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おかえりなさい!

連載昇格一作目です。


 とろりとした、黒い液体。ぐつぐつと地獄の岩漿のように泡が出来ては破裂し、その熱さを伝える。

 口元を歪めながら、それを手にした銀色でゆっくり混ぜた。


 ――今自分は、どんな顔をしているだろう。悲願の物が手に入り、笑みを浮かべているだろうか。それとも残してきた者達の悲壮に満ちた顔を思い出し、顰めているだろうか。


 ……彼らには、悪い事をしたかもしれない。この行動は、不屈の心でどん底からゆっくり、ゆっくりと這い上がってくる彼らをまた地に落としてしまうのかもしれない。―――だがそれでも、自分を抑える事は出来なかった。


 もう限界だった。あの地獄は。凄まじい暴力の嵐は。逃げても逃げても連れ戻され、最悪を強要されるのは。

 頑張れない。限界だった。――そんな時。


 噂を聞いた。至上があると。天国に行けると。幸福の極みだと。それを聞いて、もう我慢ならなかった。

 彼らは止めた。危険だと。行かないでくれと。そんな彼らの制止を振り切り、それを目指した。


 頑張るから。それが手に入れば、きっとまた頑張れると思うから。――だから、それまで待っていて。




 もう不味いもんばっかなのは嫌なんだああああッ!!




 不味い物ばかり食わされぶちギレたハリーさんこと、飯塚いいづか玻璃はりだ。現在僕は、いい加減食生活の残念さに耐えきれず噂に聞いた美味を求めて旅に出ていた。

 噂を持ってきたのは、食材には敏感な弟子達。アールデン山脈に、幻の食材があるらしいと話していたのを、耳聡く聞き付けた。


 アールデン山脈とは、一年中秋の変な山脈だ。秋、つまり食材が豊富。信憑性はありそうなので、親友のリーフェンに肉まんで情報を貰った。

 噂になっている食材とは、黄金のミノタウロスらしい。アールデン山脈は元々なかなかの危険地帯で、そこの食材はそれなりに高値で売れている。だからか、ハンターが食材採取に赴く事がよくあり、数人が黄金の巨大なミノタウロスを見かけたと言ったのだ。


 この世界は、食材は良い。地球にある食材は勿論、流石異世界な食材もたくさんある。ミノタウロスは二足歩行の牛で、凶暴だが肉は美しいサシの入った極上の物だ。五ツ星レストランのうち《アヴァロン》でもよく扱う。…すんげえ、旨いです。そんな美味な食材も、あいつらの手に掛かれば良くて黒い塊、大抵産業廃棄物になる。勿体ねえっ!


 蕩けるような極上の食材。そのミノタウロスは黄金だと言う。もう、普通のミノタウロス以上だと想像しちゃうのは当然だろう。普段、高級食材なんてなかなか買えず、庶民スーパーで普通の食材しか買わない僕。お金はあるけど、仕事が忙しくて売ってるとこまで行く時間がない。店馴染みの業者に個人のを頼む訳にもいかないしね。

 僕は、もう我慢出来なかった。どうせなら飛び切り旨いもん食いたい。そうしなきゃもう頑張れない。だから、有給を何とかもぎ取り(後々、オーナーに目が血走り鬼の形相だったと聞いた)、弟子達を振り切り高い騎竜便(何と竜が運んでくれる。高いがめっちゃ速い)でアールデン山脈に行き、突入した。

 普段から逃走はしてるが、本気では逃げない。何だかんだでこの仕事は、食生活改善になり僕のためになるし。でも無理。今回は本気だ。……ちゃんと有給は取ったが、弟子達は納得してないだろう。帰ったらきっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で纏わり付いてきてうざっげふげふ、鬱陶しいだろうから何かお土産見繕おう。あれ、言い直した意味ない?

 途中、色々と目移りしながらも取り敢えず奥の方に突っ走る。ああああれ美味そううううぅぅっ。


「いやっ、我慢だ僕! 牛だ牛だ、ミノタウロスだ! 空腹は最大のスパイスだあああああっ!」


 血走った目で叫びながら爆走する僕は、きっと人が見たらお前こそ魔獣だとツッコむほどヤバい形相をしていただろうが、幸か不幸か誰にも会わなかったので気付く事はなかった。


「ヒャッハアアアアアッ!! 久しぶりの美食だこのやろおおおおおっ!!」


 ……あれだから。空腹と旅の疲労でちょっと疲れていただけで、普段の僕は簡単にヒャッハーしたりしないからね。ほんとだからねっ!



