七羽の雀・下
男は七羽の妻と、朝な朝な言葉を交わして愛を語らい、夜な夜な身体を重ねて愛を紡ぎました。実に毎夜毎夜、代わる代わる、初めて会ったときに誓った通り、七羽を等しく愛しておりました。
男の生活は彼女らに支えられ、心身ともに充実いたしました。よそに女を作る余裕などありません。周りから敬遠されていた女性問題も解決し、仕事にも一層の身が入り、まさに順風満帆の一路を得たのでございます。
ところがある日、事件が起こりました。七女が鳥の姿でお天道様の下を飛び遊んでおりますと、心無い人の子供らが彼女に向かって、戯れに石を投げたのです。
あわれ、石は七女の顔をえぐり、彼女を二目と見られぬ醜女へと変えてしまったのでございました。
それから幾週か経った頃でありましょうか。長女は夜更けに、男と向かい合って言いました。
「お前様。末の妹が近頃、お前様が冷たいと嘆いております。疑いとうはないですが、可愛い妹を無下にするわけにも参りまへん。これは真実にございますか?」
男はその問いに、悪びれもせず答えました。
――不細工な女を愛する気にはなれない。あのおぞましい顔を見ると、気分が萎えてしまうのだ、と。
「左様でございますか。しかしうちらとの夫婦の契りは、七羽を等しく愛することが約束でありましたはず。今いちど、心を正してくださいまへんか?」
しかし男は長女の鋭い鳥の目にも臆することなく、言い切りました。
――いくら可愛く甘えてこようが、あの醜い女を抱くことなんか出来ない。
「なるほど。お前様は未だに、外見の美醜なんかにこだわっておいでなのですね。ならば――」
すると長女は音も無く立ち上がり、男の前にすり寄って、自らの掌にひゅうっと息を吹きかけました。
「その眼、うちらの愛を妨げる邪魔物どすなあ」
風を切る音がしたかと思うと、一閃、女の細指は男の両眼を躊躇うことなく貫きました。女は親指と薬指の二本を根元まで血に濡らし、男の光を一瞬にして、永遠に奪ったのでございます。
男は痛みに悶え、今更ながらに女への恐怖を覚え、叫びました。
――やっぱりお前は化け物だったんだな。出て行け。もう離婚だ。
「お前様。物怪の法に、離縁の二文字はございまへん。お口をつぐんでくださいまし。もし再びその言葉を発したとなれば……」
しかし錯乱した男に、女の忠告は届きません。故に男はもう一度言ってしまったのです。
――俺を放っておけ。もう離婚だ。
「……二度と喋れぬように、その舌、チョン切らねばなりまへんのや」
女の腕が伸び、男の口に毛だらけの手がねじ込まれました。
それは男の舌を無慈悲に掴み伸ばします。
そして畏怖した男が謝罪の言葉を述べるよりも前に、冷たい二枚の鉄刃が、彼の舌をジョギリと切って落としました。生ぬるい血が男の咥内を満たし、あふれて迸りました。
男は足らない舌で、どうにか許しを請いました。
――助けてくれ。出て行けなんて言葉は撤回するから。
「なればお前様。うちらと永遠に、共に居てくれはりますか?」
彼は頷きました。このまま女を怒らせたらば、首まで刈られかねないと恐れたからでありましょう。
「二言はございまへんな?」
男は死にたくない一心で、何度も、首を縦に振りました。
「ああ、その言葉、待ち侘びておりました!」
女は歓喜の声を上げました。その様はまさに、すずめ。鈴の音を思わせる美しさでございます。
それは男に残った耳に届く、唯一の救いのように感じられました。
「では物怪の法に則り今すぐに、御魂を重ねて愛し合いましょう。魂を現世に縛り付ける肉の衣を脱ぎ捨て、常世の国へと参りましょう。ご心配なさらずに。うちらは魂萌え雀の一族。翔ける翼は具えておりますから」
ああ、されど男を囲みましたる女らは、人間の法には繋がれぬ、七羽の物怪雀でございます。
*
――月――日。東京都――区のマンションの一室で、――さん(29)が遺体で発見された。死因は失血死。――さんは両目を潰され、舌を切り取られ、胸を裂かれ、全身をハサミのようなもので二十数ヶ所刺されていた。
遺体を必要以上に損傷させる残忍な手口と、部屋を荒らされた形跡は無かったことから、警察は怨恨とみている。――さんは女性問題を多く抱えることで近所や同僚から知られていた。また、事件の一年ほど前から同棲していた身元不詳の女性が一人、事件当日を境に行方不明となっている。警察は、その女性が事件に深く関与しているものとみて捜査中とのことである。
(週刊――より抜粋)




