大地の娘・上
あるとき、あるところに、精力絶倫な男がおりました。
しかしてこの男、ただ欲が強いだけではなく、少々特異な性癖を抱えておりました。それと申しますのも、彼は開放された場所でしか自分を慰めることが出来ない性分だったのです。
何故そうなのかと問われたなれば、おそらく当人ですらも明らかな答えを持たないことでしょう。
あるときは風薫る田畑に忍んで精を撒き、あるときは深淵なる野山に走って精を垂らし、またあるときは厳かなる滝に面して精を放つ。お天道様の下で自身を開放させたが故に、駐在さんのご厄介になったことも一度や二度ではございません。
性に目覚めた少年期から数えて久しく、男は朝な夕なと花鳥風月を犯してまいりました。
そんな彼は成人の折、都会に職を見つけて故郷を離れました。その趣味さえ除けば男もただ一人の民草に過ぎず、石と鉄の街並みは揺るぎなく彼を囲みます。
そうして一年二年、四年八年と経つにつれ、いつしか彼の内に燃えていた迸る情欲は鳴りを潜めてゆきました。
ある夜、どこにでもいる普通の青年となった男が自宅で茫漠たる時間を過ごしておりますと、見知らぬ二人の女が訪ねてまいりました。
一人はやや赤みを帯びた肌を持ち、鮮やかな緑色の髪をざんぎりにしております。もう一人は黄金色のくせっ毛を湛えた、幾分ふくよかな印象で、その白い肌は湿潤な手触りを想像させるものであります。
とても可愛らしい娘たちだとは思いましたが、男には二人の顔姿に見覚えがございません。見当も付かないのです。そこで、お前たちは何者かと彼が問うと、
「私は畑の娘です。初めまして、父さん」
まず赤膚の女が答えました。
「私は田んぼの娘です。初めまして、父さん」
次に白肌の女が答えました。
しかしと申しますか、当然と申しますか、男は首を捻りました。なにせ彼は生まれてこの方、実は生身の女を抱いたことすらないのです。
そんな自分に子供などいるはずない、何かの間違いだと、男は言いました。対して二人の女は言葉を返すよりも先に、男の頬へ寄って口を付けました。
するとどうでしょう。唇の触れた箇所からほのかに漂うは、かつて男が親しんだ泥土の匂いであります。
「思い出した? 母さんの匂いよ」
「これで分かったでしょう。私たちは、あなたの娘よ」
それではお前たちは人間ではないのか、本当に俺の子供なのかと、男は訊ねました。もちろんそうだと、娘らは答えます。
にわかに信じ難いことではございますが、もしやすれば騙されておるのかとも思えますが、男は彼女たちを受け入れることに致しました。そういう意味であれば、心当たりは大いにあるのですから。
さてさてそれから、二人の娘は男の家に住み込むこととなりました。娘らは元々、男を故郷へ連れ戻す心算で参ったのですが、仕事が忙しくて都を離れられぬと男が言い張るため、彼に侍ることやむなしと考えたのでございます。
一方で男は、始めのうちは二人の娘について半信半疑でありましたが、程なく彼女らが本物であると覚えました。何故ならば、娘らは一月も二月も、全く物を食わずに過ごすのです。代わりに土へ寝転び、日を浴びることを日課としておりました。水はよく飲むのですが、酒やジュースを近付けると露骨に怯えるのです。「臭いから近寄らないで」と叫びながら懸命に逃げる様は、ある意味で、本当に我が子のような可愛さを魅せていたことでしょう。
娘らと長く暮らすうち、二人に深い情愛を抱くようになった男に、やがて変化が現れました。畑の娘と田んぼの娘を己が血の繋がる者として大事にするあまり、なんと彼は野菜と米、ひいては土から生える全ての物を食べられなくなってしまったのでございます。
「父さん、無理をしないで」
「バランス良く食べないと身体を壊すわよ」
二人が身を案じるも、男は耳を傾けません。
彼は果物、魚介、獣肉だけを食べるようになりました。