 さて、迷った。何にって? 山にさ!

 広いんだようここぉ。一応、目撃情報があった位置は聞いたが、むうん……あっちか?


「おかしい。やっぱり山に単身挑むのは無謀だったか?」


 一応亜空間には、テントとか調理器具とかコンパスとか放り込んできたから、大丈夫かと思っていたのだが。山舐めすぎか?

 いやでもでも、師匠夫婦にアヴァロンにドナドナされる前に卒業試験とかで樹海に放り込まれた時は、ギリギリ生き抜いたし。うん、だいじょぶだいじょぶ。方向音痴? ………違うよ!



 どっちに行けば良いか分からないので、テキトーに歩き回る。師匠夫婦の元から離れて以来、修行サボっていたからか体力が落ちている。くっそう、序盤飛ばしすぎた……もう走れませぬ。

 迷っ……探索している内に、日が暮れてどんどん暗くなってきた。食材は豊富なので、熟してるのを採取し夕食にする。魔法で探知サーチを掛けてるので、毒茸食べたりとかもありません。僕、結構胃が弱くてね、毒の耐性はあるけどピーピーになっちゃうから念入りに調べてる。毒の耐性が何であるかって? まあ弱っちい現代人じゃ生き残れないからと師匠夫婦に鍛えられたのもあるけどさ、日々の仕事あじみでね……後は察してくれ。


 適当な場所にテントを張り結界で獣避けもする。テントは魔具で、見た目一人用未満だけど中身は四人は楽に寝れる広々とした物。高かったが、どうせ使い道のない金だしね。外食に金使えないからな……はぁ。

 何作ろう。茸がたっぷりあるし、茸の和風パスタ? スープ? シンプルに炒め物もいいな。時間停止魔法で大量の食材をストックしているから、何でも出来る。攻撃魔法はちょっと苦手だが、生活に役立つ魔法は色々使える。

 因みに、時間停止魔法は禁術らしいよ。食材の保存に便利だからと教わったが、後でリーに聞いて驚いた。あれだな、先入観がなかったから簡単だと思い込んでたんだよな……僕、ばか。バレたら料理人として以外にも狙われるから人前じゃ使えないんだよな〜、あはは。

 ……自分の才能が怖いぜ。ふっ。


 脳内で小芝居してたら気持ち悪かったのですぐに止め、茸の和風パスタを作る事にした。クリームと迷ったが、ミノタウロスは飽きない濃厚さだから今はあっさりめを食べる。僕の中では、すでに黄金のミノタウロスを食べるのは決定事項だ。


 寸胴の水が沸いてきたのを見て、そろそろ麺を入れようとした時。


「やああぁぁぁっと見付けたのよ! ハリー・イーヅッカー!」


 突然上から可愛らしい女の子の声が降ってきて、ふわりと音を立てずに結界のすぐ外に見知った美少女が着地した。彼女は、腕を組み仁王立ちして僕を睨み、ふんっと鼻を鳴らした。

 あ、ハリー・イーヅッカーと言うのは、こちらでの僕の名前だ。何で苗字がそうなるか分からない。そんな言いにくいかね?


「やっと見付けたのよ! ハリー・イーヅッカー!」

「人を指差すんじゃないよ、ロリっ子」


 ビシィッ、と効果音が聞こえてきそうな勢いで指差してきたので、冷静にそう返した。フルネームで呼ぶのも止めてほしい。


「むきぃ────っ! ロリっ子言うんじゃないのよ! ハリー・イーヅッカー!」

「ロリにロリと言って何が悪い。それからフルネーム止めろって言ったろ学習しろやあざとい語尾しやがって」


 地団駄を踏む桃色ツインテールの中学生くらいの美少女。下手したら小学生でも通るだろう。ふりっふりの黒を基調としたゴスロリドレスの、高級なビスクドール然とした愛らしさだ。そんな美少女に、何故こんなキツい口調かと言うと、いい加減うざいんだよ。年上のクセにいちいち絡んでくるしさあ。

 僕もたまに忘れそうになるが、この世界は寿命が魔力量に比例する世界だ。魔力が多いと成長も緩やかだし、限定的な不老状態になる。こいつ、リーの妹であり師匠夫婦の娘、クララは確実に僕より年上だ。まあ精神年齢も緩やかに上がるみたいで、中身は割と見た目相応だが僕より遥かにこのシビアな世界を知ってるハンターのに、こんなガキんちょでいいのかと疑問に思う。


