表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

10

ヘタレ男がなんだかグダグダと喋っております。

「はぁ…はぁ……やだ…ここ…どこ?」


止まってしばらくその場にうずくまってた。

もうすごいショック……せっかく大好きな『舷斗』に会えたのに……家まで行って、部屋まで見せてもらったのに……今は全然嬉しくない。


「穴があったら、入りたいよぉ………」


今まで生きてきて……ってたった17年だけど、こんなに落ち込んだの……初めて。 


「はぁ…はぁ…小夜子さん……けほっ…」


呼ばれてびっくりして、身体が びくんっ!! と跳ねた。

振り向いたら彼が……『舷斗』が直ぐ後ろに立ってた。


『きゃーきゃーきゃー!! もうイヤっ!! 来ないで!! 私を見ないでよぉーーー!!』


って頭を抱えながら、心の中で叫んでた。

そんな心の叫びにまったく気づかない彼が、さらに近づいて私の隣に腰を下ろす。


「滅茶苦茶に走ったんだろ? ここがどこだかわかってる?」


フルフル……俯いたまま、首を振った。


「ほら、帰ってゆっくり話そうよ。怒ったんなら謝るからさ……オレ……」


フルフル……また俯いたまま、首を振った。


「とにかくここにいたって仕方ないから、ほら立って」

「ひとりで帰れます…から…道…教えてください…」

「ひとりで帰る?」

「はい……」


ボソボソと喋ったから、聞き返されちゃった。

それに“ひとりで帰る”って言ったら、なんでだか彼の声がちょっと不機嫌なったように聞こえた。


「ダメだよ、オレと一緒に帰るの。これ以上ゴネるとお姫様抱っこが待ってるけど、いいの?」

「!!」


がばっと顔を上げて、彼を睨んだ!

冗談じゃないっ!! これ以上恥ずかしいことできますかっっ!!


「あ! いつもの小夜子さんの顔だ。くすっ、やっぱり怒らせたほうがいいのかな?」

「…………止めてください。そんなの……」


諦めて立ち上がった。

立ち上がりながら、いつの間にか濡れてた瞼を素早く掌で擦って拭いた。


「………戻ろう。コーヒー淹れ直してあげるから、ね?」

「結構です。わかるところまで送って下さればひとりで帰りますから。片平さん待たせてるんでしょ?」

「そうだけど……今日はダメだよ。絶対オレの家に一度寄ってもらうんだから。じゃないとここから一歩も動かないよ」

「そんな……」

「じゃあ今ここで約束して。オレの家に寄ってくれるって!」

「…………わかりました」


これ以上の反抗は時間の無駄だと思って諦めて頷いた。

途中でわかる道に出たら即行で逃げようと思ってたのに、あっさりと見抜かれてて、強引に手を繋がれてしまった……はぁ~。



「はい。淹れ直したから飲んで♪」


彼がニッコリな笑顔で、私にコーヒーを渡す。


「あ…ありがとうございます……」


いつになく、私は彼に向かって敬語。

だって……彼は私の憧れの『舷斗』なんだもん。


「でも、どうして誤解してたの?」


片平さんが不思議そうに私に聞いてきた。

彼女も2杯目のコーヒーを飲んでる。


「ウチの親が彼は売れない小説家だって言い切るから……それに見た目と性格プラスして考えたら、そうかなって……それに彼に聞いたら否定しないし。空手のコーチも、生活費稼ぐのに引き受けたのかなぁって……」

「あ! ひどい小夜子さん。オレのことそんなふうに見てたんだ。言っとくけど空手のコーチは無償だから! 好意でやってるの! もうホント酷いな」


腕を組んでイジケてる。

だって……そう見えたんだから仕方ないじゃない。


「それは先生が否定なさらないからでしょう? それに見た目や性格だって先生のせいですよ。いい加減さが漂ってますもん。誤解されても無理ないです」

「ええ? そうかな?」

「自覚ないのも信じられませんけどね」

「…………あの、もしかして新しい本が出るんですか?」

「え? そうよ。やっと先生が重い腰上げて下さってね。ずっと気分が乗らないとか言って……そしたら空手のコーチなんか始めちゃって、こっちは怪我しないかとヒヤヒヤしてたんですよ」

「オレは怪我なんかしないよ。大丈夫って言っただろ?」

「一時はどうなるかと思ったんですけど、こんな可愛いガールフレンド見つけるためだったんですね」

「え!?いや……それは違います。私はただの友達……いえ、知り合いで……」


自分で自分の立場を落としてしまった。

だって……。


「小夜子さんは、オレの頭の中の女の子なんだ」

「頭の中の女の子?」


片平さんが不思議そうに聞き直す。

私もどういうことなのかわからなくて、彼をジッと見つめてしまった。


「そう、オレの頭の中にずっと前から小説の女の子がいるんだ。でもその子はずっと顔だけがなくてね。笑ったりするんだけど、いっつも顔がないの。どんなにオレが想像してもね。でも、小夜子さんに会った途端、その女の子の顔がハッキリしたんだ。小夜子さんの顔になった。」

