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ワンダフルコネクト ~エミルとドラゴンの大冒険~  作者: 稲葉トキオ
第1章 エミル・スターリングと水晶竜の少年
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第12話 サンドイッチと真昼の決闘

「ん~! おいし~!」


 旅をつづけるエミルたちは、サンタート平原にある大きな木の下でお昼ごはんを食べていました。


 メニューは、ベーコンとレタスとチーズを食パンではさんだ、ユーリ手作りのサンドイッチです。そのお味は、ここまでの旅の疲れもふっ飛んでいくほどのおいしさです。


『ピ?』


 ふと、シロンがなにかに気がついて、エミルが背中を向けている大きな木のほうを見ました。


「どうしたの?」とエミルもそっちに目を向けると、木の裏側にナニモノかが隠れているのが見えました。


 ナニモノかは見つかったとわかると、エミルたちの前にざっと姿をあらわしました。


「フッ、オレの気配に気がつくとは、なかなかやるな」


 なんてカッコつけたように気取ったセリフを言いながら現れたのは、まっかな髪を逆立てた強気そうな顔の男の子でした。右手の指にはウィザードのあかしの指輪、コネクタリングがはまっています。


 歳はエミルたちとおなじくらいで、髪とおなじ赤色のシャツとベスト、短いパンツに穴あきグローブという服装で、まるで近年の冒険物語の主人公のような活発な印象を受けます。


 また、指輪が一個だけということから、持っているワンダー(パートナー)はまだ一体だけで、着ている服もおろしたてのようにきれいなので、エミルたちとおなじく、旅をはじめたばかりのかけだしウィザードだということが見てとれました。


「あなた、どちらさま?」


 エミルはとくに動じることもなく、二個目のサンドイッチを片手にたずねました。


 いっぽう、エミルのそばで二体のパートナーたちと座っていたユーリは、サンドイッチを口にふくみながらぎょっとしています。


「オレはエース、世界最強のウィザードになるオトコだ!」


 まっかな髪のエースはニッと笑いながら、親指で自分をさして堂々と名乗りをあげました。


 エミルとシロンは、そろってあきれたような顔を浮かべました。「世界最強になる!」と息まいていた子どもは、故郷のソルン村にもよくいたからです。


「わたしはエミルっていうの、よろしくね。それで、わたしたちになにかご用?」


 エミルは手に持ったサンドイッチを、話をさっさと切り上げていますぐにでも食べたい、と言わんばかりに振りながらたずねました。


「エミルとかいったな、オレと決闘しろ!」


 エースは、エミルの鼻先に人さし指をビシッとつきつけて宣言しました。


「けっとう~?」


 エミルとユーリは声を合わせました。パートナーたちもおくちあんぐりです。


 決闘とは、ウィザード同士がおたがいのパートナーを戦わせて勝敗を競いあうことです。おもな目的は腕だめしで、おたがいの経験と技術の向上のため、世界じゅうのウィザードたちのあいだで積極的におこなわれています。


 ほかにも、有名なウィザードを倒して自分の名を上げたり、なにかしらの賞品をかけて勝負する人たちもいて、いまや一種のスポーツのようなあつかいになりつつあるのです。


「べつに、受けてもいいけど……お昼食べてからでいい?」


 エミルは、手に持ったサンドイッチをひらひらと見せながら、めんどくさそうに言いました。


 お姉さんに追いつくため、すこしでも強くなるために、決闘を受けるのはやぶさかではないと思っていますが、くいしんぼうのエミルとシロンにとっては、なによりいまはお昼ごはんが最優先なのです。