 最初に会ったのは、やはり修行時代。どうもクララはリーを毛嫌いしているらしく、入れ違いで会いに来た。

 クララは、リーと違い戦闘専門のハンターらしい。指名手配犯捕まえたり、危険地帯の調査をしたり。それから、料理も好きで食材探しなんかもするらしい。これだけで、何とか察してくれただろうか? クララは、僕がさらっと難しい魔法を覚えるクセに戦闘は下手で攻撃魔法も上手くないのが気に入らないらしい。更に、偏っているが魔法の腕前がそれなりにあるのに自分より料理の腕前が上なのも気に入らないんだとか。つまり、嫉妬ですね。

 だから、会う度に何かと絡んでくる。しつこいし、何故わざわざ悪態を吐くために会いに来るのか理解不能だ。いくら懐の広いハリーさんだってな、毎回産業廃棄物口に押し込められて死にかければキツくもなる。

 ……ただまあ、嫌いにはなりきれないんだよなあ。

 子猿のようにきいきい騒ぐ様子を見ていると、ぐぎゅる〜、と大きな音が聞こえた。僕ではない。ぴたりと動きを止めたロリっ子が、発生源らしい。


「………」

「ぅ……べっ、別にお腹空いてる訳じゃないのよ! ほんとなのよ! ハリー探し回って一日ご飯食べてないとか有り得ないのよ! ぜ〜ん然へっちゃらな…」


 ぐぎゅう〜きゅるるるきゅぽー

 一層大きな音がし、真っ赤な顔でお腹を押さえ黙り込み俯いたクララに、ぶはっと吹き出した。


「あはははははははは」

「っきい────ッ! 笑うんじゃないのよ!! ばかあっ!」


 涙目で睨んでも怖くない。うひゃひゃっ、こーいうとこが憎めないんだよねえ。つーか最後のきゅぽーってなんだ。

 笑いすぎて浮かんだ涙を指で払いながら、すでに沸騰していたお湯にパスタを投入した。三人分。

 手招きすれば、通り抜けられるようになった結界の中に、おずおずと入ってきた。僕の結界は動物全般に適応させていたから人間も入れなかった。まあ結界より強い奴は入れるが結構魔力込めたし。クララは……入ろうと思えば入れただろうが、多分気を使ったんだろう。変なところで礼儀らしきモノを発揮する。


「っくふ、ぶっ……ま、まあ一緒に飯食おうぜ…ぐふっ」

「むううううっ! あんた笑いすぎなのよ! いい加減に――」


 きゅぽーくるるるるぐごお〜っ

 また鳴った。虫どころか怪獣だった。腹抱えた。クララは成人男性三人分は余裕で食べるからなあ。パスタだけじゃ足らんか?


 まあこんなところがあるからかな、クララは僕にとって近所の変な子って立ち位置なんだ。元の世界で近所に住んでた女の子と被る。その子、たまにフラグがどうのって無意識なのか口にする以外は、普通の子なんだ。いや、確か高二になってからものっそい美形に付き纏われてたっけ。

 あの子が一年の時、僕を訪ねてきた黒服の男がいたんだけどさ、どうも僕が彼女に懸想してないか調べてたみたい。こんな外見と口調だからか、ホモかレズに見えるみたいなんだよね。今まで告白してきたのも同性愛者の男女だけだし。だから、どうなのか聞いてきたが……十歳以上年上じゃないと食指が動かないって言ったら帰っていった。

 あの子も、ちょっと変わった子だけど憎めない子なんだ。例え、昔出会い頭に『オカマのおにいちゃん』呼ばわりされてもな。…元気かなあ、あの美形ストーカーに捕まってないといいなあ。


「――…リー――…」


 と言うか、姉はどうしてるだろうか。結婚はしたが、子供出来たかな。義兄に迷惑っつーか無理難題吹っ掛けてないだろうな? 僕にはお好み焼き作れって言って、作ったら広島風じゃない! ってキレたりしたが、まさかそんな事してないよな? 僕なら言われなきゃ分かんねえよ、と遠慮なく返せるが(勝てるかは別として)お義兄にいさんは優しい人だからきっと謝るだろう。迷惑掛けてないといいな。


「ちょっ―――リー! ――…ないで…のよ!」


 まあ、あの二人は一見お義兄さんが姉にベタ惚れのようだが、ああ見えて姉の方がお義兄さんに弱い。そこまで無茶ぶり……はしても、僕の時みたいに逆ギレしていきなりプロレス技かけたりはしないだろう。…多分。


「―――無視するんじゃないのよっ、ハリー!!」

「ふぐっ」


 思い出に浸っていると、ほっぺたをぶにっと左右に引っ張られた。ちょっ、痛い痛い痛いッ!


