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第14話 重い鉄鍋

 リチャードがプレゼントとして持参した鋳物について、商品開発が難航している。


置物や飾りとしては良いとして、どんな物が商品に適しているのかアイデアが浮かばない。


部屋で2人の赤ん坊を侍女たちがあやしていると、ブルークがやって来た。


仕事の合間のティータイムを赤ちゃんたちと過ごすのが日課となっている。


「そろそろ離乳食を考えないといけないけど、野菜とかお肉を柔らかくお粥のように出来るかしら」


アンリエッタが、助産婦から聞いた離乳食を侍女たちに相談している。


「パン粥じゃなくて肉や野菜ですか?柔らかくなるまで煮るのは大変ですね」


確かにこの時代、とけるほど柔らかい肉や野菜が食卓に出ることはない。


「密閉出来る鍋でもあれば、素材を柔らかく出来るかもしれません。ただ鍋は重いから色々と大変です」


「鍋は重い?」


アンリエッタには、キッチンにどんな道具があるか想像しか出来ない。


お嬢様だからキッチンに立ったことがないのではない。


今は侍女たちが、キッチンに立たせてくれないが、男爵家ではキッチンに立ち寄る資格がなかった。


アンリエッタがキッチンにいようものなら、食べ物を盗み食いする泥棒だと殴られていただろう。


「ええ、普通は石窯に重い鉄鍋でフタなんてありませんから」


「だったら煮込むのに時間がかかるし、持ち運ぶのも大変ね」


アンリエッタはここでも、不便はアイデアのチャンスだと、侍女たちの話しを聞いている。


「料理は重労働ですから、料理人は力の強い男が多いんでしょうか」


「そうね。男性も重い鉄鍋なんて嬉しくないし、家では女性が料理をしてるんじゃない?」


アンリエッタが当たり前のことを言い出す。


「そりゃあ、してるでしょう」


侍女たちにはアンリエッタが言いたい事が、分かるような分からないような禅問答のように聞こえる。


「モリー、リチャード様に手紙を届けて」


ブルークは侍女と子供たちをあやしながら、楽しそうにアンリエッタを見ている。


◇◆◇


「アンリエッタ様、ご機嫌麗しゅうございますか。鋳物のアイデアが浮かんだって本当ですか」


リチャードは、またアンリエッタを崇め奉りそうな勢いで、挨拶をした。


「最近リチャード様は大袈裟ですね。はい、アイデアが浮かんだのでご相談させて下さいませ」


まずは落ち着いてソファに座って下さいと、モリーにお茶の支度を頼む。


「実は子供たちの離乳食の話をしていて、キッチンの石窯に置く大きくて重い鉄鍋の話を聞いたんです」


「はあ?」


リチャードには、アンリエッタが、何故、離乳食や鉄鍋の話を始めたか分からない。


「リチャード様、あなたのアイデアは重いものを軽くするのではありませんか?」


焦れったくなって、あなたのアイデアですよとアンリエッタが急かす。


「ああ、大きくて重い鉄鍋を鋳物で軽くするんですね」


「ええ。それに実際に大きい鍋しかないのか分からないのですが、一人用の小さな鍋や持ち手の工夫をしたらどうですか」


「なるほど。それが出来たらいいですね」


「もう一つ、あまりフタが使われないと聞いたんですが、密閉するとお肉も野菜も素早く煮込まれると思いません?」


「ぴったりとはまるフタ付きの軽い魔鉄鍋を考えておられるのですね」


「その通りです」


リチャードは、思いも付かない、アンリエッタのアイデアに脱帽。


鋳物の置物を確かにプレゼントしたが、鋳物の鍋とフタなんて、すでにリチャードのアイデアではなくなっている。


「もう一つ、鋳物や飾り細工、織物の模様はリチャード様、ミリアムさん、モリーのアイデアだわ」


リチャードは、アンリエッタが何を言いたいのか待った。


「ただ元々の魔岩石から魔鉄を作ったり、綿花から綿織物を作るアイデアは」


リチャードは、なんだそんな事かと思った。


「そんなのアンリエッタ様が思い付いて、事業を始めたのですからアンリエッタの手柄ですよ」


アンリエッタが何か言葉を口にはさもうとするが、リチャードの話が止まらない。


「それどころか鋳物も飾り細工も柄織物もプレゼントしただけで、それを事業にしたのもアンリエッタ様じゃないですか」


「違うんです」


「え?」


アンリエッタの予想外の言葉に、リチャードは何が?と口に出しそうになる。


「私の手柄ではなく子爵領のブルーク様の手柄にして頂けないでしょうか」


ああ、この人は本当に子爵領を大切に思っているのだとリチャードにも分かる。


実はアンリエッタのやってきた男爵家が、子爵領の財産を根こそぎ奪おうとしていると聞いた時は面白くなかった。


それを話しているアンリエッタを疑いはしないが、それでも男爵家から嫁いできた事実が胸につかえていた。


ところがアンリエッタは子爵領の為に、様々なアイデアを出し事業を改革していこうとしている。


しかもその手柄を子爵家とブルークに譲ろうというのだ。


「何故ですか」


リチャードは聞いても仕方ないと思いながら問わずにはいられない。


「それが一番いいからです」


「子爵領の民に認められる為にも、魔鉄と綿花の手柄はご自分の物にすべきでしょう」


「私の手柄などいらないのです。この子爵領は、ブルーク様あってのものです」


「あなたのことを民は何も知らないし、贅沢三昧している他所から来た子爵夫人と思われていますよ」


リチャードは言う気もなかった噂を口にしてしまった。


「私は民に何と言われても気にしません。アトリエの皆様とブルーク様、そして子供たちが無事であれば幸せです」


最後にやっぱり処刑されたとしても、それがブルークや子供たちの命を奪ったからであってはいけない。


子爵領とブルークと子供たちの為なら、アンリエッタは命をかけて守ると決めたから。


けれどリチャードには到底理解出来ない。


何故、自分の手柄を人に渡そうとするのだろう?


子爵領主様は、そんなに魅力的で、アンリエッタのことも大切にしているのだろう?


しかもアンリエッタの産んだレオンは身代わりを立てて、自分の子を自分の子として育てる事さえ出来ていない。


一体何を背負っているのだろう?


「アンリエッタ様の手柄だと不味い事があるのですか?」


リチャードはどうしても理解出来ずに聞いてしまう。


「もしも私の功績として魔鉄や綿花の事業で大きな利益が出たら、コッポラ男爵家が黙っていません」


「そんな馬鹿な」


結局、全ての利益を奪っていくのか。


でも、相手は子爵家。


そんなに簡単に自分の領地の利益を嫁の実家に渡すだろうか?


ブルークはそんな柔な領主には見えないが。


まあ、リチャードの説得など無意味だろう。


「はあ。では、手柄を子爵家、ブルーク様の物だと噂をばらまけばいいのですね?」


リチャードは自棄やけになった訳ではない。


何を言っても勝てる気がしないので、言い合うのを放棄しただけ。


「噂をばらまいてはいけません。販売店にだけ話のついでに、ブルーク様のお陰で助かったとでも言ってもらうのがいいでしょう」


そこまでしなきゃいけないのか。


「分かりました。皆にも言っておきます」


「ありがとうございます。皆様の働きには必ず報いるとお約束します」


アンリエッタは、一仕事終えたようにホッとしていた。



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