第20話 保存食
アンリエッタは早速、リチャードを呼んで二毛作の相談を始める。
「つまり飢饉に備えて、冬から春に蒔く種を用意しろと」
「そうです」
「急だけどやってみます。でも税収をいきなり上げるのは、危険じゃないですか」
「ふんっ、さすがダイバス家の当主だな」
ブルークが突然、応接室に入ってきた。
「ブルーク様」
アンリエッタは、ブルークが部屋に入っただけで、部屋が華やかになった錯覚に陥ってしまう。
「子爵様、ご機嫌麗しく」
リチャードが立ち上がって、うやうやしく挨拶をする。
「座ってくれ。我が領地のことだ。私も話しに加わろう」
ブルークは、アンリエッタの隣に腰を下ろした。
「あのブルーク様、来て頂けると思いませんでした」
実は、ブルークには事前に二毛作を始める種の仕入れについて、リチャードに相談することを伝えていた。
その際に、税収についても、ダイバス商団を率いるリチャードの意見を聞くことは、役に立つとブルークに言われていた。
「何故そう思うのか後ほど、じっくり聞かせてもらおう。今は税収について話そうか」
「はい」
税収の話しをするなら、領主であるブルークがいてくれれば大いに助かる。
ブルークがいないところで相談しても、後で必ず許可をとらなければいけないし、それを何度も繰り返すのはバカらしい。
「税収は上げません」
ブルークは、アンリエッタの意見を元にして考えをまとめてきたようだ。
「まずは新しく始める作物の売上を見込んで、保存食を購入して領地民に配ります」
「なるほど」
リチャードは素早く理解したようだ。
「え?」
アンリエッタだけが、話しに付いていけてない。
「あなたらしくないですね。聞いていなかったのですか?」
「だって、あの、無料で保存食を配るのですか?」
いくらなんでも、子爵家から永久に領地民全家庭の保存食を賄い続けるのは現実的ではない。
「先に5%分の保存食を渡して、半年後からは保存食分の税収を5%上げると伝えるんです」
ブルークは分かりやすく説明をしてくれた。
「でも半年間は無料で保存食がもらえるんだから、領地民が損をする事はないんですね」
この人、凄い人なんだわ。
そんなアイデアを思い付くなんて、考えてもみなかった。
「あと君、リチャード君に聞きたいんだが、うちの奥方が子爵家の財政が苦しいフリをするのに、自分が豪華なドレスや宝石を買ってるからだと噂を振り撒くつもりらしいんだがどう思う?」
「えっ」
何故それをばらすのかと、アンリエッタはビックリしている。
「子爵様には失礼なのですが、奥様のお考えは愚策だと思います」
「安心した。先程から思っていたが、君はまともな考えが出来る人間のようだ」
ブルークはリチャードを気に入ったようだ。
「これからもうちの奥方がバカなことを言い出したら、私に報告して欲しい。君からも、しっかりと止めてくれたまえ」
シュンッ
アンリエッタはブルークの機嫌を損なって、嫌われてしまったのではないかと、小さくなっている。
「夫人、あなたは賢い。だから一人で考えてしまうのでしょう。でも私たちが一緒に考えた方がいい考えが浮かぶかもしれませんよ」
ブルークは部屋に入ってきて、初めて笑顔でアンリエッタを見つめる。
あ、相談しろと言ってくれているんだわ。
「はい。今後は相談致します」
アンリエッタは嫌われてはいないのだと、思わず涙ぐんでしまう。
男爵家で厄介者扱いされて、嫌われてきたアンリエッタは、夫に嫌われてしまうのではないかと、いつもビクビクしている。
「私以外の男に涙を見せるのは禁止です」
ブルークはハンカチーフをアンリエッタの顔に当てて、泣き顔を隠しす。
「ラブラブなんですね」
リチャードがポツリと本音をもらす。
アンリエッタの顔が、ボッと音がするくらい真っ赤になっていた。
「うちの奥方はウブなんだ。からかわないでやってくれ」
死にたい。
ブルークとのことをからかわれて照れるなんて、これ以上嫌われたくないのに。
「夫人、リチャード君も私も、子爵家の皆も、あなたの味方です」
「┅┅」
アンリエッタは驚きのあまり、目を見開いてブルークの美しい顔を正面から見つめる。
「知らなかったんですか?皆、あなたのことが大好きなんですよ」
ブルークはいつからか、突拍子もないことを仕出かす自分の奥さんが、実は自分に自信がないことを見抜いていた。
何か秘密を抱えて苦しんでいる気がするし、ブルークに似た銀髪のレオンについても気に掛かっている。