「いくら呼び掛けても反応しないし! 何で無視するのよばかあっ!」

「ふりゃりゃ、わうはっはっへ! いひゃいかりゃはにゃへ!」


 クララ、悪かったって! 痛いから放せ! と言いたかったが、上手く言えなかった。ぐすぐす泣くクララは、どう見ても子供だ。意外と寂しがり屋と言うか、無視されると悲しくなるらしいが……うん、子供だ。

 真っ赤になっているだろう頬を撫でながら、ぴいぴい泣くクララを慰め―――ずに、下を見た。すげえ、無意識に料理していたらしく茸たっぷり和風パスタソースが出来ていた。


「うっうっ、確かに突然やって来たのは私だけど無視しなくたっていいじゃないのよおう」


 嘆くクララは放置して(いつもの事。少しすれば復活するし)、亜空間から真空パックで保存したご飯を取り出し茸リゾットを作る。パスタだけじゃ足りないしね。野菜が不足しているが……まあ野菜ジュースでいいだろ。確かあったよな?

 茹で上がったパスタはアルデンテ。バターと醤油の風味が最高のソースに絡めて、皿に盛れば一品完成。ぱぱぱっとチーズリゾットも作り、クララに差し出す。料理を涎を垂らしながら凝視していたクララは素早く受け取り、くんくんと鼻を動かしうっとりとしていた。


「っはああぁぁ〜……。や、野外料理で何でこんな素晴らしいのが出来るのよ……」

「あ、汁物ねーや。まあいっか。いただきます」


 ああいう反応は最早慣れたもので、当初はドン引きしていたが今ではスルー出来るようになった。自称美食家共は、某味の皇ばりのリアクションするしな。慣れるしかない。 僕が食べ始めると、慌ててクララも食べ始めた。だが、よく味わっているのか物凄くゆっくりだ。


「そんなゆっくり食べてたら、冷めて美味しくなくなるよ」

「むうっ。あんたには分からないの!? こんな素晴らしい料理は味わわなきゃバチが当たるのよ! んもうっ、何でこんな素晴らしい料理の作り手が、あんたみたいに情緒の欠片もない奴なのよ!」


 情緒……料理作るのに情緒は必要はないだろ。と言うかお前、それは誉めてんの? それとも貶してんの? と言うかね、この世界の住人みんなに言いたいのだが、そんなに美味いもんが食いたいなら、素材をそのまま食えって話だ。下手に手を加えるより遥かに美味しいから。

 ずぞぞっ、とパスタを啜りながら(巻くのめんどい)クララを見る。今更だけど何しにきたんだこいつ。今までのパターンを考えると何となく予想が付くので聞かないが。食べて忘れて帰ってほしい。


「んふふふ……茸とベーコンの旨味が溶け出したソースが麺に絡み絶妙のハーモニーを奏でているのよ! くにゅっとした食感の茸と見事な茹で加減の麺が噛む度に旨味を口一杯に広げさせ、鼻腔を擽る焦げた醤油の香りが胃を刺激し口に入れた瞬間ふわりと鼻から抜けるバターの香りがまた何とも言えず、食欲を無限にそそるのよ! まさに天上の味ッ!」


 いや、普通のパスタです。

 鼻息荒く語るクララが怖い。何が怖いって、目がイッちゃってる。興奮しすぎだし。怖いからやめい。

 やっぱりスープ作ろう、とベーコンと茸と前に大量生産した鶏ガラスープの顆粒(魔法で作りました。魔法万歳)を入れて塩で味を整えた。その様子を瞬きせずに見るクララがこあい。


「……ほれ」

「きゃっほう! ありがとなのよ!!」


 嬉しそうにマグカップに入れたスープを飲む姿は、可愛らしい。それで、感想を長々と言わなきゃ普通の超絶美少女でいられたのに……残念だ。 そういえば、クララは一体何で僕の居場所が分かったのだろう。ここに来てる事は店に聞いたとしても、山脈は広いのに。


