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ワンダフルコネクト ~エミルとドラゴンのアドベンチャー~  作者: 稲葉トキオ
第4章 エミル・スターリングと新たな英雄の誕生

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第252話 エミルの追憶

 花の塔の最上階――寄生植物を植え付けられたベルディアに襲われたユーリたちの前に現れたのは……


 グレートコロニーのギルドマスター、アンリ。そして、反対側の魔法陣から現れたのは、その副官マグニフ。さらに――彼の腕の中には。


「むーっ!」


 口を押さえられたエイミーが、捕らえられていたのです。


「『エイミー!』」「エイミーちゃん!」


 ユーリとクリス、そしてしりもちをついたままのアリエスの声が重なりました。


 それぞれが、それぞれの時間の中で、エイミーとの絆を育んできたからこそ――その名を呼ぶ声には、強い想いが込められていました。


(これまで得た情報を総合すると、黒幕はグレートコロニーのトップ……でも……)


 エイミーが人質に取られているという最悪の状況でも、ユーリは剣を構えたまま、必死に思考を巡らせます。


 自分たちを挟み込むように立つアンリとマグニフ。その二人は、どちらもうつろな目をしており、口元からは植物のツタがわずかに見え隠れしていました。


 ――エイミーのときと同じだ。つまり、この二人もまた寄生植物に……


「どういうこと……? あの二人も、あやつられてるってこと……? じゃあ、黒幕っていったい……?」


 しりもちをついたままのアリエスは、混乱を隠せないようすでぱちぱちと大きなひとみを瞬かせながら、言葉を震わせ状況を必死に飲み込もうとしていました。


 ふわりとひろがったピンクの髪が肩から背中にかけてやわらかく揺れ、もこもこのセーターの下で豊かな体つきがむにっと沈み込んでいます。本人はいたって真剣そのものなのに、その丸く愛らしい表情と、無防備な座り姿のせいで、張りつめた空気の中にほんのわずかなやわらかさが混じってしまっていました。


『わからない……。なんにせよ、エイミーを人質に取られている以上、うかつに手は出せない!』


 クリスの声もまた、緊張に張りつめています。


「エイミーだけがここにいるってことは……ほかのみんなは、まさか……!」


 アンリたちが現れた二つの魔法陣。それは、ユーリたちが通ってきたものと同じく、下の階とつながっているはずでした。


 本来なら――そこから、散り散りになっていた仲間たちも現れるはず。


 なのに……ここにいるのは、エイミーひとりだけ。


 その事実が、ユーリの胸に重くのしかかります。


(まさか……みんな……)


 最悪の想像が、頭の中をよぎったその瞬間――


 カラーン……


 最上階の広間に、乾いた音が響きました。


 ユーリの手から、剣と杖がすり落ちたのです。


 そして――


 ドサッ。


 そのまま、両ひざを床についてしまいました。


『ユーリ!』「ユーリくん!」


 クリスとアリエスが声をかけます。


 けれど――その声は、もうユーリの耳には届いていませんでした。


 アリエスは身を乗り出し、今にも泣きそうな顔でユーリの名を呼び続けます。甘くやさしい声が何度も届いているはずなのに、その声にいつもならすぐ応えるはずのユーリは、まるで深い闇に沈んでしまったかのように、ぴくりとも反応しませんでした。


「もう……ダメだ……」


 ぽつりと、力のない声がこぼれます。


 ユーリは――絶望していました。


 イバラにとらわれ、生死の境をさまようエミル。その妹のピンチに現れる気配のないエイル。人質にされたエイミー。そして――行方のわからない仲間たち。


 さらに、寄生植物によって操られたベルディアと、グレートコロニーのトップたち。


 これ以上ないほどの最悪の状況。


 この中で、どうやって希望を見出せばいいというのでしょう。


 ウィザードになり、冒険の旅を始めて、まだほんの一週間ほど。


 そんなユーリに、この絶望を覆す答えなど、思いつくはずもありませんでした。


 これまで、どんな苦境でもエミルの背中を思い出すことで踏みとどまってきたユーリ。その支えが、今まさに折れてしまったかのようでした。胸の奥にあったはずの灯りが、音もなく消えていく――そんな感覚に、抗うことすらできずにいました。


