第14話 カメと仮面とカメラマン その1 あやしいお姉さん
お昼ごはんを食べ終えたエミルたちは、旅を再開して平原を歩いていました。このあたりは岩場の多いエリアです。
『プルー!』
さっきまで熱気で溶けかかっていた【プルリン】のアクアは、もうすっかり元気いっぱいで、パートナーのユーリのまわりをぴょんぴょん跳ね回っています。
「ふふっ。元気だねぇ、アクアは」
エミルはそれをほほえましそうに見ていました。
「そういえばエミルは、シロンのほかにパートナーって持ってないんだね」『クー』
ユーリは、ふと気になったことをたずねました。腕の中のクリスも、ふしぎそうです。
エミルくらい長年ワンダーに慣れていれば、もっと仲間がいてもおかしくなさそうなのに、いまだにシロン一体だけなのはちょっとヘンだな、思ったのです。シロウトの自分ですら二体目のパートナーを持っているのですから。
「え? 12歳で正式なウィザードとして認められるまでは、パートナーは一体しか持っちゃいけないって決まりじゃない」
「え、そうなの?」
この決まりは、子どもでも学校などで教わるくらいの常識なのに、ユーリが意外そうな顔をしたので、エミルはつい「そんなことも知らなかったの?」と言ってしまいそうになりましたが、人にはそれぞれ事情があるんでしょうし、なにより彼においしいごはんを食べさせてもらっている手前、ぐっと飲みこみました。
『えー! ユーリ、そんなこともしらなかったのー!? じょーしきだよー!?』
……が、シロンのせいで台無しです。ドラゴンですから、人の心なんて持ち合わせていないのかもしれません。
「ご、ごめん……ぼく、親いないし、学校とかも通ってなかったから……」
ユーリはこの上なくしゅんとしてしまいました。とくにエミルの前で無知をさらしてしまったことがはずかしいのです。
「そ、そうだったんだ。そうとは知らずに、わたしのほうこそごめんね。こら、シロン!」
『う~、ごめんね、ユーリ』
「ううん、いいよ。そう言われてもしょうがないから……」
エミルにしかられてしょんぼり顔であやまるシロンに、ユーリは苦笑いしてこたえますが、空気はどこか重いままでした。エミルはこのままじゃいけないと思って、話を切りかえます。
「と、とにかく! 正式にウィザードになった以上、そんな決まりにしばられることもなくなったから、わたしも新しい仲間探しができるってわけ。わくわくするなあ!」『シロンもあたらしいおともだち、ほしーい!』
にっこり笑顔で新しい仲間に想像をふくらませるエミルとシロンを見て、ユーリの暗かった気持ちもしだいにあかるくなっていきました。エミルの切りかえ作戦は大成功です。
「そうだ、仲間といえば、この子もはやく生まれてくれればいいんだけどね」
そう言うとエミルは、右手人さし指の指輪から白いたまごを呼び出しました。村を出る直前に村長さんからもらった、村の守り神の加護が宿っているらしい、という例のたまごです。早く孵るようにと、エミルはゆうべから寝るときは抱いて眠ることにしたので、ユーリも知っています。
「あらためて見てみると、クリスのとはずいぶんちがうんだね」『クー……』
ユーリは、エミルの腕の中の白いたまごをのぞきこみながら言いました。クリスも、ほかのワンダーのたまごに興味しんしんです。
「クリスのたまごは、どんな感じだったの?」
「クリスの羽とおなじような、ぜんぶ水晶でできたような感じだったよ」『クー!』
エミルがたずねると、ユーリはクリスの水晶の羽をなでながら、ちょっと誇らしげにこたえました。
「え!? なにそれ、すごい! わたしも見たかったなあ! かけらとか、保存してないの!?」『シロンもクリスのたまご、みたいみたーい!』
するとエミルとシロンが目をキラめかせて、ずいっと顔を近づけてきたので、ユーリはびっくりドッキリしました。
「ご、ごめん。そういうことには気が回らなかったから……」
ユーリはまっかになって、熱いまなざしを向けるエミルたちの顔から、もうしわけなさそうに目をそらしました。
「そっか、ざんねん」『ざんねーん……』
エミルとシロンは一転、がっかりとした顔を浮かべました。水晶でできたたまごなんて、一度は見てみたいと思う人はきっと多いでしょう。
エミルは残念な気分をまぎらわすように、白いたまごをすりすりとなでました。
「そ、そのたまご、いったいどんな子が生まれるんだろうね?」
今度はユーリが切りかえ作戦を発動しました。
「村長さんが言うには、わたしにピッタリのワンダーが生まれるらしいよ。まあ、当分は見られそうにないけど」
「いつ生まれるのかって、わかるの?」
「うん。たまごには、生まれるときの予兆みたいなものがあるの。気配を感じたり、中から音が聞こえたり、動いたりもするんだよ。村の牧場でお手伝いしたときに、何度か見たからわかるんだ」
「ああ、そういえば」『クー……』