「何で僕の居場所が分かったんだ?」

「はふはふ、とろとろのチーズが茸とお米を包み程良い塩気が……え? あ、ああ、お店に行ったら料理人も給仕もぼろ泣きで、ハリーが山脈に黄金のミノタウロスを探しに行ったって言ってたのよ。元々山脈に誘おうと思ってたから、アヴァロンの人達に探しに行くって言ってこっちに来たのよ」

「ぼ、ぼろ泣き……」

「ちゃんとフォローはすべきなのよ、ハリーってば。山脈に来てからは、今回のために創った魔法の実験も兼ねてハリーを見付けたのよ」


 ぼろ泣きでぎゃーぎゃー騒ぐあいつらが目に浮かぶ。まあ、有名なハンターであるクララが僕のところに行くって言ってくれたなら大丈夫かな。ありがとうクララ。

 クララは軽く何でもないように言っているが、魔法を創るなんて普通はそんな簡単には出来ない。つまりクララは天才なのだ。…自覚ないけどな。だって、リーを毛嫌いしている理由が才能があるのに女装癖があって、しかも服の趣味が合わないからだし。才能ならクララも凄いのにな。まあ要領はリーのが良いけど。

 因みに、服の趣味はリーがしっとり大人な清楚エロ、クララがフリルやレースたっぷりのロリータだ。才能云々より服の趣味の方が理由としては大きいらしい。

「どんな魔法なんだ?」

「むふふ、聞いて驚くのよ! 名付けて、個人捜索魔法!」

「まんまだな」


 ぶすくれたクララにスープのおかわりをよそってやれば、すぐに機嫌を直した。単純…。

 ただ、個人捜索ってかなり凄いんじゃないか? 今までは範囲内にいる生物が分かるってだけで、分かるのは位置と大体の大きさだけでそれが人間か動物かは分からない。流石に動物か植物かは分かるが。


「対象の姿を思い浮かべると、範囲内ならどこにいるか分かるのよ」

「へえ、凄いな」

「……あんたがやたら動き回るから、私はご飯も食べられず探し回る羽目になったのよ!」


 あー…はい、すいません。え、つーかクララいつこっちに来たんだ? 僕今朝来たばかりなんだけど。…ハンターなら僕より先に来るのも出来そうだよなあ。転移魔法(行った事のある場所にしか行けない)もあるし。 若干目を逸らしながらスープを飲んでいると、すっくと立ち上がったクララが僕をビシィッと指差した。


「って事で、黄金のミノタウロスで勝負なのよ! 総料理長!」

「座りなさい。指も下ろして」

「……はい」


 睨めば、素直に従ったクララ。やっぱりか、という気持ちで挑発的に見てくる合法ロリを見た。

 クララは料理好きで、腕前はアヴァロンには敵わないまでもプロ級らしい。だからか、ぽっと出で両親を料理でたらし込み、しかも憧れのアヴァロンの総料理長になった僕をやたら敵視している。今は大分軟化したが、いちいちいちいち突っ掛かってきた。しかもやたら貶してくるから、ついキツくなってしまう。今は貶してはこないが、料理勝負を持ち掛けてくる。

 まあ、断るが。


「何でなのよっ!」

「毎回言ってるけど、それをして僕に何のメリットがあるのさ?」

「うっ…」

「大体、僕に勝てるとでも?」

「ぐうっ…!」


 ふっと片頬だけで不遜に笑う。だが、ことこの世界の料理に関しては、紛れもない事実であり傲慢にはならない。つーかなれない、残念ながら。

 若干遠い目をする僕の前で、悔しげに唇を噛むクララ。ここ最近は毎回断ってるんだから、さっさと諦めればいいのに。


「た、確かにハリーの味を上回るにはまだまだ修行が足りないのよ……ううん、弱気になっちゃだめなのよクララ! 何度も挑めばその内勝てるかもなのよ。諦めちゃだめっ!」

「っそれより! 一緒にミノタウロス探そうよ。僕が美味しいミノタウロス料理作ってあげる」


 ヤバい方に行きそうになったので、慌ててそう提案した。ミノタウロスはでかいから、元々店に持ち帰って作るつもりだったしな。設備も充実しているし、何より機嫌取りにいい。

「ぇえっ!? あ、あの、バカ兄にしかまともにご飯を作らないハリーが!? 女の私に……はっ!? まさかロリコンなのよっ!?」

「僕をホモにするな! つーか自分でロリコン言うなよ。作らないぞ」

「ごめんなさいなのよ協力お願いしますですなのよ!!」


 全く……お前の中での僕はどうなってんのさ。ホモでロリコンとか最悪の両刀使いじゃねえか。というか、最後までお前はそのあざとい語尾なんだな。

 まあ確かに、クララにはあまりご飯作った事ないわな。でもさ、友好的な態度で今や親友のリーと、非友好的でいちいち絡んでくるクララを比べられないだろ? 親友で色々助けてくれるリーに飯作って何が悪い。近所のガキんちょレベルのクララに飯作らなくて何が悪い。大人げなくて何が悪い!