「いいや! いまやる! すぐやる! 出ろ、ファイヤ!」


 エースは高らかに右手を空につきあげると、指輪から彼のワンダー(パートナー)が光とともに、エミルの目の前に飛び出しました。


『ガオーン!』


 現れたのは、オレンジ色の体に、たてがみとしっぽの毛が炎のようにメラメラとゆらめいているライオンの子ども、【メライオン】です。


「あっ!」


 ファイヤという名前のメライオンの咆哮による空気の振動で、エミルは手に持っていたサンドイッチを地面の上に落っことしてしまいました。



 ぷっつん。



 そのとき、ユーリはたしかにそんな音を聞きました。そして、全身にぶるっと寒気が走りました。


 エミルは地面に落ちたサンドイッチをしばらく見つめたあと、ゆらりと立ち上がって、冷たい目と声でつぶやきました。


「いいよ。おのぞみどおり、さっさと終わらせてあげる」


 その瞬間、エースもおなじく全身に寒気が走ったことは言うまでもありません。決闘を挑んだことをほんのちょっぴり後悔してしまうくらいに。


「エ、エミル……」


 ユーリはおそるおそるエミルに声をかけます。エースが彼女の踏んではいけないスイッチを踏んでしまったことは、ユーリにもわかっていました。ふだんはやさしくてかわいらしいエミルを、こんなにこわいと感じるなんて。


「だいじょうぶ、ユーリは、クリスとアクアといっしょに応援しててよ」


 エミルはユーリにいちべつもくれずに言うと、エースの前に歩み出ました。口調はやさしいですが、やっぱり声は小さく冷たくて、ユーリはべつの意味でドキッとしました。


「いくよ、シロン」『おっけぇ~い!』


 シロンもしゅたっとエミルの前に立って、戦う態勢に入りました。シロンの声もうらみがこもっているように低くて、同じくごはんの時間をジャマされたことに怒っているみたいです。


「いくぜ先手必勝! 《ファイアブレス》!」『ガオー!』


 右のこぶしを突きだすエースの叫びとファイヤの咆哮が、決闘開始のゴングになりました。


 ウィザード同士の決闘は事前にとり決めがなければ、どちらかが負けを認めるか、あるいはどちらかのパートナーがすべて戦えなくなったほうが負け、という暗黙のルールでおこなわれます。


 ファイヤは息を大きく吸って、口からゴオーッっと火の息を吐きだしました。放たれた火はいきおいを増して炎となって、シロンの全身をつつみこみます。


「ああっ、シロン!」『クー!』


 ユーリと、シロンとなかよしのクリスは心配そうに声をあげました。


「……」


 対して、実際に対戦しているエミルのほうは落ちつきはらっています。


「余裕こいてられるのも、いまのうちだぜ!《ファイアブレス》連射だ!」


 エースはそんなエミルの態度が気に入らなくて、ファイヤに火の息を連続で吐かせました。


 シロンの全身をつつむ炎がどんどん大きくなっていき、うしろで見守っていたユーリとクリスも熱さに身をよじりました。スライムのアクアなんて、体がドロリと溶けかかっています。


「……」


 それでも、エミルの表情は変わりません。どころか、文字どおりすずしい顔をしていて、熱さすら感じていないようにも見えます。愛するパートナーが炎につつまれ、自身もすぐそばでその熱にさらされているのにもかかわらずに。


 どうしてエミルは、ああも平然としていられんだろうと、ユーリはふしぎでしかたありませんでした。


「はははっ! どうした! めずらしい白いドラゴン連れてるわりに、ぜんぜん大したことないな!」


 なんの抵抗もないまま、ただ焼かれるだけのシロンを見て、自分の勝利を確信したエースは高らかに笑いました。


 ユーリは、エミルがバカにされたことにすこし腹が立って、むっと顔をしかめました。クリスも『クー! クー!』とぷんすか抗議するように鳴いています。シロンがひどい目にあわされていることに怒っているのでしょう。


 すると、ここまで表情をくずさなかったエミルがふっ、と冷たく笑ってつぶやきました。


「それはどうかなあ?」


「な、なんだと!?」とエースはぎょっとしました。


「シロン!」『ピーッ!』


 エミルが杖をにぎった右手をバッとはらうと、シロンの大きな鳴き声とともに、その全身をつつんでいた炎がぶわっとふき飛んでいきました。そして、四本の足でしっかりと立つ、シロンの小さくも勇ましい姿があらわになりました。


