013
一限目が終わると、有栖川は宣言通り教室にやってきた……。
どんなテンションで来るのか心配だったのだが、意外にも普通だった。
「ごきげんよう。高井さん、龍ヶ崎さん」
「よ、よう……」
「よろしければ、私とお話しませんか?」
「い、いいけど」
隣の早瀬は絶句して言葉が出ないようで、口をパクパクとさせている。
「女性を立たせたままってのもアレだな。有栖川、俺の席に座れよ」
そう言って、榊は有栖川に自分の席を譲った。
「まあ、お心遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
有栖川は小さく一礼をして、龍ヶ崎の席についた。
「た、高井きゅん? これは一体、どういう状況!?」
どういう状況って言われてもな……。なんて言えばいいんだ?
「私、前からお二人に興味があったんです」
有栖川の天真爛漫な笑顔に早瀬は「ぶほ!」と変な声を漏らした。
「興味? しかも前からって!」
「以前と雰囲気が大きく変わったでしょう? それも、とても素敵に」
「わかる! 二人とも一気にアイドル感出たよね!」
有栖川たちは本人を目の前にして、俺たちのイメチェントークで盛り上がり始めた。
どんな気持ちで聞いていればいいのだか……。
「ちなみにファン第一号は私だからね!」
そうなの!? ていうか何!? そのマウント!
「それは素直に羨ましいです! 私も高井さんたちと同じクラスだったらもっと良かったのに」
「残念だったな」
榊がそう言うと、有栖川は一瞬、鋭い目つきで榊を睨んだような気がした。
「お父様に頼んで、クラス替えしてもらおうかしら」
「……冗談だよな?」
「冗談ですよ?」
コイツ……。
本当に冗談だろうな……。
有栖川ならやりかねない気がするのだが……。
それから、俺と榊は女子二人の会話をただ聞いているだけのような状態が続いた。
「早瀬さんと仲良くなれて嬉しいです。それに、高井さんと龍ヶ崎さんのことも知れて」
「わ、私も! 有栖川さんとの話せて本当に良かった! 夢みたいだよ!」
早瀬の荒い鼻息がこちらにまで伝わってくる……。
「あの、高井さん」
「な、なに?」
何か変なこと言うとしてる?
「高井さんは……私のこと知れてどうでした?」
「……良かったよ」
「そうですか! ふふ、嬉しい。それでは、また、次の休み時間に」
「おい……ちょっと待て」
俺は親指で篠崎の方を指した。
「全然! 見てないよ!? こっち!」
「はて、なんのことでしょう?」
有栖川の顔は引きつっている。
そして、去り際に一言残した。
「よし、次はもっとボディタッチを増やそう」
「は? お前、今なんて!」
有栖川の戯れは毎回行われた。
時には肩に触れ、時には恋愛話をしたり……。しかし、一向に篠崎は関心を示さなかった。
そして、有栖川も徐々に焦りだし、終いには……
「高井さん! 龍ヶ崎さん!」
有栖川はぎこちない投げキッスをしようとしたので、全力で止めに入った。
昼休みになり、俺と榊は有栖川が来る前に教室を出て中庭へ向かった。
今日はもう疲れた。
「……有栖川はいつまで続ける気なんだろう」
「そりゃあ、篠崎が悔しがるまでだろ」
本当にそんな日が来るのだろうか。そもそも、そんなことをしてアイツの気分は晴れるのか?
やはり、ここは俺たちが目的を示してやらないといけないのかもしれないな。
「つってもなぁ……」
「どうしたんだよ。黒木」
「どうしてやればいいのか悩んでる。正直、現状のまま進んでも意味ない気がしてさ。アイツはどうすれば納得するんだろう」
「赤西に謝ることができれば、だろ」
「……アイツはさ、篠崎と友達になってたじゃん? なんで、そのままあのグループにいようとしなかったんだろう。俺たちに接触するより、赤西から近い位置にいられるのに」
「近すぎたんじゃないか?」
……近すぎるか。かつて自分が傷を付けた相手が目の前にいる、それはどんな気分なのだろう。
羽白も湖月を目の前にすると不安定になっているようだし。謝るチャンスだとかそんな考えにはなれないのだろう。
「そもそも、篠崎を悔しがらせてその先に赤西へ続くもんなのかな」
「有栖川はどうかわからないが、龍ヶ崎とは接点を持つだろうな」
「あっ」
龍ヶ崎と篠崎。今は中身は違うけれど、見た目でいえばかつての自分がもう一度、篠崎と接点を持つことになる。その先にあるのは、龍ヶ崎の人生のやり直しだ。
「ところで、黒木。お前はどうなんだ? 赤西のこと」
「またかよ」
「推しなんだろ? ちなみにどういうところに惹かれたんだ?」
ちょうど、中庭に着いたので、俺は自販機で缶コーヒーを買うことにした。
「やっぱり、真面目で優しいところだな。あの真面目さって現実じゃありえないだろ? だから、ずっと正しくあろうとする姿勢に惹かれたのさ。まぁ、そのせいで不器用なところもあるんだけど。それがまた可愛いじゃん。決して完璧ではないけれど、それでも自分を失わずに自分であり続けようとする。そんな赤西が俺は好きなんだ」
自販機から缶コーヒーを取り出して振り返ると、榊の後ろに顔を真っ赤にした赤西が立っていた。
「赤西!?」
榊も振り返る。
「え、えっとえーっと」
赤西は顔を手で抑えて走り去っていった。
まずい! 今の反応、話聞かれたか!? そうに違いない!
「榊……」
「本当に……すまない。気がつかなかった」