けれどアンリエッタは、いつも自分を犠牲にしてでも子爵家を守ろうとしてきた。
そんなアンリエッタが、子爵家の跡取りを取り替えるなんて真似をするはずがない。
「ブルーク様もですか」
アンリエッタは恐る恐る聞いてみる。
「はい」
そうだわ。
男女間の恋愛だけが、好きというわけじゃない。
ブルーク様に嫌われていないのなら、子爵家の一人として好きでいてもらえたら、それで満足よ。
「ありがとうございます」
アンリエッタはニッコリ笑った。
「では、私はこれから蒔ける種を取り寄せてきます。保存食についてもダイバス家にお任せ頂けるのですか」
リチャードが抜け目なく商談を持ちかける。
「勿論だ。こんな案件、君以外に任せられる人間はいないよ」
ブルークはリチャードを商人としても認めている。
「急ぎ準備致します。金額や希望の保存食があれば、教えて頂けますか」
それから、保存食の詳細について話し合われた。
◇◆◇
ブルークの案で先に保存食を手渡したせいか、半年後の税収を5%上げる話しも、思ったより抵抗がない。
野菜や肉、魚、穀物、バター、ワインまで様々な保存食が試されていく。
乾燥、燻製、塩漬け、ピクルス等、味や保存期間、好み等を調べる為に試行錯誤していく予定だ。
アンリエッタはアトリエの仲間と一緒に、保存食を配りながら半年後に税収が上がる話をして回っている。
その税収分で、また保存食を仕入れてお渡しすると説明すると、理解しやすいようだった。
領地民の家を回っていると、飾り細工や綿織物の話をされる方が多い。
綿織物は、生地よりも安価な服として販売して欲しいと言う意見。
また、魔道具について興味がある方が多くて、どんな物があるのか説明に時間がかかるので、ひとまず説明は断っている。
その代わり、アトリエの隣の魔道具を売る店頭で、魔道具を並べて使い方を説明すると伝えると放してもらえた。
歩き回って遅くなると、アトリエに子爵家の馬車が停まっており、ブルークが迎えに来てくれることもあった。
今日も、どれくらい待っていてくれたのか、アトリエの前に馬車が停まっていた。
「ブルーク様」
「こんな時間まで歩き回るのは危険です。昼間には帰ってくるようにして下さい」
「申し訳ありません」
「子供たちがあなたの帰りを待っていましたよ┅┅私も」
「え?」
最後、消えるような声で囁かれてアンリエッタの耳には届かなかった。
「これからは早く帰ります」
「はい」
ブルークは怒っておらず、満足そうだったので、アンリエッタも迎えにきてくれたことが素直に嬉しかった。
「大型船舶の件ですが、先方から早く引き渡しをお願いすると連絡があったので、来週明けにでも引き継ぎをします」
「男爵家が申し訳ありません」
「夫人、ご存知でしょう。売り払いたかった船舶です。あなたのお陰で厄介払い出来ました。内緒ですけどね」
ブルークは空色の瞳をウインクして見せた。
はうっ。
アンリエッタは自分の胸を片手で押さえる。
顔だけじゃなくて、瞳の色まで綺麗すぎて破壊力がデカイ。
空色の瞳で自分に向けてウインクなんてされては、今日は眠れない。
夫のイケメンぶりは知っていたが、どうしてもこの顔に馴れることが出来ない。
うちの夫、尊い。
「あのブルーク様、せっかく飢饉に備えているのですから、子爵家でも節約が出来たらと思うのですが」
アンリエッタらしいとブルークは思う。
「節約する内容は書面にして、お持ちしますね」
今までなら報告もせずに節約してたアンリエッタが、ブルークに始める前に報告書を提出すると言っている。
少し上司と部下のような感じもしなくはないが、2人の間が縮まった気がして嬉しかった。
「屋敷に着くまでに、どんな物が節約できるか相談していきませんか」
ブルークはただ、何でもない話をアンリエッタとしたかった。
けれど真面目なアンリエッタは真剣に悩み始めてしまう。
「まず、私の新しいドレスや宝飾品は必要ありません。子供たちも┅┅子爵領で子供服の古着って売っているのでしょうか?」
「まさか子供たちに古着を着せる気ですか」
ブルークはさすがにそれはと言葉を失ってしまう。
「いいえ、子供たちの着て小さくなった服を再利用してもらえたらと思ったんです」
「なるほど、良い考えです」
「ふふふっ」
「何ですか」
「ブルーク様が慌てるのを始めて見ました。ふふふっ」
「いいえっ、夫人にはいつも驚かされていますよ」
その時顔が近付いてきて、アンリエッタの唇とブルークの唇が触れ合いそうになった瞬間、子爵邸に着いて馬車が停まっていた。