「な、なんだと!?」『ガオッ!?』


 エースはファイヤといっしょに、またしてもぎょっと声をあげました。けれどそのおどろきは、さっきよりも大きいです。


 なぜならシロンの体は、やけどどころかコゲあとすら見あたらない、もとのまっしろなままだったからです。


 これには、見守っていたユーリもクリスもびっくりしました。アクアはとろけていて、それどころじゃないみたいですけど。


「ウソだろ!? なんでっ!? どうしてっ!?」


 エースは、この状況を信じられずにうろたえます。炎で燃やされればふつう、焼けるかコゲるかするはず、子どもでも知っている常識です。それがまったくの無キズだなんて、物理的にありえません。


「ドラゴンの体はじょうぶなの。ちっちゃいからって甘く見ちゃダメだよ」


 エミルはパチンと片目をつぶって、人さし指をチッチッと振りながら言いました。


 その言葉に、ユーリはさっきのプルリン……いまはパートナーのアクアとの戦いのことを思い出しました。


 あのとき、ドラゴンの体は、ちょっとやそっとじゃキズつかないくらいじょうぶだ、とエミルは言っていました。


 生まれたばかりのクリスとくらべて、エミルと8年のつきあいのあるシロンの体は、ずっと強いのでしょうし、もともとドラゴンは火に強い生きものだと聞いたこともあります。なら、あの炎に耐えられたのも納得です。


 ついでにエミル自身も、ふだんからシロンの炎に慣れているから、あれくらいの火炎じゃひるまなかったんだろう、とも理解できました。ほかにも、エミルの着ている服が魔法に対して強い素材でできているという理由もあるのですが、ユーリはまだそのことを知りません。


「どうしたの? 世界最強めざしてるっていうわりには、ぜんぜんたいしたことないね!」


 エミルはふふん、ととくいげに笑いながら、さっきあおられたしかえしとばかりにエースをあおり返しました。これにはさっき顔をしかめていたユーリも、胸のすく思いでした。


「ぐ……う、うるせー!」『ガオーッ!』


 エースはムキになって開いた右手を突きだし、ファイヤは火の玉を吐きだしてきました。シロンも使える《ファイアボール》です。


 しかし、火の玉はシロンの体に当たった瞬間、シャボン玉みたいにパンとはじけて消えてしまいました。もちろん、シロンの体にはキズひとつありません。


 エースは自慢のパートナーの魔法がまったく通じないことに、「なっ……!」とおどろき、おののき、あとずさりました。


「じゃあ、今度はこっちの番だね」


 不敵にステキな冷たい笑顔でつぶやいたエミルのひとことに、エースはまたびくっと寒気を感じました。持ち前の熱気ですら一瞬で消沈してしまうほどの。


「《ドラゴンフレイム》!」


 エミルがバッと大きく杖を振ると、シロンは大きく開いた口からすさまじい火炎を放ちました。その大きさと強さは、さっきファイヤが吐いたものよりはるかに上です。


「う……うわあああ!」


 寒気から一転、ものすごい熱気を感じたエースは、のけぞりながら大きな悲鳴をあげました。


 シロンの放った火炎はファイヤをいっきに飲みこんで、その体を焼きつくしました。


 炎が消えると、その場にはご自慢のオレンジの体がまっくろになったファイヤが、力つきて倒れ伏していました。うしろに立っていたエースも、火炎のいきおいでふっとばされて倒れていました。


 審判はいませんがこの勝負、だれがどこからどう見ても、エミルとシロンの勝ちです。


「やったね、シロン!」『やったよ、エミル!』


 エミルは飛びついてきたシロンをやさしく抱きとめて、勝利をよろこび合いました。サンドイッチのしかえしができてスッキリしたのか、いつものあかるい雰囲気にもどっています。


 ユーリとクリスも、ふたりのもとへ駆けよって勝利をたたえました。それから、ふだんのエミルとシロンにもどってくれたことに、ほっとしました。ちなみにアクアは、熱気でつらそうだったので、ユーリが指輪の中に収納してあげていました。


「ファイヤー! 無事かー!? 生きてるかー!?」


 いっぽう、エースはむくりと起きあがって、倒れているパートナーのもとへと走り、安否を確認しました。ファイヤは意識こそ失っていますが、命に別状はなさそうでした。


 【メライオン】は火の属性を持つワンダーなので、自身も熱や炎に強いはずなのですが、なのにまっくろこげになるほどダメージを負わされたとなると、エミルとシロンとの大きな格のちがいを感じずにはいられず、エースはくやしさで歯をかみしめました。