ユーリは、クリスをたまごから孵したときのことを思い返しました。たしかにたまごにふれたとき、エミルが言ったようなことが同時に起こったのです。
「いま、この子からはなにも感じない。だから、まだ何日かは生まれないと思う。何十日かもしれないけど」
そう言って、エミルはたまごを指輪の中にもどしました。
「まあ、それはあとのお楽しみにとっておくとして、いまはいま生きてるワンダーを仲間にしたいな」
「いま生きてるワンダーって……」
『ねえクリスー! クリスがうまれたときのこと、きかせてよー!』『クー!』
やっぱり水晶のたまごのことが気になるのか、シロンがクリスにたずねようとしているのを見て、ユーリは思い出したように、
「そういえば、シロンって……」
「おっほーっ! ナイスアングル!」
……言いかけると、そんなヘンな大声が聞こえてきて、一同はびっくりして話がとぎれてしまいました。
「い、いまの声は……」『クー……』
「なんだか、妙に気になるなあ。行ってみよう!」『おー!』
「ま、待ってよエミル!」『クー!』『プルー!』
知的好奇心が旺盛なエミルは、いちもくさんに声のするほうへ走っていき、ユーリはあわててそのあとを追いかけました。そのうしろを、さらにアクアがぴょんぴょん跳ねて追っていきました。
☆ ☆ ☆
そこでエミルたちが見たのは、岩のかげから写真機で野生のワンダーを撮影している、あやしい女の人でした。
こげ茶色のミディアムヘアに、目の色が見えないくらいレンズの光るメガネ、ポケットがたくさんついた森林迷彩柄のベストに、ジーンズと、ふたりの故郷の村では見ないかっこうです。この国でああいう服を着ている人は、王都やその近辺の栄えた、文明の進んだ町くらいにしかいません。
女の人はニヤニヤ笑いながら、一心不乱にワンダーの生態をパシャパシャと撮影していました。その際に、大きな声で口走っているひとりごとの数々は、文字におこすのもはばかられるレベルのもので、健全でいたいけな12歳の少年少女には耳の毒でした。
(来るんじゃなかった……)
パートナーたちをふくめた全員が、ぼーぜんと青ざめた顔でそう思って、時間をムダにしたと早々に立ち去ろうとしますが、
「おやー? これはこれは、かわいらしいおじょうちゃんにおぼっちゃん! この私に、なにかご用ですか?」
女の人に気づかれてしまい、エミルたちはぎくりとしました。
エミルたちはどうしようとみんなで顔を見合わせると、観念して応対することにしました。
「え、ええ。近くで声が聞こえてきたから、なにしてるのかなーって気になって」
ウソいつわりない言葉ですが、エミルの口調はどこかぎこちないようすでした。正直あんまりかかわりたくない、という感じがにじみでています。
「あやや、そんなに大きな声出ちゃってましたか? これはおはずかしい……」
はずかしいのは声量じゃなくその内容なのですが、エミルたちはそこにはふれませんでした。ふれたくありませんでした。
「私はライカともうします。見てのとおり、さすらいのカメラマンといったところです」
あやしい女の人……ライカはかしこまったようすで自己紹介しました。とてもさっきまで聞くにたえないひとりごとを吐いていた人間とおなじとは思えません。
「わたしはエミル、この子はシロン」『よろしくー!』
「ほ、ぼくはユーリっていいます。この子はクリス、それからアクア」『クー!』『プルー!』
ふたりが自分とパートナーのことを紹介すると、光るレンズごしではわかりませんが、ライカの目の色が変わりました。
「おおおっ!? そのコたち、ドラゴンのコドモですよね?」
ライカはずいっと身を乗り出してきて、しゅばばっとシロンとクリスにかわりばんこに顔を向けました。
「え、ええ、そうですけど……」『ピー……』『クー……』
エミルとユーリ、シロンとクリスは思わずたじろぎました。アクアは足もとでびくっと飛び跳ねました。
「うひゃー! 白いドラゴンが二体もなんて、これはすごい! お写真、撮らせていただいても?」
「ど、どうぞ」
興奮しているライカの迫力に押されて、エミルとユーリは反射的に許可を出してしまいました。
ライカは「ひゃっほー!」と跳ねよろこび、カメラをかまえて、シロンとクリスをパシャパシャ撮りまくりました。やっぱり、気持ち悪いひとりごとを吐きながら。エミルたちは聞こえないように耳をふさいでいました。ただし、被写体になっている二体はそういうわけにはいかないので、丸聞こえです。かわいそうです。
(ごめんねぇ……)
エミルとユーリはにがにがしい顔をしながら、心のなかでそれぞれのパートナーにあやまりました。
そして、ひとしきり撮りあさったあと。ライカは満足そうな顔を浮かべ、シロンとクリスは撮られ疲れてぐったりしていました。
「いやー、撮った撮った! 白いドラゴンを仲間にしているなんて、おふたりはよっぽどワンダーに好かれてるんですねー!」
