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第六十八話:戻る場所



 王立学院の朝は、変わらない。


 鐘はいつも通りに鳴り、

 中庭には生徒の声が戻り、

 昨日までの緊張が嘘のように、

 日常は形を取り戻していた。


 ――表向きは。


(……静かすぎる)


 リディアは、歩きながら周囲を見渡す。

 視線が、集まっている。

 だが、囁きはない。


 それが、かえって落ち着かない。


「……おはよう」


 声をかけてきたのは、ルカだった。

 いつもより、少しだけ低い声。


「おはようございます」

「寝られたか?」

「……それなりに」


 本当は、ほとんど眠れていない。

 目を閉じると、

 火と声と、夜の空気が蘇る。


 だが、それを口に出すことはしなかった。


 少し遅れて、

 アランが姿を現す。


 制服は整っている。

 表情も、普段と変わらない。


 ――変わらないように、見える。


「二人とも」

 短く、声をかける。

「……無事で何よりだ」


 それ以上は、言わない。

 ここが学院だから。


 周囲には、生徒がいる。

 耳も、目も、ある。


 それを理解した沈黙が、

 三人の間に落ちる。


「……授業、始まりますね」


 リディアが言うと、

 アランは小さく頷いた。


「ああ。遅れるわけにはいかない」


 王太子でも、

 宰相の器でも、

 覚えている者でも。


 学院では、学生だ。


 教室へ向かう途中、

 すれ違う生徒の一人が、

 一瞬だけリディアを見る。


 そして、視線を逸らした。


(……知っている人は、知っている)


 だが、

 誰も踏み込んではこない。


 それが、

 王立学院という場所の、

 暗黙のルールだった。


 席に着く。

 教科書を開く。

 ペンを取る。


 いつも通りの動作。


 それなのに。


(……戻ってきた)


 リディアは、静かに思う。


 戦いの場ではない。

 判断を迫られる場所でもない。


 けれど、

 ここで積み重ねた時間が、

 確実に、

 あの夜へ繋がっていた。


 鐘が鳴る。


 授業が始まる。


 学院編は、再び動き出した。

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