「さてと」


 エミルは、さっき地面に落ちたサンドイッチをひろいあげて、しゃがんでいるエースのもとまでスタスタと歩いていきました。


 すると、「な、なんだよ」とエミルを見上げるエースの口の中に、汚れたサンドイッチをムリヤリねじこみました。


「むぐうっ!?」


「決闘に負けたのと、食べものをそまつにした罰だよ! カスひとつ残さず飲みこみなさい!」


 突然のエミルの乱暴スレスレのふるまいに、ユーリとクリスはびっくり仰天です。


 エースは、もごもごと口を動かしながら、ごっくんと土まみれのサンドイッチを完食しました。それを確認したエミルが、ムッとした顔でたずねます。


「感想は?」


「うぷっ……ザラザラしてキモチわるい……」


「味の感想!」


「と……とってもおいしかったです……」


「よろしい!」


 エースがうつろな目で正直な感想をのべると、エミルはにっこり満開の笑顔を咲かせました。


「これで、用はすんだでしょ? じゃあわたしたち、お昼のつづき食べるから。バイバーイ!」


 エミルはさわやかにそう言うと、なにごともなかったようにユーリたちのもとへもどっていきました。


 たたみかけるように受けた屈辱に、エースは涙目になって、


「ぐ……お、おぼえてろ! 世界最強になるのはオレだからなー!」


 そんな捨てゼリフを吐いて、倒れたファイヤをかかえて、びゅーんと走り去っていきました。



「さあ! お昼のつづきつづき!」『ごっはん♪ ごはん♪』


 エミルとシロンはぺたんと地面に座りこんで、ランチタイムを再開しました。決闘のときの冷たい顔とはうってかわって、しあわせそうなにこにこ笑顔でサンドイッチをほおばります。


 ユーリはそんなエミルの顔を、ふしぎそうにじーっと見つめていました。いったいどっちが、彼女のほんとうの顔なのでしょう?


「どうしたの?」


 その視線に気づいたエミルは、サンドイッチを口にふくんだままたずねました。


「え? い、いや、さっきとは、ずいぶん雰囲気がちがうなー、と思って」


 ユーリははずかしそうに、エミルから視線をそらしながら言いました。


 エミルは、口にふくんでいたサンドイッチをごくんと飲みこんで、むすっとした顔でこたえました。


「だってエース(あの子)、せっかくユーリの作ってくれたサンドイッチ、落っことしちゃったんだよ。食べものをそまつにするなんて、ゆるせないでしょ」


 ユーリは目を丸くしました。けれどエミルが怒っていた理由のひとつが、自分の作ったもののためだなんて、なんだかうれしい、と思いました。


「あはは、たしかに、ああいうのはよくないね」


「でしょー?」『だよねー?』


 そう言ってエミルとシロンは、ぷんすか怒りながらサンドイッチをかじりました。


 ユーリは、またひとつエミルのことが理解できた気がしました。ふだんおだやかでやさしい人ほど、怒らせたらコワイっていうのはほんとうなんだなあ。そう思いました。


 すると、エミルが食べかけのサンドイッチを見つめながら言いました。


「でもあの子、ユーリのサンドイッチ、おいしいって言ってたね。そこだけはみとめてあげよう」


 そして、とくいげな顔でサンドイッチをまたひとかじりします。


「え?」


 ふいなエミルのつぶやきに、ユーリは思わず声をもらしました。


 エミルは、そんなユーリの顔を見て、


「だってこのサンドイッチ、すっごくおいしいんだもん。また作ってね!」『シロンも、またたべたーい!』


 シロンとにっこり笑顔で言うと、ユーリはもっとうれしい気持ちになって、クリスといっしょにおなじく笑顔になりました。


「ありがとう。おのぞみなら、いつでも作ってあげるよ」『クー!』


「やったー!」『わーい!』


 こうしてエミルたちは、さわがしくも楽しいランチタイムをすごしました。

お読みいただき、ありがとうございました。

おもしろかった、つづきが気になる、と思っていただいたら、

ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。


あしたも7時、12時、17時、21時ごろ公開予定です。よろしくおねがいします。

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