第20話 カメと仮面とカメラマン その7 勇気の原石
「こ、この子がぼくのパートナーに? ほんとにそう言ってるんですか?」
ユーリは、信じられないという感じで自分を指さしました。コイシカメが自分のどこを気に入ったのか、まったくわからないのです。ユーリとしては一回抱き上げて、はげましの言葉をかけたくらいの関係しかなかったはずです。
「私はワンダーの言葉はわかりませんが、カメラ使いのカメマンです。だからカメちゃんの気持ちはなんとなくわかるんですよー」
「それ、逆じゃないですか?」
とまどっていてもツッコミを入れることは忘れません。
ですが、たしかにさっきのエミルとの決闘を見るかぎり、ライカはカメのことにはくわしそうですし、そのあたりは信頼できそうだと思いました。さっきコイシカメとなにをコソコソ相談していたのかは、気になりますけど。
「この子、さっきのユーリくんのがんばりっぷりを見て、この人についていきたい、って思ったみたいです」
「がんばりっぷりって……この子はここに置いてきたから、戦いを見てないと思いますけど……」
「は、話を聞いてってことですよ。私としたことが、言いまちがえちゃいました~!」
ライカは図星を突かれたようにギクッとして、両手と首をブンブン振って訂正しました。
さすがにユーリとクリスもなんだかあやしいな、と思いましたが、いまはそれを追求する気力はありませんでした。
「でも、ほんとうにいいの? お母さんと離ればなれになっても……」
ユーリはコイシカメに目線を合わせてたずねました。せっかくお母さんを取りもどすために戦ったというのに、これではがんばったかいがない、とすこし思ったのです。
『グオー!』
すると、お母さんのイワガメがのっしのっしとユーリのもとへ歩いてきました。成人ほどの大きさのある巨体を目の前にして、ユーリはびくっとしました。
お母さんガメはユーリの目の前で立ち止まると、両目を閉じて、頭を重く下げました。
「『息子をよろしくおねがいします』……ってことだと思いますよ」
ライカはお母さんガメの気持ちを代弁しました。その口調は、ふだんのおちゃらけた感じはなく、さとすようなやさしいもので、ユーリの心にも素直にスッと入っていきました。
けれどやっぱり、ユーリは親子を引き離すということがためらわれるようで、コイシカメをパートナーにするか、まだ決めあぐねていました。クリスもその気持ちがわかっているみたいで、ユーリの顔を見上げるばかりで、声をあげられませんでした。
そんなユーリを見かねて、ライカが口を開きました。
「ほら、"かわいい子には旅をさせよ"っていうじゃないですかー。ユーリくんやエミルちゃんだって、親御さんのもとを離れて旅をしているわけでしょう?」
「親のもと、ですか……」
暗い顔でうつむいたユーリを見て、地雷を踏んでしまったと察したライカは「あちゃー……」と言わんばかりに頭をかきました。ユーリに親がいないことを、ライカはまだ知らなかったのです。
「あー、その、えーとですね……」
「いえ、いいんです。そうですよね、だいじなのは、この子がどうしたいか、なんですよね」
ユーリは。どこかさみしそうにほほえみながら言いました。クリスも、そんなユーリをさみしそうなひとみで見つめました。
『クォー! クォー!』
すると、コイシカメが大きく声をあげました。ユーリには、自分をはげまそうとしてくれているように感じられました。
「……そうだね、ごめん。ぼくがこんなじゃ、パートナーになってくれようとしてる、きみに悪いよね」
ユーリはそんなコイシカメの気持ちにこたえようと、腹を決めたという顔を浮かべました。そして、右手を差し出して、言いました。
「それじゃ、ぼくでよければ、これからよろしくね」『クォー!』
コイシカメもユーリと手を合わせて、パートナーの契約が結ばれました。
「きみの名前は、なにがいいかな」とユーリが考えていると、ライカが、
「【コイシカメ】は【イワガメ】の幼体ですが、環境と鍛え方しだいでまったくべつの、いろんな姿に成長変化する、まさに無限の可能性を秘めた原石なんですよー。だから、それにちなんだ名前をつけてはどうですか?」
とアドバイスをくれたので、ユーリはそれをもとに、コイシカメの名前を決めました。
「じゃあ、きみの名前は"ジェム"。"原石"っていう意味の言葉。どうかな?」『クォー!』
コイシカメ……ジェムはうれしそうに声をあげました。つけた名前を気に入ってくれたみたいです。
クリスと、指輪から呼び出したアクアは歓迎のダンスを舞い、ジェムはユーリの新たな仲間として、こころよくむかえられました。
「お母さん、あなたのお子さんはぼくが責任をもって、おあずかりします」『クォー!』
『グアー!』
ユーリがかしこまって意思を表明すると、お母さんガメもにっこり笑ってこたえてくれました。
☆ ☆ ☆
長いおひさまの時間が終わって、お月さまが輝く夜がおとずれました。
イワガメたちのすみかから、すこし離れた場所に張った野営で、目をさましたエミルとシロンは、晩ごはんのクリームシチューをばくばくとたいらげていました。受けたダメージと失った体力は、もうすっかり回復したみたいです。すごい生命力だと、ユーリは舌を巻きました。
「それにしても、一日でいきなり二体のパートナーができるなんて、すごいねー」『うん、すごいねー!』
「あ、ありがとう」『クー!』『プルー!』『クォー!』
ごはんを食べてにっこりご満悦なエミルとシロンの賛辞に、ユーリは顔を赤らめました。パートナーたちもうれしそうに声をあげます。
「ホントですねー、旅をはじめてたった二日でパートナーが三体いるのは、なかなかないペースですよー、もぐもぐ、おいひい」