「え?」

「高田先生に呼ばれたときにちょっと話しただけで、その後まったく会ってなかったから、その後の空手のコーチで学校に行って、小夜子さんを見かけたときは嬉しかったなぁ。だから、とにかくお近づきになりたくてちょっと強引に話しかけてたら、小夜子さんに警戒されちゃったけどね」

「…………」

「でもいきなりそんな理由で声かけたなんて言えないし、余計変な奴って思われそうだったし……かといって、小説家だなんて最初っから小夜子さんには言いたくなかったしね」

「なんだ! じゃあ、やっぱり小夜子ちゃんは先生の想い人ってことですね? やだ、女子高生相手なんて……先生、警察に捕まるようなことは止めてくださいよ!」

「ちょっと片平さん! 変なこと言わないで下さいっっ!!」


私はもうワケがわかんなくて……うそ……やだ……急にそんなこと言われても……。


「やだな、だから小夜子さんは“オレの頭の中の女の子”だってば」

「え?」

「は?」


私と片平さんふたりで顔を見合わせた。


「小夜子さんはオレの頭の中の女の子が現れたみたいなんだ。だから、なんだか現実じゃないみたいでさ。小夜子さんと話したり、一緒にいるとなんか信じられなくて、不思議な感じなんだよね。だから構いたくてさ~ふふ♪♪」

「……………」


なんだか言ってることがイマイチ理解出来なかった。

さすが人気作家、考えることが一般人とは違うのかしら?


「せ、先生? それは小夜子ちゃんとのことは先生にとって現実じゃないということですか?」


ああ、片平さん……そこまで掘り下げて聞かなくても……。


「え? ん~~~それに近いかな。ふたりで夢の中にいるみたい。こう、テレビの中のアイドル? みたいな感覚って言えばいいかな? 現実に存在するんだけど、自分とは違う世界の人みたいな感じ?」

「!!」

「せ、先生?」

「ん?」

「それは冗談ではなくて?」

「冗談なんて言わないよ」


ガシャン!

そんなつもりなかったのに、乱暴にマグカップを置いたらしい。


「私……もう失礼します。暗くなるし、今日は大変ご迷惑をおかけしてスミマセンでした。新作ファンとして楽しみに待ってますので」

「ああ、ありがとう」

「では、片平さんもお世話になりました」


私はその場で片平さんにペコリと頭を下げた。


「じゃあ、送ってくよ」


いつもと変わらない顔と声と態度の彼。


「いえ! 結構です」


ソファから立ち上がろうとする彼に向かって、でも顔は彼に見えないようにぴしゃりと言った。


「ひとりで帰れます。っていうか、ひとりで帰りたいので送らないで下さい」

「え?」

「見送りも結構です。ではここで、さようなら」

「小夜子さん?」


なんとか乱暴な音をたてずに、リビングと玄関のドアを閉めた。




「………はぁ~~まったく……」

「え?」


小夜子さんが帰ったリビングで、片平さんが呆れた声で切り出した。


「先生! あんな素敵な恋愛小説書けるのに、なんで女心がわからないんですかね?」

「え?」

「今の傷つきましたよ、小夜子ちゃん」

「かな……?」

「かなって……先生ワザと!?」

「小夜子さんはね、本当にオレの頭の中にずっといた女の子なんだよ。オレのマスコット的な存在だから、オレのことは好きになってくれなくてもいいんだ」


言いながら、オレは煙草に手を伸ばす。


「先生……」

「でも、他の誰のものにもなってほしくないなぁ……ってね。構いたいって言ったのは本当。小夜子さんと話してると楽しいのは事実だし」


煙草に火を点けて吸い込んだ。


「やっぱり……好きってことなんじゃないんですか? 小夜子ちゃんのこと」

「好き? 好き…か…そうだね。好きかもしれないし、ただ可愛いなぁって思ってるだけかもしれない。自分でもよくわかんないんだよね、こういう気持ちって、もしかして初めてかも。ココんところがくすぐったいっていうか、こそばゆいって感じで、違う言い方するとムズムズしてイライラもする」


自分の胸を押さえながら、苦笑いで片平さんを見つめた。


「自分のモノにしたいと思う反面、そんなことしたら小夜子さんに嫌われるかなって思う自分もいるし、今の関係も捨てがたいっていうか、友達感覚でさ。歳だって離れてるしね。それに本当に小夜子さんと付き合いたいのかって聞かれたら頷けない自分もいるし」

「大人の男のズルイところですね。私が見たところ小夜子ちゃんは先生に好意持ってると思いますけど?