「いやあ、それほどでも……えへへ」
エミルはてれくさそうに笑いながら頭をかきました。まんざらでもないようすです。
「ぼくは……よくわかりません。エミルはともかく、ぼくなんかがワンダーに好かれてるなんて……」
ユーリはすこしなやましげな感じで言いました。クリスを孵すまでワンダーとふれあってこなかったので、そう言われてもまったく自覚のしようがないのです。
「でも、白いドラゴンを持ってることと、ワンダーに好かれることって、なにか関係があるんですか?」
ユーリが当然の疑問を投げかけると、ライカは人さし指をぴっと立てて解説をはじめました。
「ありまくりですよー。人間にだって、この人は好きだ、キライだっていうのはあるでしょう? ワンダーはそのあたりもっと敏感で、自分と波長の合った人間としかなかよくしようとしません。とくに、白いドラゴンみたいなとくべつめずらしいワンダーは、人間への警戒心が強いですからより顕著でして、そういった存在に好かれるということは、すなわちそれだけワンダーに好かれやすいということなのです」
「波長、かあ……でもやっぱり、ぼくがワンダーに好かれやすいって言われても、ピンとこないんですけど」
ユーリは理解はしましたけれど、いまひとつ納得はできないというようすで、抱いているクリスとアクアの頭をそっとなでました。
「それはえーと、アレです。きっと潜在的なヤツを読み取ったとかですよー。さっき言ったとおりワンダーはそのへんするどいですからねー」
「ほんとかなあ……」
言わんとしていることはわかりますが、ライカがなんともテキトーな感じで話すので、やっぱりすんなり納得はしかねると思ったユーリなのでした。
「ライカさんのほうこそ、好かれやすいかはともかく、ワンダーのこと、よっぽどお好きみたいですね」
エミルはちょっと皮肉っぽく言いました。その目と声にはちょっぴり軽蔑の感情が見え隠れしていました。写真を撮っているときのひとりごとを聞けば、当然の反応です。
「いやー、じつはそうなんですよー。なにしろワンダー撮りたくてカメラマンになったんですから。いまはあちらの【イワガメ】たちを撮影していまして!」
そんなエミルが向けた感情を、ライカは軽く受け流して、両手で岩の向こう側にいる【イワガメ】の群れをさしました。名前の通り岩のようなコウラを持った、人間のオトナくらいの高さのある、大きなリクガメです。
イワガメたちは、近くでライカが大きな声でくっちゃべってるのにもかかわらず、まったく気にもとめないようすで、のんびりずっしりとすごしていました。
「ほら、いまはぽかぽか陽気の春になったばかりじゃないですかー。だから、ぜひとも冬眠から目覚めたてのワンダーを撮りたいと思いまして、あちこち回っているワケです。そうだ、たとえばほら、見てください。これが冬眠時のイワガメの写真です」
ライカはポケットから一枚の写真を取り出して、エミルたちに見せました。
「あの、これのどこがイワガメの写真なんですか? なにもうつってないみたいですけど……」
ユーリは、ついそんな感想をもらしました。なぜなら写真にうつっていたのは、なんのおもしろみもない、無数のゴツゴツした岩が生えた、ただの岩場の景色だったからです。イワガメなんて、見あたりません。
そんなユーリを見てライカが「むふふー」としたり顔を浮かべていると、エミルもニッといたずらっぽく笑って、写真にうつる岩を指さしました。
「ここにうつってる岩、ぜんぶイワガメなんでしょ」
「ピンポンピンポン! 大正解~!」
「ええっ!? これがワンダー!? ぜんぶ!?」
ユーリはびっくり仰天です。
「そーなんですよー。【イワガメ】は冬眠時、頭と手足を岩石のコウラにひっこめるだけでなく、おなかが地面に埋まった状態になるので、完全にただの大きな岩に見えちゃうんですねー! おもしろいでしょー?」
「うん、おもしろい!」
エミルは、目を星空のようにキラめかせました。
「たしかに、そう言われるとおもしろいかも」
ユーリも、興味がでてきたように笑顔をこぼします。
「ふっふー、そうですよー、ワンダーって、おもしろいんですよー!」
ライカは両手に腰を当てて、とくいげな顔をうかべました。やっぱりレンズの光のせいで、目の色をうかがうことはできませんが。
「イワガメの冬眠のしかたは本で読んで知ってたけど、こうして実際の写真で見ると、ほんとに岩にしか見えないね」
「むふふー、なにごとも自分の目で見ることが大切ですからねー」
さっきまで、ただのあやしいヒトだと思っていたライカに対して、エミルはまいりました、と素直に感心してほほえみました。
「さてと、それではもっと知識を深めるために、もっとおたがいを知るために、エミルちゃん、私と決闘をしませんか?」
突然のライカからの提案に、エミルたちは「え?」と声をそろえて返しました。