 ……ごほん。取り乱してしまった。


 がばっと頭を下げたクララに、うむ、と偉そうに頷いてから、その場を片付け魔法で体を綺麗にし寝る事にした。テントは広いので、クララも呼んだ。


「はぅっ!? 私のぴちぴちスレンダーナイスバディが目当てなの!? この変態! ロリコン! 好しょ」

「おやすみ幼児体型」


 テントの入り口をさっと閉め、僕は一人毛布にくるまり抱き枕を抱いて眠った。…ストレスからかな、抱き枕ないと眠れないんだ…。

 何だか外がきゃんきゃん煩いが、明日も頑張ろう。目指せ極上牛肉! ストレス解消!





 テントの外に出ると、寝袋に入ったクララが涎を垂らし幸せそうな顔で寝ていた。なんて能天気な顔なんだ。

 若干イラッとするその寝顔に、悪戯がしたくなるがこいつはこんなんでも凄腕ハンター。魔獣討伐や悪人逮捕なんかで常に死と隣り合わせのクララは、気配に敏感だ。敵意がなくても近くに気配があればすぐに飛び起きる。敏感故に、熟睡していても起きれるからか今はぐっすりだ。

 にも関わらず、僕が動いていても変わらずアホ面なのは、多少は気を許してるからか。ライバル視している相手のそばで熟睡すんなよ…。


 さて、何を作るか。昨日のスープは気付いたらクララが全部飲んでたからまた作らなきゃな。味噌汁飲みたい味噌汁。…あ、出汁取れる物ないや。別のにしよう。

 昨夜使った、鶏ガラスープの煮こごり。一応豚骨もある。ミノタウロスは出汁も美味いのが出るから牛骨スープも作ろう。僕は自分が美味しい物を食べるためなら割と頑張る。料理自体は素人にしては上手ってレベルなので、その辺はきっちりしなきゃ美味しい物は食べられないのだ。

 今朝も、鶏ガラを使う。豚骨は朝には重い。あ、でも少し入れるか。具材は近くの木に止まっていた鳥と、山菜と茸。え、捌けますよ? 修行時代、人里に立ち寄る機会が少なかったから捌けなきゃ栄養摂れなかったし。最初は無理だったが、今は捌いてそのまま調理し食べるのも出来る。逞しくなったな…。


 スープを作りながら、亜空間から食パンとチーズを取り出す。飲み物は熱い紅茶にしよう。ティーバッグすら手作りだぞ。飲み物もクソ不味いんだよね。

 ふとクララを見ると、鼻をひくひくさせて涎を増量させていた。むにゃむにゃと何かを言い、ぐぎゅるるきゅぽりんと腹の虫を鳴かせた。いや、起きろよ。

 起こそうと近付き、肩を揺さぶる。って近付いた時点で起きようぜハンター。悪戯するぞ。


「起きろ、ご飯だよ」

「おひゃん」


 ご飯な、ご飯。

 むくりと起き上がった寝惚け眼のクララは、ツインテールを下ろしていて印象が変わっていた。下ろしてた方が可愛いけどなあ。それじゃあ萌えロリキャラが弱くなるか。


「身支度整えて、ご飯にするよ」

「…うい」


 こくんと素直に頷いたクララは、魔法で出した水で顔を洗い、亜空間から出した櫛で髪を梳かした。クララの額には、こちらの文字で『ロリ』と書かれている。ぷくく、いつ気付くかな。


「いいにおい…」

「だろ。ほい」


 ふらら〜、と木陰での着替えを終えたクララに、朝食を渡す。パンは軽くトーストし、炙ったチーズを乗せている。やっぱりパンと言えば、クララ繋がりでこれだろう。…うーんニアミス。ハイジなら尚良かった。