 それに歳の差なんて気にしなくても……」

「ずるい? そうかな……やっぱりダメかな? こういうの。オレは友達以上で恋人以下でいいんだけどな。まあ、嫌われてはいないと思うけど、今日オレのことがバレちゃったから、きっとオレへの気持ちは憧れになったんじゃないかな?」

「先生……」

「だからいいんだよ、今はこのままで。とりあえず今は小夜子さんは誰のものでもないし」

「今のままでなんて……そんなことできるんですか?」

「そりゃ努力が必要だろうね。最後の一歩は踏み込まずに、いい関係を保つ」

「なんか……面倒くさいですね、先生」


また呆れた顔の片平さん。


「小夜子さんにずっと傍にいてもらうためだから。ずっといい関係を続けていくには、こうでもしないとね」


なんとかメゲずに言い返した。


「でもそんなこと言って、小夜子ちゃんに好きな人ができたらどうするんですか?」

「え? んーそうだな、そのときは反対しようかな。そしたら付き合うの諦めてくれるかな?」

「やっぱり……そこまで思うなら告白してみたらどうです?」

「だから、今はそんなんじゃないって……」

「…………」

「それに今そんなことしたら断られて、避けられて、会うこともままならなくなっちゃうよ。小夜子さんがオレとそういう関係を望んでるとは思えない。それにさっきも言ったけど、オレは付き合う気なんてないし、もし万が一付き合ってもずっと続くとは限らないだろ? オレがそう思ってても、相手がそう思ってくれるとは限らない。別れるなんて日は来てほしくないし、だったら今のままが続けばいい」

「小夜子ちゃんが、先生のこと好きだって言ったら?」

「それは……そんなことあるかな? 憧れは憧れって感じがするんだよね。オレは小夜子さんの憧れてる小説家の『舷斗』で、それ以上でもそれ以下でもない。『舷斗』はイヤらしいことなんてしないんだよ。小夜子さんに迫るなんてありえないことなんだ。それに小夜子さんも、今の関係から先に進もうなんて思ってないんじゃないかな」

「先生……それってもしかして本当は小夜子ちゃんにぞっこんで、大事にしたいってことじゃ?」

「…………」


その質問に返事はせずに、彼女から視線を外して吸いかけの煙草に口をつけた。


「愛おしくってね、下手すると壊したくなるくらい愛おしい。だからオレが後ろに引いてないと、きっと小夜子さん傷つける。オレ本当はそんな男だから……友達なら男と女でもいつまででも傍にいられる。オレが傍にいたっておかしくないだろ?」


吸い込んだ煙草の煙りを静かに吐き出しながら、呟くように話した。


「わぁ……ご自分の小説を地で行っちやってるんですね……相手のことが好きだから、傷付けたくないってことですか?」


また呆れた顔された。

言い方も棒読みに近い……そんな言い方をされて、多少傷つく。


「だってオレの小説、オレの実体験だから」

「えっ!? そうなんですか?」

「んなわけないだろ。まったくないって言ったら嘘になるけど……」

「ですよね」

「なに? ですよねって?」

「先生って意外にロマンチストですもんね。だからああいう小説が書けるんでしょうけど」

「意外は余計! オレはロマンチストなの」

「小夜子ちゃんには臆病者ですけどね。本当にそんなに我慢ができるのかと私は思いますけど。なんでそこまで友達でいないといけないのか私にはわかりませんが、まあ小夜子ちゃんを傷付けたくないって言うなら『素敵な舷斗先生』を一生やっててください。それができるとおっしゃるなら。私は無理だと思ってますけど。そんなことしてて、他の男性に小夜子ちゃん取られちゃっても知りませんよ、はぁ~~」


さらに呆れられて、最後に深い溜息までつかれた。


「……………」


彼女になにを言われても、言い返せないのは仕方がない。


あの日……小夜子さんと出会ったことは、オレにとって必然なことだったと思ってる。

じゃなきゃ、オレの頭の中の少女が小夜子さんになる筈がない。


だから片平さんになにを言われても、オレは今のこの状態を壊すつもりはない。

小夜子さんがオレと他人のフリなんて、想像しただけでもどうにかなりそうだから。


小夜子さんには今のままでいてほしい。

それが実現できるのならオレは………。

そして遠い未来でも、今のままの小夜子さんがオレの傍にいてくれれば……。


オレと話してくれて、オレに笑ってくれて、オレのことすぐ怒って……そんな小夜子さんとずっと繋がっていられれば……オレはそれで……。


なのに、小夜子さんの唇を奪おうとしたオレもいて、片平さんが声をかけなかったらきっとオレは小夜子さんの唇を奪ってた。

そしたらその後はどうするつもりだったんだと、後でコーヒーを淹れながら自問自答してた。

手を出さないと決めたくせに、身体は小夜子さんに触れたいと勝手に動く。


そんな矛盾した自分の態度に不安をいだきつつも、それでも自分が思い描いた未来が必ず来てくれると……


──── 密かに期待してる自分がいる。






小夜子さんのことがとっても大事らしいのですが、変に複雑な心境の弥咲。

だから余計に一歩後ろに下がりたがるのか?

小夜子さんが壊れるとでも思っているのか?

そんな大事に思われてる小夜子さんですが、きっと落ち込んでることでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