第六十七話:事後処理という現実
夜明けは、静かに訪れた。
火の跡は消え、
路地は封鎖され、
王都は何事もなかったかのような顔をしている。
――表向きは。
「……以上が、昨夜の経過報告です」
騎士の声が部屋に響く。
アランは黙って報告書へ目を通した。
被害状況。
負傷者の確認。
巡回経路の再整理。
そして――原因不明の火災。
書類は淡々としている。
だが、昨夜あの場にいた者なら分かる。
あれは紙の上に残せる出来事ではなかった。
「殿下」
側近が声を落とす。
「火災原因についてですが」
「……原因不明で処理しろ」
アランは短く答えた。
「自然発火でもない」
「放火の証拠もない」
「説明できないものを説明しようとするな」
「承知しました」
側近が頭を下げる。
それが今できる最善だった。
報告を終えたアランは、執務室を後にした。
廊下へ出る。
朝日が窓から差し込み、
昨夜の出来事が夢だったように静かだった。
「殿下」
振り向く。
リディアだった。
少し疲れた顔をしている。
だが、その表情は穏やかだった。
「無事で何よりです」
「君こそだ」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
互いに昨夜を思い出していた。
火。
子ども。
金色の瞳。
「……あの子は?」
リディアが尋ねる。
「保護した」
アランは答える。
「今は王宮で保護している」
リディアは安堵したように息を吐いた。
「そうですか」
その時。
「で、その話なんだが」
横から声が入る。
ルカだった。
壁にもたれながら腕を組んでいる。
「何か問題でも?」
リディアが首を傾げる。
ルカは少しだけ眉をひそめた。
「問題っていうか」
一拍。
「妙なんだよ」
アランの視線が向く。
「妙?」
「あの子」
ルカは静かに言った。
「名前が分からないらしい」
沈黙。
リディアが瞬きをする。
「……名前が?」
「本人も覚えてない」
空気が少しだけ冷えた。
「家族も見つかってない」
「近隣住民にも心当たりがない」
アランの表情が変わる。
昨夜は混乱していた。
保護できたことで気が緩んでいた。
だが。
それは確かにおかしい。
「記録は?」
「ない」
ルカは短く答える。
「今のところ、一つも」
朝日が差し込む。
暖かなはずの光が、
妙に遠く感じられた。
昨夜の事件は終わった。
少なくとも表向きは。
だが――
残されたものは、まだ消えていない。
アランは窓の外を見る。
王都は平和だった。
人々は朝を迎えている。
誰も昨夜のことなど知らない。
それでも。
確実に何かが残っている。
「……報告を続けろ」
低く言う。
ルカが頷いた。
リディアも表情を引き締める。
昨夜は終わった。
だが。
物語は、まだ終わっていない。
むしろ――
ここから始まるのかもしれなかった。