 そんな僕の内心を知らないクララは、早速かぶり付きあふあふしながらとろーりチーズが伸びる様を楽しんでいた。うん、やっぱりこれは一度は食べてみたいよな。ミノタウロスでは漫画肉を作りたい。


 食べてから、クララの魔法でミノタウロスを探した。大体半日かな。意外とあっさり見付かったが……。


「あんなん今までよく見付からなかったな…」

「きっと目撃しても、倒しに掛かって返り討ちに遭い食べられちゃうのよ」


 意外とグロい事をさらりと言いやがったクララ。そっか、転移魔法は高位の魔法なんだっけか。そらすぐ逃げるのは難しいか。

 黄金のミノタウロスは見付かった。黄色い銀杏に同化するような、見事な黄金の体は普通の三倍はある。通常のミノタウロスが、大体二〜三メートルなのに対し、このミノタウロスは本当に見上げるほどある。


「しかもメスなのよ、あれ」

「マジか! ラッキー!」


 ミノタウロスのメスは凄く珍しく、どちらかと言えば筋ばったオスに比べ、筋肉と脂肪の割合が絶妙。ミノタウロスは数少ない稀少なメスを女王にし、謂わば逆ハーレムの群れを作る。メスはオスよりも巨体で、それでも四メートルかそこららしいので、十メートル近いこの黄金のミノタウロスがどれだけ規格外なのかが分かる。

 黄金だし、きっと筋肉と脂肪の割合は黄金比なんだな。うひひっ、今から楽しみだ!


「作戦は、ハリーが動きを止めて私が狩るのよ」

「りょーかい」


 まあそれが妥当だろう。まさかあんなにでかいとは思わなかったから、僕じゃあ対抗出来るか怪しい。

 茂みから顔だけ出した僕は、ミノタウロスがこちらに背を向けた瞬間魔法を使い、四肢を拘束……って!


「げえっ!? こいつ、力強っ…!」


 慌てて魔力を流し強化するが、こいつヤバい、強すぎっ。

 だが、クララにはこれだけで十分だったらしい。


 一瞬で横から、ミノタウロスの向こう側まで移動したクララ。魔法で体を強化し走ったようだ。その際ミノタウロスの首を、いつの間にか出したナイフで掻き切ったらしい。一拍遅れて、秋空に紅葉に混じって鮮血が舞った。

「うーん、結構力込めたのに浅かったのよ。もう一発……っふ!」


 短く息を吐いたクララは、地面に足跡が残るほど強く踏み込み、同じ場所を切り付けた。同時に僕の捕縛魔法の効果も切れた。手足が自由になったミノタウロスだが、身軽なクララには届かず振り回していた手足からは次第に力が抜け、ビリビリするような巨大な悲鳴はどんどん小さくなっていった。

 横たわったミノタウロスは何度か痙攣した後、次第に動きを止めぱたりと動かなくなった。


「うん、まあまあなのよ」


 何がまあまあなんだ、人外め。八倍くらいの相手を易々と倒すとか、流石師匠夫婦のサラブレッド。戦闘特化の合法ロリだ。額の文字がイカス! …訳ないか。

 奇襲だったのもあるだろうが、それを差し引いても凄い。言っておくが、ミノタウロスはあんな簡単に倒せる相手ではない。並のハンターが五人集まってやっと倒せるレベルだ。クララの規格外っぷりが窺える。


「さっ、早く血抜きして帰るのよ! ミノタウロス料理なのよーっ!」


 戦闘では欠片も役に立たなかったので、血抜きは僕がする。とは言っても、魔法で逆さまに浮かせるだけだ。あとは、臭い遮断の結界を張るくらいしかやらない。解体は流石に出来ない。猪なら出来るけど。


 終わったら、ミノタウロスを亜空間に仕舞い、アヴァロンに転移した。




「じっじじょおおぉぉぉぉ〜〜〜っ!」

「よくご無事でえええぇぇぇ!」

「ぞーりょーりじょ────ッ! うおおおんっ!」

「おかえりなさい! 総料理長!」

「うあああああああ」


 阿鼻叫喚とはこの事である。帰ってきて、裏口から普通に入ってただいまー、と挨拶したら、幽鬼みたいだった弟子達が固まり、だばーっと滝のように涙を流し泣き付いてきた。薄情なクララは自分だけ安全地帯に移動し、僕だけ潰された。

 重い。つーかてめえら、どさくさに紛れて体触んなッ! 肩や腕ならまだしも、胸腰足尻はダメだろ! 僕性別不明で通ってんだから!