ライカもちゃっかりご相伴にあずかっていました。なんだかんだ彼女のおかげで、エミルたちを安全な場所に運ぶことができましたし、イワガメの群れをもとの場所に開放することもできたので、感謝もかねて晩ごはんをごちそうすることになったのです。
「おふたりは、これからどちらまで?」
晩ごはんを食べ終わると、ライカがたずねてきました。
「うーん、とくに行くところは決めてないね。わたしの目的は、お姉ちゃんに会いにいくことだけど」
もうライカにはエイルとの姉妹関係がバレているので、エミルはあっさり目的を話しました。
すると、ライカはメガネをキラーンと光らせて言いました。
「ほほー。でしたら、"ファーブリア"の町に行ってみるのはどうですか?」
「ファーブリア?」
「ここから北西にいったところの、"ファーブル緑地"にある大きな町です。農業がさかんで、食べものがおいしいことで有名なんですよー」
「おいしい食べもの!?」
くいしんぼうのエミルとシロンは目をキラめかせて身を乗りだしました。これにはさすがのライカもちょっと引いたようすで、
「え、ええ。それに、もうすぐ豊穣を祈るための春のお祭りも行われますし……」
「おまつり!?」
くいしんぼうのエミルとシロンはさらに目をキラめかせて身を乗りだしました。これにはさすがのライカもひっくりかえって、
「まいりました~」と観念しました。
「そういうことなら、最初の目的地はそのファーブリアに決まり! いいよね、ユーリ?」『クリスたちも、いいよね?』
エミルとシロンは、目をキラめかせたままユーリたちのほうを向いて、同意をもとめました。ユーリたちはその迫力に押されて「う、うん」とうなずくしかありませんでした。
「ライカさんのほうは、これからどうするの?」
「そうですねー、このあたりの撮りたいワンダーはひととおり撮りましたし、あしたあたり別の場所へ移ろうと思ってますよ」
「そうなんだ。また会えるかな?」
「お? エミルちゃん、そんなに私のこと好きになっちゃいました? なんなら、おふたりに同行してもいいんですよー?」
「それはいいや」
「んもう、いけずー!」
ふたりの会話をだまって聞いていたユーリは、ちょっと安心しました。ライカには恩がありますが、いっしょに行動するとなると、彼女のノリにさらされ続けるのは正直きついと思っていたので。たまに会って話をするくらいの距離感が、ちょうどいいのです。
「……あ! 私ちょっとお花つんできますねー」
そう言うと、ライカはおもむろにスッと立ち上がりました。
「お花? このあたりは岩場ばっかりで、花なんて咲いてませんけど……」
「ユーリ、トイレのことだよ。暗喩表現ってやつ」
「そ、そうなんだ。まだ毒キノコの影響が残ってるのかな?」
「ちょっとー! エミルちゃーん! そういうことは口にするもんじゃありませんよー!」
などとさわいだあと、ライカはどっかに行ってしまい、野営地にはエミルとユーリ、そのパートナーたちだけが残されました。
「あらためて、パートナー契約おめでとう、ユーリ。わたし、あっというまに抜かれちゃったね」
エミルは、右手にはまっている二個のコネクタリングを見せながら言いました。そのうち一個はまだたまごなので、二体分の差をつけられていることになります。
「ありがとう。でもパートナーの数が多くても、ウィザードとしての実力はエミルには遠くおよばないよ」
ユーリはけんそんぎみに照れ笑いして言いました。
「ううん、そんなことないよ。だって、さっきはわたしたちのこと守ろうとしてくれたじゃない」『クリスも、ありがとうね!』
そんなユーリの気持ちをほぐそうと、エミルとクリスはにっこり笑って言いました。
「そ、それはその……無我夢中で……」『クー!』
エミルから目をそらすユーリとは対照的に、クリスはあかるく元気に声をあげました。
「ジェムも、そんなユーリの勇気に感動して、パートナーになろうって決めたんだよね?」『クォー!』
エミルは、すっかりジェムと打ち解けているようすでした。アクアもすぐになつきましたし、ライカの言うとおり、エミルにはワンダーに好かれる才能があるのでしょう。
「勇気、か……」
ユーリは、自分の手のひらを見つめてつぶやきました。自分にそんなりっぱでたいそうな想いがあるという自覚が持てないのです。
そんなユーリに、エミルは両手をばっとひろげて、笑顔でうったえました。
「そうだよ。ユーリには勇気がある。わたしたちだけじゃない、クリスだって、アクアだって、ジェムだって、パートナーみんな、ユーリの勇気に救われたんだよ!」
そうです。クリスはブラッドッグの群れから守られ、アクアは反撃されることもいとわないやさしさに助けられ、ジェムはお母さんを助けるという力強い言葉にはげまされたのです。それらはすべて、ユーリの勇気ある行動によるものなのです。
「ぼくの、勇気が……」
「うん! たしかにチカラはまだまだだけど、ユーリには、わたしに負けない勇気があるんだよ! わたしに遠くおよばないなんてこと、ないよ!」
エミルに合わせて、シロンが、クリスが、アクアが、ジェムが、いっせいに、『そうだよ!』という元気な声をあげました。それは弱気だったユーリの心のなかを、あたたかく強い想いで満たしていきました。
「……ありがとう、みんな」
ユーリはひとみを涙でうるませながら、やわらかくほほえみました。またすこし、自分に自信が持てたような気がしました。
「……まったく、またいいもの見せてもらっちゃいましたね」
用を足すフリをして、遠くの岩からこっそりエミルたちのようすをうかがっていたライカが、満足そうな笑みを浮かべてつぶやきました。
こうして、激動の旅の二日目は幕を閉じたのでした。
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