悪役令嬢と皇太子の痴話喧嘩を、騎士団長は今日も楽しんでいる
「……また始まったな」
騎士団長グレンは、王宮の廊下から庭園を眺めながら呟いた。
視線の先には、オリヴィアとクリストファー。
「オリヴィア! なぜ私を避ける!」
「避けてません。必要最低限しか関わってないだけです」
「それを避けていると言うのだ!」
「殿下、私たちの契約書を読み直してください」
「契約書を燃やしてしまいたい!」
「器物損壊ですね。通報しますよ」
「妻に通報される皇太子など聞いたことがない!」
「私も初めて見ました」
グレンは無言で紅茶を飲んだ。
「……面白いな」
隣にいた副団長が呆れた顔をする。
「団長。止めなくていいんですか?」
「なぜ?」
「殿下ですよ?」
「だから?」
「一応、皇太子殿下です」
「知っている」
「……オリヴィア様、かなり怒らせてますけど」
「知っている」
「殿下もかなり嫉妬してますけど」
「それも知っている」
グレンはニヤリと笑った。
「だが、俺には関係ない」
「ですよね」
「むしろもっとやれ」
「ですよね」
二人の意見は一致した。
そのとき。
「グレン様ー!」
オリヴィアがこちらへ走ってきた。
「おう」
「今日も素敵な筋肉ですね!」
「ありがとう」
「触っていいですか!?」
「いいぞ」
「団長!?」
副団長が悲鳴を上げる。
しかし、その瞬間。
「……触る?」
背後から地獄のような声がした。
クリストファーだった。
「…………」
「…………」
「…………」
グレンはオリヴィアを見る。
オリヴィアはグレンを見る。
そして二人でクリストファーを見る。
「殿下」
「なんだ」
「筋肉に嫉妬してるんですか?」
「していない」
「顔が怖いですよ?」
「していない!」
グレンは吹き出した。
「はははは!」
「笑うなグレン!」
「いや、すまん。殿下が筋肉に嫉妬するとは思わなくてな」
「していないと言っている!」
「じゃあ俺の筋肉を見ても平気だな?」
「当然だ!」
グレンは上着を脱いだ。
「では、どうぞ」
「…………」
クリストファーの目が泳ぐ。
ムキムキ。
腹筋。
胸筋。
腕。
完璧な騎士団長ボディ。
「……卑怯だぞ」
「筋トレしただけだが?」
「私だって鍛えている!」
「では見せればいい」
「……!」
クリストファーが上着に手をかける。
オリヴィアが止めた。
「殿下」
「なんだ!」
「王宮です」
「…………」
「脱がないでください」
「…………そうだな」
グレンは腹を抱えて笑った。
「ははははは!」
「グレン!」
「いや、悪い。楽しくてな」
オリヴィアも頷く。
「私も楽しいです」
「お前は私の妻だろう!」
「まだ契約上だけです」
「契約上は妻なのだろう!?」
「ATMと契約者みたいなものです」
「夫婦を金融商品にするな!」
グレンはさらに笑った。
「殿下」
「なんだ!」
「そろそろ認めたらどうだ?」
「何を!」
「オリヴィア様が好きなんだろ?」
「…………」
沈黙。
オリヴィアが首を傾げる。
「え?」
クリストファーの顔が真っ赤になる。
「ち、違う!」
「違うんですか?」
「違う!」
「じゃあ私、グレン様とお茶してきますね」
「待て!!」
「ほら」
グレンが笑う。
「答え出てるじゃないか」
「うるさい!」
オリヴィアは二人を眺めて、ぽつり。
「……殿下って、意外と面白い人だったんですね」
「今さら気づいたのか!?」
「はい」
「…………」
クリストファーは頭を抱えた。
グレンは満足そうに紅茶を飲んだ。
(今日も王宮は平和だな)
そして翌日。
クリストファーが筋肉痛で公務を休んだことを知ったグレンは、
「昨日の勝負、俺の勝ちだな」
と、嬉しそうに笑った。




