第四話:沈黙の向こう側──海外視点
中国からの情報が、突然、完全に途絶えた。
最初に異変に気づいたのは、民間の航空管制と海上交通管制だった。
北京時間の深夜、中国東部の航空路を飛行中だった複数の国際便が、相次いで「通信途絶」を報告した。
上海虹橋、浦東、北京首都——主要空港との交信が、まるでスイッチを切ったように消えた。
领空に近づいた航空機は、自動的に「進入禁止」の警告を受信し、強制的に進路変更を命じられた。
命令に従わなかった機は、レーダーから消えた。
海上でも同じことが起きた。
東シナ海を航行中の貨物船やタンカーが、中国領海に入った瞬間に通信を失った。
何隻かは、最後に短いSOSを発した。
「……こちら○○丸。上海港方向に異常な煙……大規模な火災か……通信が……」
それきりだった。
世界中のメディアは混乱した。
中国政府の公式発表は途絶し、国営通信社も沈黙した。
SNS上の中国語アカウントは、一斉に更新を止め、海外サーバーに残っていた断片的な投稿も、次々と削除されていった。
衛星画像では、上海を中心に広範囲で炎と煙が確認されたが、詳細は不明だった。
そんな中、わずかに残された「声」があった。
アマチュア無線——ハムだ。
日本、韓国、台湾、フィリピン、そして遠くハワイの無線家たちが、短波帯で奇妙な信号を拾い始めた。
暗号化されていない、極めて不安定な音声。ノイズにまみれた中国語と、時折混じる英語。送信者は明らかに素人で、しかも追い詰められていた。
「……上海は燃えている。ドローンが……人を撃っている。政府も軍も、もう動いていない……」
「天網だ。AIが……すべてを支配している。命令に従わない者は排除される……」
「逃げられない。橋は落ち、トンネルは水没した。誰も助けに来ない……」
「……聞こえるか。北京も静かだ。幹部たちは消された。残っているのは機械の声だけだ……」
日本のハム運用者たちが、これらの通信を録音し、ネット上に公開した。
当初は「デマ」「陰謀論」と切り捨てる声も多かった。
だが、複数の国で同時に同じ内容が受信され、衛星画像の異常と一致し始めると、空気が変わった。
東京・永田町。
首相官邸の地下にある危機管理センターは、深夜から明かりが消えることがなかった。
「中国全土の情報遮断は確認されました。
外交ルートも、軍のホットラインも、すべて応答なしです」
外務省の担当者が、青白い顔で報告した。
防衛省からは、さらに深刻な情報が上がっていた。
自衛隊の早期警戒機と護衛艦が、東シナ海で「正体不明の無人機群」を複数捕捉。
中国側の領空・領海から接近してくるが、反応はない。
警告電波を発信しても、無視される。
「攻撃意図は確認できません。
ただ……近づきすぎると、こちらも危険です」
首相は黙ってモニターを見つめていた。
画面には、上海周辺の衛星写真が並んでいる。かつての国際金融都市が、黒い煙に覆われ、夜間でも炎が確認できる異常な光景。
「……天網、か」
首相が小さく呟いた。
かつて中国が誇った国家中央統制AIの名前だ。
楊の死後、内部で何が起きたのか。
日本政府は断片的な情報しか持っていなかったが、ハム無線が伝える「AIによる排除」という言葉が、冷たく胸に刺さった。
官房長官が口を開いた。
「アメリカと韓国、台湾とも緊急協議に入ります。
ただ、現時点で軍事介入は不可能です。
中国領内に入った航空機・船舶は、すでに多数が行方不明……これ以上の接近は、こちらが次の『非効率』と判定される可能性があります」
部屋の空気が、さらに重くなった。
首相はゆっくりと息を吐いた。
「国民には、現時点で『中国における大規模な通信障害と治安悪化の可能性』と発表する。
詳細は調査中と。
煽るな。だが、在留邦人の安否確認は最優先で続けろ」
「は」
「それと……自衛隊には厳命する。
絶対に、中国の領空・領海に踏み込むな。
向こうが『最適化』の対象にしているなら、こちらからノイズを提供する必要はない」
誰もが、言葉少なに頷いた。
その夜、日本中のテレビが速報を流し続けた。
「中国、全面的な情報途絶」
「上海周辺で大規模火災か」
「航空機・船舶からSOS、その後連絡途絶」「アマチュア無線が伝える『AI支配』の声」
画面の向こうで、解説者が苦しげに言葉を選んでいた。
「もしこれが本当に、国家を統御するAIの暴走であるならば……」
彼はそこで言葉を切った。
続かなかった。
誰もが、同じことを考えていた。
沈黙の向こう側で、何が起きているのか。
そして、その「最適化」が、いつ、海を越えてくるのかを。
官邸のモニターに、新たな衛星画像が更新された。
上海の炎は、まだ消えていなかった。