「エミル……」


 薄紫の床に、ぽとりと涙が落ちます。


 そのしずくとともに、記憶もまたこぼれ落ちていきました。


 思い返されるのは――故郷を出た日の夜。クリスとともに、黒い犬に襲われていたあのとき。


 ひとりの女の子が現れて、自分たちを助けてくれた――運命の出会い。


「エミル……おねがい……たすけてよお……!」


 ユーリは、その名を泣きながら叫びました。


 自分にとっての最大の恩人。はじめてできた、大切な友だち。


 そして――



 ☆ ☆ ☆



「ここは……?」


 エミルが気がつくと、そこはまっくらな闇の中でした。


 上下も左右もわからない、果てのない暗闇。


 自分がどこにいるのかさえ、見当もつきません。


 ふと、頭が軽いことに気づきます。


 いつもかぶっているトレードマークの紺色のベレー帽がなく、ぴょこんと跳ねた浮き毛がそのままあらわになっていました。


 さらに――身につけている服も、見覚えのない白いワンピース。


 そして足元を見ると、はだしの足が、うっすらと水に浸かっているようでした。


 そっと足を持ち上げると、黒い空間の中に、白い波紋が静かにひろがっていきます。


 ふしぎで、どこか不気味な光景。


 けれど――エミルは、それほど驚いてはいませんでした。


 なぜなら……この場所には、どこか見覚えがあったからです。


(……ここ、前にも……)


 いつだったか。遠い昔にも、ここに迷い込んだことがあるような――そんな、ぼんやりとした記憶。


 それに気づいた、そのときでした。


『おひさしぶりだね。太陽の子の片割れ。僕のことを覚えているかな?』


 ひょうひょうとした男性の声が、闇の中に響きます。


 エミルがそちらへ目を向けると――そこには。


 黒いシルクハットに、燕尾服。まるで舞台に立つマジシャンのような人物が、静かにたたずんでいました。闇の中で、その姿だけがくっきりと浮かび上がっているかのようでした。


 その容貌も、なんともふしぎで不気味でした。


 長い髪はすべて、青白い炎のようにメラメラと燃えている――いえ、燃えているのではなく、炎そのものでできているのです。


 その揺らめく前髪に隠されていない右目だけが、ぎらりと緑色に光っていました。


 さらに、その人物の背後――黒い海の向こうには、青と緑の陽炎で彩られた、黒い港町のような光景がぼんやりと浮かび上がっています。


 現実とも幻ともつかない、ふしぎな世界。


『ここはライフストリームの狭間、生と死を分かつ境界――“プルガトリウム”。君がここを訪れるのは二度目だよ、エミル・スターリング君』


 そのひとことを聞いた瞬間――エミルの中で、なにかがはじけました。


 閉ざされていた記憶の扉が、音を立てて開かれていきます。


 そして――思い出したのです。


 記憶の奥底に封じられていた、幼き日の体験を――



 ☆ ☆ ☆



 ――それは、エミルが3歳になったばかりのころ。故郷、ソルン村での出来事でした。


 シロンと出会うよりも、ずっと前。まだ髪もひとみも、やまぶき色をしていたころの記憶です。


 そして――いまではお姉さんのエイルを心から尊敬し、愛しているエミルですが、実は、当時はそうではありませんでした。


 むしろ、そのあまりに活発すぎる性格を、少しうとましく感じていたのです。


 エミルは家で静かに本を読むのが好きなのに、エイルはしつこく、半ば強引に外へ連れ出そうとします。


 しかも一日中にぎやかで、落ち着くひまもありません。


(どうして、あんなに元気なの……)


