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花とペン  作者: 井上マイ
24/68

24.

『草四郎くんは、周平さんに気に入られたみたい。私たちと一緒に働くことになる』

 キツネのいうことは本当だったらしい。

 草四郎に再び、谷さんから招集がかかった。

「今度はセイさんも同席させてください」

 草四郎が言うと受話器の向こうから、笑声が返ってきた。

「ははは、草四郎くんは怖がり屋さんだな……お守りが必要か」

 いちいち気に障る男だった。

 前回の勉強会のあと、草四郎が醜態を晒したこと。それをキツネから聞いていたのだろう。

「まぁいいよ。連れてこい。昼飯をご馳走する」


 その日は日曜日。ぼくの休日だった。

「愛想笑いをしろとまではいわないが。谷さんのやることを、いちいち正面から受け止めるな。身が持たないぞ」

 ぼくは草四郎にそう言い聞かせた。

 これは自分への戒めでもある。

 待ち合わせは正午、草四郎の最寄り駅で。

「やあ、おまたせ」

 今回は谷さん自ら車を運転してきた。

 その車は、無骨なワンボックスだった。少し意外だ。

「よろしくお願いします」

 ぼくと草四郎は後部座席に、並んで座った。

「きょうは、面を付けてないんですね」

 素顔の谷さんに向かって、無遠慮に草四郎が言った。

「ハッ、職務質問で止められたくないからな」

 さすがに日中の街中では、ウサギの面はかぶらないらしい。

 そして、ぼくらもアガミの装束ではなく普段着を着ている。

 それも谷さんからの指定だった。

 きょうは物騒な勉強会の日ではないらしい。

 しかし助手席には、何やら大きな旅行カバンが置かれている。

 なにに使うのだろう。少し嫌な予感がする。


 車は赤坂で止まった。

「ここは……?」

「昼飯をおごるといっただろう」

 ポカンと口を開ける、ぼくらに谷さんが笑いかける。

 そこは焼肉屋だった。

 ファミリー向けの店ではない。

 出版社勤務の谷さんが、接待で使うのに相応しい高級店だ。

 駐車場を見渡せば、高級車だらけだ。

 ぼくらの乗ってきた、ワゴン車だけが浮いていた。

 黒一色の大理石調のインテリア。

 床には人工の池がしつらえられ、橋まで掛かっていた。

 ひとことでいうならば、いけ好かない店だ。

 谷さんは個室を予約していた。

 寒々しさを感じるほどに広い部屋だ。

「じゃあ、お任せで三人。いや、五人前頼む」

 そして谷さんはビールを頼んだ。

「草四郎くんは、お茶でいいのか。セイくん、君は何を飲む?」

「ぼくもウーロン茶で。帰りの運転、代わりますよ」

「構わず飲めよ。迎えを頼むから」

 和やかな食事会の始まり。

 しかしぼくら二人は、とてもそんな気分にはなれない。

「…………」

 草四郎の顔が固い。谷さんを見る目は無礼寸前の鋭さだった。

「この店にはよく来るんですか?」

 会話の接ぎ穂を求めて、谷さんに尋ねてみた。

「いいや、今日がはじめてだ」

「なんでまた。こんな高そうな店を……」

 自分でいうのもなんだが、ぼくら二人には量を食わせておけばよいのである。

 肉に金箔が乗ってきそうなこんな店。場違いもいいところだ。

「座標の都合。この店がピッタリだった」

 座標?

