愛されないのが最高な悪役令嬢、愛したくなった王子がめんどくさい
「オリヴィア」
「はい?」
「今日の夜、空いているか?」
「空いてません」
「……なぜだ」
「推しの騎士団長の誕生日会です」
「お前の夫は誰だ?」
「殿下ですけど」
「なら私を優先しろ!」
「なんでです?」
「夫だからだ!」
「でも殿下、私のこと愛さないんですよね?」
「…………」
「婚約発表の直後に言いましたよね?」
「……言った」
「じゃあノーカンです」
「夫婦にノーカンとかあるのか!?」
「あります」
「ない!」
「あります」
「ない!」
「じゃあ離婚します?」
「嫌だ!」
「なんで!?」
「…………」
クリストファーは固まった。
自分でも分からなかった。
なぜ嫌なのか。
ただ――
オリヴィアが他の男と楽しそうにしているのが、ものすごく腹立たしい。
「……その騎士団長というのは、そんなにいい男なのか?」
「はい!」
「私より?」
「はい!」
「即答するな!」
「筋肉がありますから」
「私にもある!」
「見せてもらったことありません」
「今から見せる!」
「何で!?」
「腹筋だ!」
「見たくないです!」
「見ろ!」
「嫌です!」
「なぜだ!」
「私は殿下の筋肉に興味ありません!」
「…………」
クリストファーは死んだ。
精神的に。
「……そうか」
「はい」
「私の筋肉には……興味がないのか」
「ないです」
「…………」
「殿下?」
「……鍛える」
「え?」
「今日から鍛える」
「何を?」
「全身だ!」
「何と戦ってるんですか!?」
---
翌朝。
「殿下!?」
「……ふっ」
クリストファーが王宮の廊下を走っていた。
「朝から何してるんですか!?」
「走っている!」
「見れば分かります!」
「騎士団長には負けん!」
「何の勝負!?」
「筋肉だ!」
「だから何で!?」
そこへグレン騎士団長が通りかかった。
「おはようございます、殿下」
「グレン!」
「はい?」
「腕立て伏せ、何回できる?」
「五百回ほど」
「…………」
「殿下?」
「……八百」
「え?」
「私は八百回だ!」
「無理ですよ!」
オリヴィアが叫ぶ。
しかしクリストファーは止まらない。
「一!」
「二!」
「三!」
「頑張ってください殿下!」
「オリヴィア!」
「はい!」
「私を見ていろ!」
「はい!」
「よし!」
「一!」
「二!」
「三!」
「四!」
「五!」
「…………」
「殿下?」
「…………」
「倒れた!?」
「殿下ぁぁぁ!!」
---
その日の午後。
クリストファーはベッドに寝ていた。
「情けないですね」
「誰のせいだ……」
「殿下が勝手に張り合ったんでしょう」
「……お前が悪い」
「私?」
「お前がグレンを褒めるからだ」
「じゃあ褒めます」
「え?」
「殿下もかっこいいですよ」
「…………」
クリストファーの顔が真っ赤になる。
「……本当か?」
「はい」
「どこが?」
「顔」
「顔だけ!?」
「あと皇太子っぽいところ」
「それ褒めてないだろ!」
「じゃあ筋肉も」
「本当か!?」
「見てないですけど」
「見ろ!」
「嫌です!」
「なぜだぁぁぁ!!」
王宮中に皇太子の悲鳴が響いた。
---
そして翌日。
「オリヴィア」
「はい?」
「お前の誕生日には、何が欲しい?」
「領地」
「却下」
「じゃあ自由」
「却下」
「じゃあ離婚届」
「却下!」
「なんで!?」
「……」
クリストファーは真剣な顔で言った。
「私は、お前と離婚するつもりはない」
「……」
「お前が誰を好きでも構わない」
「はい」
「私が誰を好きだったとしても」
「はい」
「……これからは」
クリストファーは少しだけ目を逸らした。
「お前の隣にいるのは、私がいい」
「…………」
オリヴィアが固まる。
「殿下」
「なんだ」
「熱あります?」
「ない!」
「頭打ちました?」
「打ってない!」
「グレン団長に何か言われました?」
「何も言われてない!」
「じゃあ――」
オリヴィアは真顔になった。
「恋愛イベント発生してません?」
「……」
「嫌です!」
「なぜだ!?」
「私、今の生活気に入ってるんです!」
「私は気に入られていないのか!?」
「殿下はATMとして優秀です!」
「褒めてないだろう!」
「今後ともよろしくお願いします!」
「私はATMではない!!」
その様子を遠くから見ていたグレン騎士団長が、ぽつりと呟いた。
「……殿下、完全に惚れてるな」
侍従が頷く。
「はい」
「面白くなってきた」
「はい」
こうして。
誰よりもこの状況を楽しんでいる男が、一人増えた。




