第12話 飾り細工の宝箱
アンリエッタは子供を生んだばかりで、アトリエに顔を出すことが出来ない。
モリーの案でリチャードとミリアムが、子爵家の実の子を連れて、子爵邸にやって来た。
「アンリエッタ様、ご出産おめでとうございます」
リチャードとミリアムが、同時に出産の祝いをのべた。
「まあ、お二人とも気が合っておりますのね。ありがとうございます」
「アンリエッタ様、こちらの赤ん坊が、教会に捨てられていた子供です」
事前にアンリエッタの子の安全の為に、ミリアムの家の教会に置いていくことを了承してもらっていた。
今ここにはその事実を知る者しかいないけれど、それでもミリアムはレオンの出生の秘密を口にしない。
「そう、この子が┅┅」
アンリエッタは涙を堪えるのがやっとで、言葉に詰まってしまう。
「この子にお名前は付けたのですか?」
「ええ、ブルーク様が強き英雄の名前を付けてくれました。レオンです」
「良い名ですね。この子にこそふさわしい」
リチャードはレオンの青みがかった銀髪を撫でて微笑んだ。
子爵家の跡取りにふさわしい名だ。
「私が見付けた子に、誕生のプレゼントがあるんです」
ミリアムは持ってきたプレゼントの箱をアンリエッタに手渡す。
そこには魔鉄で作られた箱が2つ入っている。
「凄いわ。これは誰に頼んで作らせたの?」
魔鉄で作られた箱は、樹木と花を型どった見たことのない細かい細工が施されている。
「私が作りました」
なんとミリアムの手製だという。
「これは見事ですよ。ああ、でも困りましたね」
リチャードが悩ましげにアンリエッタを見た。
「ええ、私も同じことを思っていました。困ったわね」
「アンリエッタ様もリチャード様も、どうしたんですか?この箱に、何かよくないことでもあるんですか」
ミリアムは自分の手作りの箱に、2人を困らせる事態が起きるとは思ってもみなかった。
不安そうな顔のミリアムを見て、アンリエッタは口を開く。
「あなたは貴重な魔鉄作りの魔法師なのに、こんな飾り箱を作れる才能まであったなんて聞いてなかったわ」
「え?」
「まだ分からない?君の飾り箱、いいや箱だけじゃなくて、この技術なら売れる物が作れるって事だよ」
リチャードが少しからかうように説明をした。
「だったら何故?」
何故、困るなんていうのかミリアムには理解出来なかった。
「だって、君は1人しかいないのに、2人分の才能があるからね。でも、仕事をする時間は1人分しかないだろう」
リチャードの言葉にミリアムはやっと、2人の言わんとしている事を理解する。
「ありがとうございます。またこうして私のことを認めてもらって嬉しいです」
ミリアムにとっては、魔法師の仕事をさせてもらえているだけでも、幸運だと思っている。
それを手持ち無沙汰で、生活の足しに始めた細工作りを認めてくれる人が2人も現れた。
「まあ、ミリアム泣かないで。レオンの為に作ってくれた宝石箱を大切にするわ」
アンリエッタはミリアムの手を取って感謝の気持ちを伝える。
「こんな素晴らしい細工箱の後では、出しにくくなっちゃいましたよ」
リチャードも用意してきたプレゼントをアンリエッタに手渡す。
箱の中には、やはり魔鉄で作られた見事な対になる竜の置物が収まっていた。
「軽い┅┅、まさかこの竜も」
アンリエッタは、驚愕してリチャードを見た。
「私にそんな物を作る才能はありません」
「そうだとしても、これ凄いわ」
「これは魔鉄や魔道具を頼んでる職人に試しに鋳物を作ってもらったんです」
「鋳物?」
アンリエッタもミリアムも初めて聞く物だった。
「鋳物は型なんですけどね。作りたいもので型を作り、空洞に材料を流し込んで固めると中は空洞の軽い作品が出来上がるんです」
「うちの職人が、こんな物まで?」
アンリエッタとミリアムは顔を見合わせて驚いている。
「これは、竜や置物以外にも商売になりそうだわ。お2人とも本当に素晴らしいです」
「アンリエッタ様、レオン様のプレゼントですよ」
「ですよね」