 そのとき料理が運ばれてきたので、その意味を聞きそびれてしまった。

 こんなに見事にさしの入った肉と、繊細に盛られたキムチは初めて見た。

 谷さんはテーブルの盤が見えなくなるほど、料理を注文した。

 しかし、メニューが焼肉で良かった。

 肉を網に乗せる。焼けるのを待つ。ひっくり返す。

 少しは間が持ちそうだ。


「では乾杯」

 谷さんがグラスを持ち上げる。

 しかし、なんの乾杯なのか。

「先日、後始末を頼んだ件ですが。その後なにか分かりましたか?」

 店員がいなくなってすぐ、ぼくは谷さんに尋ねた。

「はて、後始末?」

「ぼくを襲ったチンピラたちの出所ですよ」

 これには谷さんも苦笑する。

「何かと思えば……いきなりそれか」

「こんな時でもないと、あなたとゆっくり話せませんから」

 五島万の編集者としての谷さんとは、ホスピタルで顔を合わせている。

 術士としての谷さんとは、あのバーで会って以来だ。

「目下調査中だよ」

 つまり何も分かっていないということなのか。分かっていてもこちらに伝える気がないのか。

「谷さんのことを少しだけ疑ってます」

「なぜ?」

「あいつらを使って、ぼくを試そうとしたんじゃないかと」

 谷さんは、ぼくのその言葉を聞いてむせるほど笑った。

「そんな面倒くさい真似するかよ。きみの実力を計りたいのなら、直接殴ればいい。そうだろ?」

「草四郎相手にしたようにですか?」

 網の上で、手つかずの肉が焦げていく。

 おっとっと。

 あわてて皿へ掬い上げる。

 うまい肉だ。しかし小骨がささったように喉につかえる。

 ウサギの面は付けていない。

 だが今日の谷さんは、コウガミの術士の顔をしていた。

 口元に微笑を浮かべながらも、その目は冷たい。

 彼と向き合っていると、捉えどころのない不安を搔き立てられる。

「人聞きの悪いことをいうな。あれは暴力じゃない」

 そして谷さんは余計な一言を付け加える。

「軟弱な箱入り息子には、多少刺激が強すぎたかもしれないがね」

 なんとでも言って下さい、と草四郎が言った。

「あれが指導というならば、それこそ無用です。ぼくにコウガミの術は必要ない」

「カミサマに守られて、セイくんと仲良しこよしのお遊戯会……それで何になる?その気になれば、きみは高く飛べるはずなのに。狭い鳥かごの中で、その羽を腐らせようとしている」

「あなたに、アガミの何が分かるんですか?」

「知ってるよ。前にも言っただろう。俺はアガミのことに詳しいんだ」

「…………」

 草四郎はその先の質問をためらった。

 ミカさんの予言の力。それは扱いによっては、無用の争いを生み出しかねない。危険な力だ。

 だから、我々はそれを一族の間だけに留めておいた。

 谷さんにそれを伝えたは、誰なのか。

 裏切り者探す、というのは大げさすぎるが。身内を落ち度を、暴くようなことはしたくない。

 そんなぼくらの心のうちなど、お見通しなのだろう。

 谷さんはあっさりと、その内通者の名前を明かした。

「俺に君たちの守り神のことを教えてくれたのは、渋沢 一 (しぶさわ はじめ)氏だ。それだけじゃない。ただの小学生だった俺を見つけ出して、コウガミと引き合わせてくれたのも彼だった」