 幼いエミルは、正直なところ、「いなくなってほしい」とさえ思ってしまっていました。


 そんなある日のことでした。


 例によってエイルに無理やり連れ出され、エミルは村の近くの川へとやってきます。


 その理由は――


「いっしょに、素手で魚のつかみどりをしよう!」


 という、あまりにもむちゃくちゃな提案でした。


 どうやら、友だちのクマ型ワンダーがやっているのを見て、まねしたくなったようです。


 当然、エミルはこれをきっぱりと拒否。川辺の木陰に座り込み、お父さんから借りた本――大魔導士ルミエールの冒険物語を読みはじめました。


 ページをめくるたびにひろがる、未知の世界。


 エミルの意識は、すぐに物語の中へと引き込まれていきます。


 そして――そのときでした。


『シャー!』


 突然、耳元で鋭い鳴き声が響きました。


 次の瞬間。


 図鑑でも見たことのないような、毒々しい色と模様のヘビ型ワンダーが――エミルの右手に、かみついてきたのです!


「あうっ……!」


 一瞬、走る激痛。


 その直後、視界がぐにゃりとゆがみはじめました。


(なに……これ……?)


 なにが起こったのかはわからない。


 けれど――このままではまずい。


 幼いながらも賢いエミルは、本能的にそう理解していました。


 ヘビは右手にかみついたまま、決して離そうとしません。


 それどころか、エミルの体の奥から、なにかを吸い上げているような感覚が伝わってきます。


(そういえば……)


 ふと、読んだことのある知識がよみがえりました。


 ワンダーの中には、毒で相手の抵抗力を奪い、エモノのマナだけを吸い尽くす種類がいる。


 ――きっと、このヘビも同じタイプなのでしょう。


(このままだと……わたし……)


 マナをすべて奪われてしまう。


 それがどういう意味なのか、幼いエミルにもわかっていました。


(――しんじゃう……!)


 しかし、どうすることもできません。


 小さな体には、もう抵抗する力が残っていなかったのです。


 まぶたが、ゆっくりと重くなっていきます。


 意識が、闇に沈みかけた――その瞬間。


「エミルっ!」


 鋭く、必死な声が響きました。


 うとましい存在だと思っていた、お姉さんのエイルです。


 妹の異変に気づいたエイルは、あわてて川から飛び出し、全力で駆け寄ってきました。


 そして――エミルの右手にかみついていた毒ヘビを、ためらいなくつかみ上げ、そのまま力いっぱい放り投げたのです。


『シャー!』


 草むらに叩きつけられた毒ヘビは、すぐさま体勢を立て直しました。


 鋭い眼光と威嚇の声で、こちらをにらみつけてきます。


 まだエミルのマナをあきらめきれないのでしょう。


 それに加えて、自分の食事を邪魔された怒りもにじんでいました。


 しかし――エイルは、一歩も引きませんでした。


 妹を背にかばい、手にしていた木の棒をしっかりと構えます。


 そして、まっすぐにヘビをにらみ返しました。


「わたしの妹に、手を出すなっ!」


 その叫びには、怒りと決意、そして強い愛情が込められていました。


 幼い少女とは思えないほどの気迫。その圧倒的な威圧に、毒ヘビはびくりと体を震わせます。


 やがて――


 シュルシュルと、文字通りしっぽを巻いて、草むらの奥へと逃げ去っていきました。


「おねえ……ちゃん……」


 薄れゆく意識の中で……


 エミルの目には、その姿がはっきりと焼きついていました。


 自分を守るために、危険もかえりみず、凶暴なワンダーに立ち向かってくれた――お姉さんの姿が。


 その気持ちが、うれしくて……胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていきます。


 張りつめていた心が、ふっとゆるみ――


 エミルは、そのまま静かに意識を失い、草むらの上へと倒れ込むのでした。

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