リチャードとミリアムは、自分たちの持ってきたプレゼントがいつの間にか事業の参考になっていると笑いだす。
「ごめんなさい。あんまり凄い物だったから、この子の代わりにお礼を言います。本当にありがとうございます」
3人は手を取り合って喜びあった。
「こほんっ、こんな凄い物ばかり出されたら渡しにくくなってしまうじゃないですか。おめでとうございます」
一歩控えていたモリーもプレゼントの包みをアンリエッタに渡した。
「何を言うの。あなたがいなかったら、この子を無事に┅┅」
モリーがいなかったら、外に出す事も、こうして再び子爵家に従者として迎える事も出来なかっただろう。
「モリー、本当にありがとう」
アンリエッタは最後にモリーのくれた包みを開けてみた。
そこには、綿花で織り始めた綿織物のハンカチーフが入っていた。
「これはどういう?刺繍なのかしら」
アンリエッタは刺繍とも違う感触にモリーを見返す。
「刺繍ではなくて、織物で子爵家の紋章を入れてみました」
銀色糸で子爵家の紋章を織って作ったハンカチーフ。
これはレオンが、ブルークとアンリエッタの本当の子供だと表す物。
「この子にとって何よりの贈り物だわ。ブルーク様の髪を表す紋章なのね」
「それだけじゃないですよ。子爵領で刺繍じゃない柄の織物なんて、初めて見ました」
服飾や模様にも関心が高いミリアムは、ハンカチーフを手に取り目を輝かせている。
「困りました」
「またですか」
「またですね」
4人は新たに生まれた3つの事業で、仕事が増えそうだと嬉しいボヤキを始めた。
◇◆◇
「そうそう、魔鉄を使った魔剣や魔道具なんですが、職人からかなり魔鉄の質がいいと言われました」
リチャードが、魔鉄で作っている魔剣、魔防具、魔道具についての販売価格を決める為の説明書を持参した。
「説明書を参考に、後で販売価格を決めていきましょう。アンドレに報告も必要ですから」
「分かりました」
「あと、今まで子爵家で利用していた、大型船舶について相談があります」
アンリエッタは、男爵家との確執をリチャードとミリアムにも話して聞かせた。
勿論、前世の話やアンリエッタが私生児であること、子供を殺してしまったことは誰にも話せない。
男爵家が、子爵家の財産を奪おうとしていることのみ伝えた。
そして、中型船舶に買い換える為にも、大型船舶が非常に価値が高いと男爵家に思わせる必要があること。
そこで、リチャードのダイバス商団を使って噂が流せないか相談した。
「そうですね。今までの大型船舶の利益を吹聴するのは勿論ですが、今後の利益が見込めると思わせないといけませんね」
リチャードが、対策を練っていく。
「今までは魔岩石の輸出と魔鉄の輸入につかってましたが、それは子爵領の事業ですから、男爵家が出来る仕事が必要ですね」
「お金に執着してるけど、難しいわ」
アンリエッタは男爵家の仕事について考えたが、大型船舶を必要とするような事業は行っていない。
「それでは方法は子爵領で必要な物を持って来させるか、子爵領で売りたい物を運ばせるかですね」
ミリアムがレオンをあやしながら、アイデアを口にした。
「あまり信用出来ない人たちだから、一緒に事業をすると危険じゃないかしら」
「大型船舶を引き取らせる為だけですよね?だったら取引期限を決めて、それ移行は更新するか他の商品を自分たちで探させましょう」
確かに皆には話せないけど、嵐で船舶は沈没してしまうから、そこまで事業が続けばいいのか。
嵐が起きたのは、いつだったかしら?
大型船舶は数年後に買い換えも必要だって聞いたけど、実際には1年後の嵐に耐えれなかったんだわ。
それまでは少し手伝ってあげてもいい。
でも、1年後に大型船舶が沈没した後のことも考えておかなければいけない。
本当に男爵家は人の身体に巣くう癌のような存在だわ。
ブルークがアンリエッタを嫌っていても、子供を本当の子供として育てられなくても構わない。
どんな手を使っても、子爵家とレオンは守ってみせる。
「こんな案はどうでしょう┅┅」
リチャードの案を聞いて、皆がうなずいた。