 渋沢一。

 それは十五年前に亡くなった、ぼくの父。

 そして草四郎の兄だ。


 谷さんはマイペースを崩さない。

「で、締めは何にする?冷麺か、ビビンバか……あっ、クッパもいいな」

「ぼくらはビビンバで。あと、飲み物のお代わりをお願いします」

 ぼくは無理やりふつうの顔を作った。虚勢を張るというやつだ。

「デザートはバニラアイスでいいか?」

「はい」

 草四郎が頷いた。これも右に同じのやせ我慢だ。


「驚きましたよ。谷さんがうちの父を知っていたなんて……父はどんな人だったんですか?」

 父が亡くなった時ぼくは幼かった。正直、父に関する記憶は遠い。

 ぼくより三つ下の草四郎は尚のことだろう。

「顔は草四郎くんに瓜二つ。性格はセイくん寄りだな」

 目を細め、懐かしそうな顔をする。ふつうの昔話をするように。

「俺に最初に術を教えてくれた人だ。つまりこれは恩返しみたいなものだよ。ハジメさんから受け継いだものを草四郎くんに返したい」

 この男に人情噺は似合わない。

 それにアガミの双子先輩は、谷さんと父の繋がりを知らないようだ。その断絶にはなにか訳があるのだろう。

「あんた、何を企んでるんだ?」

 草四郎は駆け引きなど出来ない。

 しかし、谷さんは草四郎の不躾な言葉に怒りはしなかった。

「前に話した通りだ。君たちの神様の力を借りたい。いずれくるときに備えるために」

 ここで、ぼくが口を挟む。

「過大評価ですよ。ミカさんの言葉はそんな便利なもんじゃない。ミカさんの歌から、現実を掬い取るのは至難の業です。砂利の中から砂金を取るほうが、まだ易しい」

 巷の占いとは、まるで違う。

 ミカさんは、こちらの望むものをポンと出してくれはしない。

「父がまだ子供だったあなたに、何を吹き込んだのは知らないが……。これ以上、お役に立てそうもありません」


 カラン。

 グラスに匙があたる涼やかな音。

 谷さんは、アイスクリームを綺麗に食べ終えた。

 彼は決して、悠然とした表情を崩さない。

「俺には予言の力なんてない。しかし、明日の天気予報よりも確実なことがある」

 谷さんは、ぼくを見た。

「近い将来、君は死ぬことになる」

 食ってかかったのは、ぼくではなく草四郎だ。

「何を根拠に、そんなことを! ?」

「ご本人が一番わかってんだろ?アガミの腐れ花」

 端的に、谷さんはぼくをそう呼んだ。

 ぼくは術士として、大きな欠陥を抱えている。

 初対面の時に、彼はぼくが舞うのを見ている。

 その時に見抜いたのか。

 それとも父の死を見て、その累が息子に及ぶことが分かっていたのか。

「嵐が来るぞ。傷を負ったものが生き残れるほど、甘くない」

 嵐とはなんだ?

 十日町が呼びだした"マ”を言っているのだろうか。


「さて、そろそろ時間だな」

 谷さんがそう言った途端だ。

 空気が変わった。

 ミカさんが、実体となって躍り出た。

 草四郎の馬のミカさんだ。

 そして、ぼくには聴こえぬ声をあげる。

 なにかが、ここに近づいている。

「さあ、食事は終わり。社会科見学のはじまりだ」

 楊枝で歯の隙間をつつきながら、のんびりと谷さんがいう。

「高い肉おごってやったんだ。何があっても吐くんじゃないぞ」


 風が押し寄せてくる。

 異常な圧力に、そんな錯覚を覚えた。

 ダン!

 ちょうつがいが千切れるほどの勢いで、ドアが開いた。

 男が二人。 

 転げるように、ぼく達のいる個室に入ってきた。

 二人は揃いの黒いスーツを着ている。

「……!」

 思わずぼくらは息をのむ。

 猛烈な違和感。しぐさだが

 一目で分かる。彼らは人間ではない。

 それは実体を持たない影だ。

 そこに乱雑に人の皮を被せてあった。

 異様に長い腕は、ダランと膝の下まで垂れている。

 そして彼らの顔面には眼球がない。ただ黒い穴が空いているだけだ。


 反射的にぼくと草四郎は構えをとった。

 草四郎は、人指し指を折り曲げ口にくわえた。

 指笛だ。子供じみてはいるしぐさだが、彼の鍵は笛なのだ。いつも携帯している篠笛は谷さんの車に置いてきてしまった。これで代用するよりない。

 ぼくは椅子を蹴って立ち上がった。

 前傾姿勢を取り、右の手のひらを広げる。

 勢い余って、テーブルの上の皿を払い落としてしまう。

「不作法だな。社会科”見学“と言っただろう?座っていろよ」

 

 そして谷さんが動いた。

 いつの間にか、彼はウサギの面を付けていた。

 ぼくらまであと一歩。影たちの手が伸びる。

 谷さんは無造作に、ハエを払うように軽く左手を動かした。

 放たれたのは手裏剣?

