは久方ぶりの戦慄を覚えていた。

この少年は、無傷で――まるで消耗する事もなく、星天の王を圧倒したのだ。

星天の王の力はリーゼファラスとほぼ互角であり、カインの力もそれに近い。

即ち――アルベールの持つ力は、確実に自分達以上であると言えるのだ。



「だが――」



 同時に、チャンスでもある。

超越ユーヴァーメンシュに辿り着いたカイン、そして彼と同等以上の力を持つリーゼファラス。

一対一では難しいとしても、二人がかりならば上回れる可能性は十分にある。

今、この瞬間。星天の王との戦いで、多少なりとも力を消費したと思われるアルベールを、仕留める事が出来るならば――



「――ここで、終われッ!」



 ――叫び、距離を、空間を、時間を殺す。

振り下ろされる攻撃は飛び出した瞬間と完全に同時。

リーゼファラスでさえ躱し切れない速さと共に、カインの大鎌はアルベールに喰らいつき――



「――まずは手始めに、僕は君たちの仇敵となろう」



 カインがその身体を両断した瞬間、アルベールの姿は別の位置に存在していた。

――後方で、ミラたちを護るように立っていた、アウルの眼前に。



「アウルッ!!」



 リーゼファラスが、絶叫と共に手と力を伸ばした事も。

 アウルが、驚愕に目を見開きながら反射的に刃を振るった事も。


 アルベールが、その指先で触れたアウルの胸に、拳大の風穴を開けた事も。


 ――総ては同時に起こり、そして同時に終わっていた事であった。





















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