第35話 藤堂機械店の再建と新しい仲間た
「おかえり、煌お兄ちゃん!」
タクシーから降りた瞬間、甲高い歓声と共に八百屋の娘ミナが駆け寄ってきた。
小さな両手で煌の作業着の裾をぎゅっと握りしめ、見上げる大きな瞳を潤ませている。
「ミナ……」
「ずっと、ずっと待ってたんだよ! お店、商店街のみんなでお掃除したの! 煌お兄ちゃんとおじいちゃんが、いつ帰ってきてもすぐに仕事ができるようにって!」
煌は堪えきれず、袖口で目頭を強く押さえた。
「……ただいま、ミナ。ありがとうな」
掠れた声で呟いた煌の隣で、鉄心が杖をつきながら、静かに、温かく目を細めていた。
*
藤堂機械店の再建の日々は、地道で、そしてどこまでも温かかった。
以前より機材は減り、作業場には最低限の工作機械と作業台しかない。だが、それで十分だった。
煌と鉄心が二人で作業場に立ち、壊れていた作業棚を木材から削り直して修繕し、散らばっていた工具を一つ一つ油で磨き上げて工具箱に並べていく。鉄心が金槌で釘を打つ小気味よい音が、静かな店内に規則正しく響き渡る。
テンも大忙しだった。
小さな体で作業台の上を駆け回り、床に落ちたミリ単位の六角ネジやワッシャーを器用に口にくわえては、工具箱の横に綺麗に並べていく。時折サイズを間違えて煌に「それ三ミリじゃなくて四ミリだぞ」と突っ込まれると、耳をぺたんと倒して申し訳なさそうにし、作業場に温かな笑い声が生まれた。
近所の人々も次々と顔を出してくれた。
中華料理屋の親父が「これ壁の補修板に使え」と頑丈な集成材を持ち込み、電器屋の主人が天井の照明配線を引き直してくれた。八百屋のおばさんが握り飯と具だくさんの豚汁を鍋ごと差し入れ、「無理しちゃ駄目だよ、煌ちゃん」と優しく笑いかけてくれる。
機械油の匂い。研磨した金属の匂い。そして、鉄心が淹れてくれる濃い緑茶の湯気。
それらが混ざり合い、藤堂機械店に再び「生きている時間」が戻ってきた。
*
ある晴れ渡った朝、松葉杖の取れた煌は、テンを肩に乗せて散歩に出た。
向かったのは、街外れにあるあの古いコンクリート橋だった。
半年前と変わらない川のせせらぎ。
欄干に残る色褪せた落書きに、煌はそっと指先を触れた。腕が四本、足が六本、頭からビームが出るという、子供じみた「最強のロボット」。幼馴染のユウキと二人で、日が暮れるまで夢中になって描き殴った絵だ。
テンが欄干の上にひょいと飛び乗り、下を流れる川面を覗き込んだ。
半年前と同じように、水面に映る自分の姿に小首を傾げている。
煌も並んで、川面を覗き込んだ。
水面に揺れる自分の顔。右の頬には戦闘の傷跡がかすかに残り、精悍になった目元には、半年前の空虚な迷いなど微塵もなかった。
「……変わったよな、俺たち」
テンが「キュッ」と短く鳴き、同意するように頭を上下に振った。
スマートシティの発展から取り残され、世界を拒絶して孤独に閉じこもっていた少年は、もういない。
仲間と共に戦い、大切な家族を取り戻し、自分自身の手で未来を切り拓く強さを手に入れたのだ。
「帰ろう、テン。店でじいさんが待ってる」
*
昼過ぎ、作業場で設計図に向かっていた煌の耳に、聞き覚えのある足音が届いた。
「煌、客だぞ」
奥の居間から鉄心が声をかけてくる。
振り返った煌は、入口に立つ二つの人影を見て、思わずペンを取り落としそうになった。
「よう、煌」
真島ユウキだった。
かつて「ホロウ・シンドローム」に心を蝕まれ、虚ろな目をしていた幼馴染の瞳には、かつてのような力強い生命の光が満ちていた。
そしてその隣には——
「久しぶりね、煌」
銀髪をふわりと揺らし、悪戯っぽく微笑むナターシャの姿があった。
「お前ら……なんで一緒に?」
「途中の駅前でばったり会ったのよ。この子が道に迷ってキョロキョロしてたから、案内してあげたの」
ナターシャが肩をすくめると、ユウキが居住まいを正し、真っ直ぐに煌を見つめた。
「煌。俺、お前の言葉をずっと考えてたんだ。『最後に楽しいって思ったの、いつだ』って」
「ユウキ……」
「答え、見つかったよ。俺も——お前みたいに、自分の手で何かを生み出したい。この店で、俺を一から鍛えてくれないか」
驚く煌の前に、今度はナターシャが一歩進み出た。
「私も同じお願いよ。組織は正式に抜けてきたわ。私、整備士になりたいの。あんたに教えてもらって……誰かのために機械を直すことの温かさを知ったから。それに、放っておいたらあんた、また無茶するでしょ?」
「しねえよ!」
「するに決まってるわ」
二人のやり取りに、テンが尻尾をパタパタと振って嬉しそうに飛び跳ねた。
煌は振り返り、腕を組んで立っている鉄心を見た。老匠は口元に優しい笑みを浮かべていた。
「賑やかになりそうだな。お前が決めろ、煌。この店はお前のものだ」
煌は深く息を吸い、満面の笑みを浮かべた。
「いいぜ、二人とも! ただし、俺の指導は鬼のように厳しいからな。覚悟しろよ!」
「望むところだ!」
「ふん、生意気ね」
作業場に、晴れやかな笑い声が満ちた。
「そういえばさ」
ユウキが壁の黒板を指さしながら、少年のように目を輝かせた。
「覚えてるか? 昔、橋の上に描いたあの最強のロボット。……今のお前と俺たちなら、本当に作れるんじゃねえか?」
煌は胸が熱くなるのを感じた。
「ああ……。約束、果たすか!」
十年越しの幼い夢が、今、確かな現実として動き出そうとしていた。
その時だった。
鉄心の鋭い視線が、ナターシャの胸元で揺れる銀の月型ペンダントに、釘付けになっていた。