 いやそれは、名刺程の大きさの術符だった。

 谷さんは上着の内ポケットにそれを忍ばせていた。

「…………」

 同時にその唇から短い術言が紡がれる。

 紙で作られている術符に、刃の煌めきが宿る。

 術符は、一体の"マ"の胸に吸い込まれるように突き刺さった。

 効果は顕著に現れた。

 パン!

 破裂音が響く。

 水風船が破れたようだった。

 かりそめの皮膚は突き破れ、影たちの内側から黒い水が吹き出した。

 生暖かい飛沫が、ぼくら三人を濡らす。

 その水はひどい臭いがした。

 肉の腐った臭いだ。

 思わず催した吐き気を、必死で押し止める。


 まだ一体、敵は残っている。

 その体は軟体動物のように、柔らかい。己の体も支えきれないほどだ。

 前進しようとして、敵は倒れこんだ。

 先ほどまで肉が焼かれていた鉄板には、熱が残っている。そこに化物は顔から突っ込んだ。

 この異形は熱さを感じる最低限の触覚さえ、持ち合わせて居ない。

 影は倒れこんだまま、その手を谷さんに向けて伸ばした。

 その手には、ぬらりとした水掻きがついている。ゾッと。

 谷さんは、武器を変えた。

 次に彼がポケットから、引き出したのは大判のスカーフだ。

 馬蹄の柄の派手なスカーフ。それに強い香をまとわせてあった。 

 谷さんは、それをヒュッと鞭のように一ふりした。

 スカーフが触れたとたん、化物の頭部が弾け飛んだ。


 二体の化物は形を失い、あとにはただ黒い汚水が残った。

 床に落ちていた一枚呪符を拾い上げてみる。

 谷さんが投擲し、化け物の息の根を止めたものだ。

 それはすでに刃の光を失い、ただの紙に戻っていた。

 あっという間の出来事だった。


「お疲れ様でーす」

 緊張感などまるでない、間延びした挨拶。

 騒動が終わるのを見計らったように、男がひとり入って来た。

 今度はちゃんとした人間だ。

 ジーンズ姿の、ぼくと同年代の若者だ。

 やや地黒。頬にニキビの痕が目立つ。テレビに出ている、なんとかとかいう漫才師に少し似ている。

 テーブルが倒れ、ひどい悪臭が立ち込めているこの部屋。

 しかしこのあり様を見ても、男に驚いた様子は無い。

「ずいぶんと遅かったな。しかも仕上がりが甘い。おかげで汚れてしまった」

 谷さんが唇をとがらかせる。

「複雑な形は、固まりにくいんですよ。あなたのオーダーが悪い」

 男が言い返す。

 仕上がり。

 この泥人形二体組み立てたのは、この男なのか。

 無形の闇にいったん形を与え、それを無に帰す。

 ぼくらもミカさんの力を借りて、やっていることだ。

 だが、こんな乱暴な方法は取らない。

「すいませんね。渋滞にはまっちゃって。先のインターで事故があったらしくって」

 若者も谷さんも、どこまでも軽い調子だ。

 ふたりにとってこんな荒事は日常なんだろうか。

「タカセと申します。おふたりのことは、谷さんからよく伺ってます」

 よろしくお願いします。と彼は言った。

  臭気と、谷さんの戦闘の苛烈さを目の当たりにした衝撃。

 草四郎は顔を青ざめさせていた。ぼくも似たり寄ったりのひどい面だろう。

「彼は勉強会のメンバーです。あの時は猫の面をかぶっていた」

 声で分かりましたと、草四郎がぼくに耳打ちする。

 そしてタカセは、ぼくらの方に向き直った。

「さぁ次が詰まってます。ちゃっちゃと行きましょう」

 パンパンと手を打って、彼はぼくらを促した。

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