「ああああもおおおうッ!! いい加減退けえええぇぇぇ─────ッ!!」


 鼻水付けんなばあああかああああ!!





 念願のミノタウロスだ。本体入手より探す方が大変だった、黄金のミノタウロス。それはすでに解体され、厨房には僕一人。下手に手伝われると不味くなる。


「……ふふ」


 鍋の中の艶やかな黒、否茶色。ミノタウロスのタンを赤ワインで煮込んでいる。時属性魔法は本当に便利で、本来なら長時間煮込まなきゃならないのに短時間で済む。僕は今どんな顔をしているだろうか。緩みまくってる気がする。

 ここで冒頭に戻る。


「っはあ……うまほ」


 ステーキは定番のサーロインとフィレ。ローストミノタウロスに、牛骨スープとタンの赤ワイン煮。タレに漬け込んで焼き肉にしたり、ビーフシチューもいい。メンチカツとハンバーグも作ろう。すき焼きもいいな。基本庶民的な食べ物なのは、僕がそういう料理しか作れないからだ。

 ステーキとかは、出来たら時間停止で最高の状態にしておけば冷めない。時属性便利すぎてヤバい。何で禁術指定されてんだろ。


 良い匂いだからか、弟子達も入り口でまたトーテムポール作ってる。今は店が終わった後で、ミノタウロスは三日ほど熟成させた方が旨いのであれから三日経っている。

 今日はリーも呼び、みんなで食べる。クララには喧嘩したらステーキ抜きって言ってあるのでまあしないだろう。距離は置くだろうが。リーとだよ?


「よし、いいかな」


 チートパソ子のヴィクトリア(命名リー。この間酔った勢いで名付けられた。あいつは自分のパソ全てに名前を付けている)を見ながら作成した料理を、ボーイ達に運ばせる。牛骨スープは最後のラーメンにも使おう。


 早速、みんなで食べる。僕はまずステーキを一口。すーっと簡単に切れたミディアムレアに感動。肉汁が! 肉汁が!


「あむっ……〜〜〜っんまあああ!」


 最高! ああっ、もう美味い! 久しぶりの美味だあああああッ!!


 周りが、あまりの美味さ(自分が食べるからいつになく真剣に作った)で衝撃を受けすぎて静まり返ってるのに気付かず、ハイテンションな僕は久しぶりにたくさんの美味しい物を食べた。やっぱ素材が良いと、いいね。料理上手くなった気になる。


 弟子達を完全に餌付けしてしまったと知るのは、次の日跪いて一生着いてく発言をされた時だった。どういう思考回路してるのか、いつも言ってるその言葉とともに靴にキスしようとしてきた時は、久しぶりにドン引きした。

 こンの末期のドM共めッ!!








「ハリー・イーヅッカー! 何百年掛けても、あんたに追い付いてやるのよ!! 追い付いて、家庭的で料理上手なお嫁さんになれるって認めさせるのよ! ……って別に、ああああんたのお嫁さんになりたい訳じゃないのよ勘違いしないでなのよおおおおお!!」


 ぶるっと寒気がした僕は、それを理由に早退しようとして阻止された。ああ、あの子じゃないけど変なフラグが立った気がする……。





妹、何故そうなった……!

では恒例の紹介をば。



クララ

金髪。ツインテール。ろりろり。美少女。ゴスロリ。狙いすぎとはハリー談。ある特定の人達から絶大な人気を得ている。ちびっこ。自称スレンダーナイスバディ。他称幼児体型。

リーの妹、師匠夫婦の娘。戦神の申し子。魔法を創る才能に長けている(自覚なし)。フリル&レース党。なので服の趣味が合わない兄(清楚&エロ党)は嫌い。姉とは呼んでやらぬん。あと才能あって要領良いのに道を外れた(オ カ マ)のも気に食わない。クララは要領あんま良くない。

ハリーにはよく突っかかる。邪険にされてもめげない。Mではない。将来の夢は家庭的で料理上手なお嫁さん。誰のとは言わない。語尾は「〜のよ」。外見も合わせてなんかあざとい。でも似合う。キャラ濃いめ。兄よりマシ。当初の予定ではツンデレ混じりの憎めないキャラだったのにいつの間にか思い込み激しい微ナルキャラになってた。どうしてこうなった。


アルケミス兄妹、基姉妹は勝手に動きます。どちらも当初の予定とは違うキャラになった。こいつら手に負えねえ……

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